いじめられて “頼れる大人” がいなかった中学時代、矢部美穂が作った「逃げ道」

矢部美穂

■「いちばんキツかったのは中学1年生のときですね。クラス全員からバイ菌扱い。汚いとか死ねとか……」

 グラビアアイドル、女優と幅広く活動し、現在もバラエティー番組などでキュートな笑顔をふりまく矢部美穂(43)。その陽気な姿の裏には、デビュー前、出身地・北海道の学校でいじめられていた過去がある。

■先生や両親に助けを求めるのは無理だった

■「そもそも私自身が引っ込み思案な性格で、人ともそんなにコミュニケーションをとることができなかったということが根本にあります。

■ あと、隣のクラスにいじめられっ子がいたんですけど、その子と私の髪型が似ていると、外見をつかれて。そんなことにも下を向いて何も言い返すことができない子だったから、よけいにおもしろがられていじめられるようになって……。私の場合は“言葉の暴力”によるいじめでした」

 クラスの中で孤立無援の状態になってしまった彼女。学校の先生や担任に助けてもらうことはできなかったのだろうか?

■「無理でしたね。学校の中に頼ることができる大人はいませんでした。先生だって、私がいじめられているのを絶対わかっているんですよ。教壇に立って、クラス全体を見渡してみれば、ずっと下を向いている子がひとりいるんです。普通、何かあったなって思うじゃないですか。それでも何も言ってきてくれないというのは見て見ぬふりをしてるんだな、って。

■ それに自分から“私、いじめられているんです”って言えるような子どもなら、いじめている子に対して言い返すことができます。そんな勇気がなくて、コミュニケーションをとるのが苦手な子が先生に直訴するなんてハードルが高すぎます」

 いちばん身近にいる大人、両親に相談する手段もあるのだが、■「いじめられているなんて、恥ずかしいから親には言えなかったです。それに当時、私の家庭環境は複雑で、家の中は戦争状態(笑)。だから親には言わないでおこう、って思っていました」

■自分を守るために学校に行くことをやめた

 この時期、矢部の母親は3度目の結婚をしていたのだが父親はささいな理由で母や子どもたちに暴力をふるっていた。学校に行けばいじめられる、家では親に相談もできない。そんな矢部が自分を守るためにとった行動とは──。

■「学校に行くことをやめました。ただ、何もしないで学校を休めば親にバレるので、家を出てから私服に着替え、公衆電話で“ちょっと具合が悪いので休みます”と学校に電話をして、駅のトイレにずっとこもっていました。それで、みんなが下校するちょっと前に制服に着替えて駅から帰宅。私、暗かったけど、けっこう行動力があったんです(笑)」

 そんな彼女の心のよりどころがアイドルだった。

■「ラジオを聴いたり、アイドル雑誌を買って読んだり、手紙を書いたり。この人たちが私を守ってくれているという意識でした。このアイドルたちがいる東京に行きたい、ここじゃない場所に行きたいってずっと思っていました」

■自分の3年先を思い描いて

 小学生のころからオーディションを受けていたという彼女だが、中学生になってからその数は増えていった。

■「北海道から東京に行けば、自分をいじめていた子たちを見返せる、って。そんな気持ちがあったから絶対、学校では泣かない、涙を見せないって決めていました。

■ いちばんつらかった中学1年生のとき、どんなにいじめられても“自分の3年先を見たい”ってずっと思っていて。その3年で東京へ行けて、ましてや芸能人になれるなんて保証はなかったけど(笑)“今に見てろ”って。いま思えば芸能人になるというより、そこを逃げ道として“違う世界”に行きたいと思っていたんですね」

 いじめからの“逃げ道”を作ることが、自分自身を守ることにつながる、と話す矢部。

■「私は“逃げ道”がアイドルでした。家でも学校でも大変だったし、正直言えば自殺したいという衝動にかられたこともありました。3年先を見たい、と思っていなかったら我慢できなくなって死を選んでいたかもしれないけど、私は好きなことと、憧れに救われたんだと思います」

 昨年、10代前半の自殺率が約100年ぶりの高水準になっていたということが、人口動態統計の調査でわかった。

「私の時代と違うのは、やっぱりネットの普及だと思います。昔なら学校に行かなければいじめる側とも会わないですんだけど、今はいつでもネットでつながっているじゃないですか。見たくもないけど、LINEとかを開いてみたら、ひどい言葉が書き込まれていたり……。

 私は見たことがないですけど、自殺したい人たちが集まる自殺サイトってあるんですよね。そこで共感してしまって、そっちの世界に逃げ道を求めてしまうとか。■でもね、死ぬことを選んだら後悔することができないんです。もう戻ることができないんです。そこはゴールじゃないよ、逃げ道じゃないんだよ、って言いたい」

■マイナスになることには関わらない

 矢部は中学3年生のとき雑誌『Momoco』の『New MOMOCO CLUB』でグランプリを受賞。芸能界デビューとともに東京への切符を手に入れた。

いじめられていた14歳当時の矢部。いろいろなオーディションに送っていたカットで、この写真がきっかけでグランプリを獲得し、運命が変わったという

■「グランプリをとって雑誌に載って。あの時点で見返したという気持ちがありましたね。周囲の反応がわかりやすすぎて(笑)。男の子はみんな私をアイドル扱いして、急にモテました。で、女の子はひがむ。今まで暗くてコミュニケーションもとれない子がアイドルになることが許せなかったのでしょう」

 いじめに打ち勝った矢部。今、いじめられて悩んでいる子どもにアドバイスを求めると、

「“矢部さんは芸能人になれたから”なんて思われてしまうかもしれない。だからアドバイスは届かないかもしれません。■でもね、芸能人・矢部美穂もいろいろネットで書かれるんです。“死ね”“もう辞めてしまえ”……。こんなの読んだっていい気持ちにならないじゃないですか。だから私、見るのをやめました。すごく気になるかもしれないけど、見て影響されるのなら、絶対見ないほうがいい。見ないということも対策のひとつです。だからね■“見ない、行かない、聞かない”という言葉を覚えておいてください。

 ■つらい時期はとにかく自分の好きなこと、やりたいことだけを見ていることがいいかな、って。自分にとってマイナスになることとは関わらない。そうすると、今までとは自分を取り巻く世界の見え方が変わってきます。生きることを放棄したら損です。生きていたら、人生は捨てたもんじゃないですよ。

 ■あと、お父さん、お母さんも、もし、いじめが原因で子どもが学校に行くのがイヤだと言うのであれば、それを尊重してあげてほしい。子どもの味方になってあげて、支えてあげてください。そこからは本人の頑張りです。自分が頑張れば、どうにでも変われるんです」

・悩んでいる君に贈る言葉・
■「死にたいと思うくらいならネットや学校を“見ない、行かない、聞かない”で!」

やべ・みほ/1977年生まれ、北海道恵庭市出身。愛称は「ヤベッチ」。2010年に家族で経営するバー『YABEKE』をオープンし、経営者としても活躍中

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