万博記念公園にてドライブインシアターが開幕 「太陽の塔」が向かう先とは

8月1日(土)、大阪・万博記念公園お祭り広場に設置した『万博記念公園ドライブインシアター』のオープニングイベントが行なわれ、ドキュメンタリー映画『太陽の塔』が上映されました。

出典: ラフ&ピース ニュースマガジン

上映前には、万博公園にゆかりの深いプロデューサー・立川直樹と現代美術家・ヤノベケンジが登壇。当地にて1970年に開催された『日本万国博覧会』や、そのシンボルとして今なお多くの人々に親しまれている“太陽の塔”にまつわるトークショーが行なわれました。

■万博公園は創作の原点

まず登場したのは、アートに造詣が深いおかけんた・ゆうたのおかけんた。「なぜ岡本太郎は太陽の塔を作り、その存在とはいったいどういうものか、岡本太郎に影響を受けた人々に多角的にインタビューしたドキュメンタリーが今作です」と上映作品『太陽の塔』について説明します。そして、拍手や歓声の代わりに車のヘッドライトを点灯してもらうなか、立川とヤノベをスクリーンの前に招き入れました。

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ステージからは太陽の塔はもちろん、隣接するEXPOCITYの観覧車『Redhorse OSAKA WHEEL(レッドホース オオサカホイール)』も視界に入ります。その光景に「良い景色ですね」と目を細める立川。小学6年の時に茨木市に引っ越してきたヤノベにとっても、万博公園は青春時代の思い出の地だそうで、自転車でよく来ていたと当時を振り返ります。

「僕が自転車で来ていたころは、万博は既に終わって、取り壊しの最中でした。大屋根も日本館も壊されていて、未来世界が放置されている感じでした」と、その光景が脳裏に焼きついているとのこと。「ヤノベさんの創作の原点ですね」という立川のコメントに、ヤノベも「未来に生き残る巨大な装置を作っていきたいという思いが育まれた、いわば聖地ですね」と語りました。

また、ヤノベは岡本太郎に「太陽の塔は何に向かっているのか」と尋ねたことがあるそう。「太郎さんは目の前の近未来建築などにぶつかり合っているのではなく、宇宙と対面していると。よく考えたら、太陽の塔は手を広げて今にも飛び立とうとしているポーズでもある。見ようによっては、このまま宇宙に飛び立っていくような造形にも見えますね」と新たな視点を加えました。

■「万博」を体験していない監督が挑戦

また立川は、監督を務めた関根光才は1976年生まれと、万博をリアルタイムで体験した世代ではないことに着目。関根監督は「岡本太郎や太陽の塔に熱烈に興味があったわけではないと。ただ、現象として1回、トライしてみたかった」と語っていたそうで、監督のオーディションの際には、「手ぶらで来て、こんなことをやってみたいという話だけをして、それでやらせたっていうプロデューサーたちもすごいと思う」と、起用までのエピソードも紹介しました。

出典: ラフ&ピース ニュースマガジン

一方ヤノベは、万博について「2時間話しても足りない」と思いが溢れている様子。「まずこの映画を観ていただいて、それをきっかけに太陽の塔のことを考え、何を生み出してきたか考えてもらったら」と提起します。そして、「今日映画を観ていただくと、太陽の塔のことや世界で起きていること、太陽の塔が言いたかったことが未来永劫続くであろうということが、ちゃんと皆さんの心の中に落とし込まれていくと思う」と、万博が行なわれたこの地で本作を観る意義を語りました。

立川も「皆さんの後ろに本物の太陽の塔があるなかで、太陽の塔を作るプロセスと、それに対する人々の思いが交錯している映画が観られることは今日だけ」と貴重な機会であることを強調。この上映会が「『万博記念公園ドライブインシアター』の火入れ式のようなもの」と感慨深い表情を浮かべ、ヤノベも「それに皆さんが立ち会えることは素晴らしい瞬間」と声を弾ませました。

■かつての苦い思い出も…?

出典: ラフ&ピース ニュースマガジン

かつても開かれていた『万博記念公園ドライブインシアター』。ヤノベが「当時、行かれた方はおられます?」と観客に質問すると、ヘッドライトでリアクションが。「僕も若かりしときにデートで行ったんですけど、上映の途中でトイレに行きたくなったんです。トイレに行ったら、自分の車がどこに止まってるか分からなくなって、探すためにいろんな車を覗いたりした記憶があります。気を付けていただきたいのは、皆さんもトイレに行くときは車の場所を覚えていってください!」と苦い体験談を告白しました。

そして約20分のトークショーを経て、いよいよドキュメンタリー映画『太陽の塔』がスクリーンに映し出されます。太陽の塔のふもとで鑑賞するという奇跡的な瞬間が分かち合われ、“火入れ式”が終了しました。

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