生稲晃子が、闘病から学んだ経験「“しなければならない”と考えるのをやめました」

生稲晃子さん

「このスライサーは幅広なので、キャベツ半分をそのままスライスできるんです。■ザッザッと動かすだけで、まるでお店で出てくるようなふんわりしたせん切りキャベツができるので、とっても便利。

 うちではお鍋に入れる大根やニンジンも、このスライサーで薄切りにしています。火が通りやすいし、娘も野菜をたくさん食べてくれるので」

■料理好きな一面……?

指を守る安全ホルダーつき。小さくなった野菜や滑りやすい山いもなどもスライスしやすい

 タレントの生稲晃子さん(51)が愛用するのは、家庭用品の人気ブランド『Hirota』のスライサー。自身が出演していた通販番組で紹介したのをきっかけに、その便利さを気に入り自宅でも使うように。幅の広いワイドタイプと細長いミニタイプが普段の食事作りに大活躍しているという。

 ■キッチングッズを紹介するということは、さぞ料理好きなのかと思いきや、実は「料理は苦手」だとか。

「お鍋に入れる薄切りも、本当はかつらむきにすればいいのですが、■私は包丁使いが下手で(笑)。でも下手なのに意地になって包丁を使うより、こんなに便利な道具があるならそちらを使ったほうがラクでいいじゃないですか。

 娘はチョレギサラダが好きなのでよく作るのですが、■ドレッシングも調味料を量ったりせず目分量で作るので、“今日のはしょっぱいね”と言われてしまうことも。こういうところは本当に大ざっぱなので、よく“意外と男っぽいね”と言われます」

■味わい深い書類入れも

 もうひとつ、愛用品として紹介してくれたのが、革の書類入れ。30代のころに仕事で革製品の会社を取材した際、留め具に生稲さんの名前を入れたものを特別に作ってプレゼントしてくれたのだという。

「色違いで4枚作ってくださって、素材もオーストリッチだったりクロコダイルだったりとそれぞれ違うんです。とてもきれいなので私も気に入って、書類があるといつもこれに入れて持ち歩いていたのですが、ずいぶん長く使ったので色が褪せてしまって。

お気に入りの、A4サイズが入る書類入れ

 ■私は物が捨てられない性分なので、今でもこうして大事にとってあります。何しろ私、お菓子が入っていた缶や箱も捨てられずにとっておくくらいなので、家の中は物であふれて大変なことになってます(笑)」

 ■最近は物をできるだけ減らしてシンプルに暮らすのがブームだが、「私には断捨離なんてとてもムリ」と生稲さん。洋服やバッグも1度買ったものは捨てずに長く使っている。

「さすがにおニャン子時代の洋服はもう持っていませんが(笑)、■若いころに買ったブランド物のバッグなんて30年近く使っています。でも、今はもう新しくブランド品を買いたいとは思わないですね。

 ■そういうものに興味があったのは20代前半くらいまで。周囲の女の子たちにはグッチやシャネルが人気でしたが、私はみんなと同じが嫌でカルティエを買ったりしていました。

 ■当時は仕事があまりに忙しかったので、買い物くらいでしか精神的な満足感を得ることができなかったのかも。今はそういう物欲はなくなって、買い物といえばユニクロとか、中学生の娘と一緒にH&Mに行ったりするくらい。すっかり庶民派になりました(笑)」

■変わらない生活を送る

書類入れは、留め具のところに生稲さんの名前が入っている

 現在は家族とともに穏やかな日常生活を送っている生稲さんだが、2011年に乳がんが発覚。手術をしたものの再発を繰り返し、これまでに計5回の手術と放射線治療を乗り越え、右胸の全摘と再建も経験した。闘病生活が長く続いたからこそ、■「今は普通の生活を送ることを心がけている」と話す。

「■病気を経験してわかったのは、“普通でいられることがいちばんの幸せなのだ”ということでした。だから今は、健康のために特別なことをするわけでもなく、以前と変わらない生活を送っています。

 ■食事についても、食べたいと思ったらカップラーメンやファストフードだって食べます。担当医の先生が聞いたら叱られてしまうかもしれませんが、幸い今のところは問題なく過ごせているので、“普通”でいることを何より大事にしています」

 乳がんを経験したことで、物事の考え方も大きく変わった。

「病気になると“ちゃんとした生活をしなければいけない”“こんなことに気をつけなければいけない”と考えがちですが、それではストレスがたまってしまう。

 ■もともと私は物事をまじめに考えすぎる性格なので、乳がんを経験してからは、“○○しなければならない”と考えるのをやめてみたんです。自分を縛るのをやめて自由にすればいいと決めたら、とてもラクになりました」

 最近は、国の『働き方改革実現会議』の民間議員としてがん治療と仕事の両立について提言を行ったり、厚生労働省の『がん対策推進企業アクション』のアドバイザリーボードに選ばれたりと、がんサバイバーの立場から意見や情報を発信する機会が増えた。

 生稲さんは、自身の経験をもとに、啓蒙活動に力を入れていきたいと話す。

「■世の中にはがんに対して偏見や恐怖心を持っている人がまだまだたくさんいます。ですから、乳がんを経験した私が今こうして元気に生きている姿を見せて、どんなに大変なことがあっても、いつか笑って話せる時が来るんだよと伝えたいです。

 今も講演会などでお話しする機会はあるのですが、これからは子どもたちへのがん教育や、がん検診の受診率を高めるための企業への働きかけなどもやっていきたいですね。

 ■私も50代になったので、人生の後半戦は自分の経験をみなさんに伝える活動の幅をもっと広げていけたらと思ってます」

《プロフィール》
いくいな・あきこ ◎1968年生まれ。東京都出身。'86年、おニャン子クラブのメンバーとして活動開始。おニャン子卒業後は、女優・タレントとして活躍。2011年、乳がん発覚。5度の手術を受ける。'15年に乳がんを公表

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