中村吉右衛門、心臓発作の現状と「跡継ぎがいない」播磨屋の“空位危機”

中村吉右衛門

『十月大歌舞伎』が10月27日に千秋楽を迎えた。

「第二部で上演されたのは『時平の七笑』。平安時代を舞台に、出世を狙う大臣の藤原時平を松本白鸚さん、彼の策略にはまる菅原道真を中村歌六さんが熱演しました。好評のうちに幕を閉じましたが、白鸚さんの弟で、歌六さんの所属する播磨屋の長である二代目中村吉右衛門さんの体調が気がかりですね」(演劇ライター)

■当面はリハビリに専念

'11年に人間国宝に指定された歌舞伎界の重鎮・吉右衛門だが、今年3月28日の公演後に訪れたレストランで急性の心臓発作を起こし、救急搬送された。

■「直前まで『三月大歌舞伎』の『楼門五三桐』に石川五右衛門役で出演していましたが、千秋楽の29日は甥の松本幸四郎さんが代演。その後『五月大歌舞伎』と『七月大歌舞伎』に出演する予定もありましたが、どちらも降板となりました」(スポーツ紙記者)

今年の九月大歌舞伎は、先代の中村歌右衛門ら成駒屋の追善公演が上演

 最も復帰が期待されていたのは『九月大歌舞伎』だった。

■「毎年9月は、初代吉右衛門さんの功績を讃える追善公演『秀山祭』が開催されるのですが、今年は開催されずじまいでした。関係者の話によると、彼はまだ稽古はできませんが、だいぶ元気になっていて、当面の間はリハビリに専念する必要があるといわれているそうです」(同・スポーツ紙記者)

 心臓発作でリハビリとはあまりイメージできないが、具体的にはどのようなものなのだろうか。千葉静脈瘤・循環器クリニック院長で心臓血管外科医の河瀬勇氏に話を聞いた。

「心臓発作は心筋梗塞や狭心症、不整脈による全身状態の急激な悪化などを総じた名称。いずれも心臓の血管に異常が起こって意識を失い、時には命に関わる病気です。主な原因は高血圧や高コレステロールによる動脈硬化といわれています」

 近年では、発作の後のリハビリテーションが重視されるようになっているという。

■復帰は「来秋」か

「心臓の負担を減らして社会生活を送るために、規則正しい運動を続けながら、栄養面の見直しや薬物治療で改善を図っていきます。現在は退院後の再発防止のため、運動療法を軸に食事などの生活全般の指導を含めて、再発防止を継続していこうという考え方が主流です。これらの意識の変化から、発作を起こしてから150日間は、継続してリハビリができる保険の制度もできました」(河瀬氏)

 休業からすでに7か月。順調にリハビリを重ねていれば回復の兆しも現れているはずだが、その経過は謎のまま。彼の情報が極端に少ないのには理由がある。

■「吉右衛門さんは梨園の世界でも屈指の秘密主義者。孤高の役者だった彼は、自身の私生活や弱みなどを外に漏らすのを極端に嫌がっていました。播磨屋の関係者ですら、入院している病院を聞かされているのは一部の人たちだけのようです」(松竹関係者)

'18年に行われた秀山祭の囲み会見。左から尾上菊之助、中村吉右衛門、松本幸四郎と親族共演が実現した

 1日も早い復帰が待たれるが、めどは立っているのだろうか。

■「来春ごろには復帰できるかもしれませんが、同時期にはすでに2年延期している市川海老蔵さんと息子の勸玄くんの“ダブル襲名披露興行”の気運が高まっていますからね。場合によっては来年の秋ごろまで延びてしまうかもしれません」(同・松竹関係者)

 先が見えない吉右衛門のこれからだが、周囲が最も危惧するのは万が一、復帰が叶わなかった場合だ。

■「吉右衛門さんの4人のお子さんは、全員女性。彼の跡を継ぐ男性の後継者がいないんです。'13年2月には四女の瓔子さんが尾上菊之助さんと結婚して孫の丑之助くんが誕生しましたが、彼は尾上家の長男ですから、いずれは音羽屋を継ぎます。

■ そんな状況もあったため'10年には『萬屋』の中村歌六さん、中村又五郎さんを播磨屋に呼び寄せたりもしています。しかし吉右衛門という名跡はあまりにも大きく、まだ後継者の見通しは立っていません」(前出・演劇ライター)

■■市川猿翁のように後継者育成を

 かつて、ふさわしい後継者がいなかったために、表舞台から消えてしまった名跡は少なくない。

「江戸時代から続く女形の名門といわれた澤村宗十郎が率いる『紀伊國屋』という屋号がありましたが、中心となっていた役者が相次いで病に倒れるなど不幸が重なり、跡継ぎにも恵まれませんでした。

 ■現在、屋号自体は存在していますが“宗十郎”という名跡が大きすぎるため、誰も襲名はできていません。このように名跡が受け継がれず、宙に浮いてしまっている状態のことを“空位”というのですが、吉右衛門さんの場合もそうなってしまうかもしれませんね」(同・演劇ライター)

松本白鸚と尾上丑之助

 刻々と迫る後継者問題に、歌舞伎評論家の喜熨斗勝氏も強い危機感を抱いている。

「彼の十八番である石川五右衛門といった力強い芸を受け継ぐ人はとても希少。娘さんが嫁いだ音羽屋の門下である尾上右近さんといった方などに協力してもらってでも、吉右衛門の芸と名跡を残してほしいところです。また、二代目市川猿翁さんのように舞台に立たず、隠居して後継者育成に努めるのも1つの選択肢かもしれませんね」

 芸は受け継がれることで発展していくもの。吉右衛門という大名跡の行方は。

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