茂木健一郎から“生きづらさ”を抱えるすべての人へ「キーワードはエイジレスです」

茂木健一郎 撮影/坂本利幸

 脳科学者の茂木健一郎さんと、臨床心理学者の長谷川博一さんの共著『生きる─どんなにひどい世界でも』。茂木さんはこの本の冒頭でこう書いている。

《■難しい時代を迎えている。驚くこと、悲しいことが毎日のようにおきてしまうだけでなく、そんなことに対する私たちの反応もおかしくなっている》

■好きなことをやってみてほしい

 さまざまな事件や災害などが次々に起こり、子どもから高齢者まで幅広い世代が「生きづらさ」を抱えているこの時代。

 脳の可能性や心の不思議、人生とは何かに迫る対話を読むうちに、「■今、ここを生きる力」が湧いてくる。

「■生きづらい時代って言われることも多いけど、僕は面白い時代だと思っています。年齢を重ねていくと自分の人生はもう変わらないと思う人もいるようだけど、そんなことは全くありません。読者のみなさんだって、仕事をしている人も、独身の人も、専業主婦の人も、■これからいくらでも新しいことを始められる可能性があるんですよ」

 AI(人工知能)が注目される時代こそ、視力や体力が衰えても、テクノロジーがそれをサポートしてくれることもある。

 ■自分の感性で勝負でき、それが新しい仕事や生きがいにつながる。そのためにも、ぜひ好きなことをやってみてほしいと茂木さんは言う。

「僕はね、40歳のときに突然思い立ってマラソンを始めたんです。つくばマラソンに3回出て、今年は東京マラソンで完走しました。

■ なぜ走ろうと思ったか自分でもわからないけど、走ってみたらできた。体調もよくなりました。今もまだ走り続けています」」

 何より年齢にとらわれないことだと重ねて強調する。

「キーワードはエイジレスです。葛飾北斎が『神奈川沖浪裏』を描いたのが72歳といわれているように、経験を積めば積むほど創造性は高まっていくこともある。

■ 脳の仕組みから見てもそれは当然のこと。人間の能力は最後は少し衰えてしまいますが、それまではほとんどフラットなんですよ」

 また、女性の雑談力は、脳の活性化とアンチエイジングにも関係していると付け加える。

「■何よりも孤独が脳や身体の健康によくないことが研究でわかってきています。孤独の解消にも雑談は重要だし、女性は仕事や肩書を超えたフラットな人間関係をつくることがうまい人が多い。

 ■実は、雑談ができるのは、脳の最も高度な能力なんです。AIは雑談ってあまり上手にできない。雑談は女性の強みだし、雑談の中から新しい興味やチャレンジも生まれますよね」

■人の無意識に興味を持っていた

 この本で茂木さんと対話を重ねた長谷川博一さんは、公認心理師であり、こころぎふ臨床心理センターのセンター長としてカウンセリングを行っている。刑事事件における被告の心理鑑定や、虐待する親のケア、子どもの心理などにも積極的だ。

「僕は学生時代、大学の学生相談所にカウンセリングを受けに行ったこともあるんです。■自分自身も生きづらかったし、人の無意識にとても興味を持っていました。

 これまでの著書では、たいていは自分を離れた話をしていますが、■長谷川さんと話していると、学生のころのカウンセリングの感覚を思い出しました。子どものころのことや自分の中で起こっていることがふとことばに表れてしまうんです。そこに、カウンセラーとしての専門性を感じました」

茂木健一郎 撮影/坂本利幸

■世界の見え方が変わる瞬間がある

 茂木さんの子ども時代の様子や、学生時代に抱えていた生きづらさなども本書の中で詳しく書かれているが、読み手となった私たちにも自らの過去が立ち上ってくる。

 普段は忘れてしまっていた《■過去と向き合い、仮想と結ぶことが、『今、ここ』の現実をよりよく生きる上での大切なきっかけとなる》とも、茂木さんはモノローグに綴っている。

茂木健一郎 撮影/坂本利幸

「人間は、過去の記憶はありますが未来の記憶がない。■未来を予測しても、どうなるかなんて誰にもわからない。

 やってみたほうが絶対いいのにまだやっていないことが、みんなそれぞれいっぱいあると思うんです。■世間の目や『するべき』ことにとらわれずに、瞬間的なインスピレーションを大事にして、やりたいことをやってみてほしい」

 そしてさらに言えば、とこう続けた。

「■人間には、世界の見え方が変わる瞬間があるんです。それは突然やってくる。そして、大きく人生を変えてしまうことがある。それは今かもしれないし明日かもしれない。いつくるかわからない。■別に好きなことをやらなくても、道端に花が咲いているのを見ただけで変わってしまうかもしれないんですよ」

 変わり映えのしない毎日も、ふとした瞬間に突然、変わるかもしれない。

 茂木さんはニコリと笑って去っていった。

■ライターは見た!著者の素顔

 Tシャツに黒いパンツ、もじゃもじゃ頭にリュックを背負って現れた茂木さん。取材中は茂木さんの頭脳にインプットされたさまざまな固有名詞や記憶がスラスラと流れるように出てきます。

 時間があればランニング、都内を歩いて移動することもあるそうですが、■甘いものも大好き。この日はあんみつを注文。誰に対しても壁を作らず、フラットに接してくださるお人柄。■撮影の際はリュックから丸めたジャケットを取り出し、ビシッと決めてくださいます。■とてもキュートな方でした。そのお人柄も見える本書、ぜひどうぞ。

(取材・文/太田美由紀)

『生きる―どんなにひどい世界でも』(主婦と生活社)茂木健一郎・長谷川博一=著 1400円(税抜)※記事の中の写真をクリックするとアマゾンの紹介ページにジャンプします

●PROFILE● ■もぎ・けんいちろう 1962年、東京都生まれ。脳科学者。ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。'05年『脳と仮想』で第4回小林秀雄賞を受賞。著書多数。

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