アンタッチャブル復活劇の裏にくりぃむ有田あり! ネット「漫才みて泣いたの初めて」 10年ぶりの漫才を爆笑・太田も絶賛「阿吽の呼吸ってあるんだな」

アンタッチャブル復活劇の裏にくりぃむ有田あり! ネット「漫才みて泣いたの初めて」 10年ぶりの漫才を爆笑・太田も絶賛「阿吽の呼吸ってあるんだな」

くりぃむしちゅーの有田哲平 

 お笑いコンビ、アンタッチャブルの柴田英嗣(44)と、相方の山崎弘也(43)が、先月29日に放送された「全力!脱力タイムズ」(フジテレビ系)で約10年ぶりのコンビ復活を果たし、大きなニュースとなった。このサプライズによる余波はその後も続き、芸能界やネットから続々と喜びの声が届いている。

 29日、番組にゲスト出演した柴田。番組の終盤で、山崎に扮した俳優の小手伸也(45)と2人で漫才を披露する流れになったが、「ネタを飛ばしてしまった」という小手の失態により、小手は一旦舞台裏へと下がった。再び漫才に挑戦となったこところで、司会のくりぃむしちゅー・有田哲平(48)が手を引いて連れてきたのが、小手ではなく、本物の山崎だった。

 スタジオ中が驚くなか、もっとも大きなリアクションを取ったのが柴田。「バカ、ダメだって!」と驚きながらも、「ここでやんの!?よし!」と気合を入れ、ジャケットを脱いで山崎と「ファーストフード店」のネタを披露した。打ち合わせなしの即興漫才で、アドリブを容赦なく繰り出す山崎を見事にさばききった柴田。ブランクを一切感じさせない完璧な漫才を見せつけ、番組を盛り上げた。

 このサプライズが何の「告知」もなくサラっと行われたため、放送後からネットや多くのメディアが大騒ぎ。SNSには、「すごい!復活!?歴史的瞬間に立ち会う幸せ!」「入浴中の旦那を呼びに走りました!」「感激しましたね!泣いたー!流石だースゲー!あのリズムとスピード!」「人力舎、ありがとう!!!」などのコメントが殺到した。

 芸能界からも祝福の声が相次ぎ、さまぁ〜ずの三村マサカズ(52)はツイッターに「やったな!アンタッチャブル!」と投稿。同じ事務所に所属する東京03の飯塚悟志(46)もツイッターで「朝起きてアンタッチャブルの動画見ようとしたら一撃で涙出てきたから帰ってからゆっくりみよう。。」とコメントした。

 サンドウィッチマンの伊達みきお(45)は自身のブログで「超久々のアンタッチャブルさんの漫才、最高でした!」と10年ぶりの漫才を祝福。そのうえで「めちゃくちゃ楽しそうに漫才する柴田さんと山崎さん…。お2人が昔からお世話になっている有田さんの番組で、こうして何となく復活するという(笑)またその関係性とかが見えてきて、羨ましさとか…あと何だか嬉しくてちょっと涙出ましたわ」とつづった。

 伊達の指摘通り、有田と山崎の信頼関係の深さは芸能界では有名な話だ。そのためネットでも「有田の番組だから、実現した復活劇」と推察する声が目立つ。ツイッターには、「ザキヤマさんが信頼する有田さんの番組での復活と思うと胸熱…」「有田とアンタッチャブル山崎の信頼関係あってこその復活」「10年のブランクあって、ぶっつけで漫才やって息ピッタリ。感動。漫才みて泣いたの初めてだよ。復活おめでとう。有田さんありがとう」といったコメントが並んでいる。

 元テレビ東京のフリーアナウンサー、大橋未歩(41)も有田の人柄で実現したサプライズと強調する1人だ。有田との共演歴も多い大橋アナは5日放送の「5時に夢中!」(TOKYO MX)に生出演し、アンタッチャブルの復活について言及した。

 「バラエティーでこんなに泣けるのかと。見てて涙が出てきた」と述べた大橋アナは、その後も、有田との食事の席には高い確率で山崎が同席するというエピドートも披露し、2人の絆の強さを説明した。

 大橋アナは有田について「見捨てない」人と強調。自身の私生活がゴタゴタだった時期を振り返りながら、「有田さんがメールくださったりして本当に見捨てない方なんですよ。そういうものすべてが凝縮された回だったんだろうなと思って泣けました」と述べた。

 また、爆笑問題の太田光(54)も3日放送の「JUNK 爆笑問題カーボーイ」(TBSラジオ)で2人の復活についてコメントした。

 太田はこの日、アンタッチャブルも出演する「THE MANZAI2019マスターズ」(8日放送、フジテレビ系)の収録日だったことを明かし、楽屋にいた柴田に、「どこまでネタ合わせをしていたのか?」などと“舞台裏”について直球質問したとことを告白した。

 太田によると、柴田は「本当に知らなかった」と話したといい、太田はこの言葉を「だとしたらネタすげえなと思って。やっぱり長年の阿吽の呼吸っていうのがあるんだな」と絶賛した。

 アンタッチャブルは2004年の「M−1グランプリ」で優勝を飾り、一気にブレーク。柴田が10年から芸能活動を1年間休止して以降はコンビ活動をしていなかった。

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