原石系美少女が自虐女王に!? 女鹿椰子が青春高校で過ごした日々

“理想のクラスを作る”ことをテーマにしたバラエティ番組『青春高校3年C組』(テレビ東京系)が最終回を迎え、3年の歴史に幕を下ろした。番組で披露した自虐ネタが話題になり、イジられキャラとして注目を集めた女鹿椰子さん。ネガティブで内気な性格だったというが『青春高校』との出会いは、彼女にどんな変化をもたらしたのだろうか。胸の内を明かしてくれた。

▲青春高校3年C組スペシャルインタビュー(卒業後・女鹿椰子編)

■王道かわいい路線のはずが自虐キャラに

――『青春高校』には個性的なキャラクターの生徒たちがたくさんいますが、女鹿さんは最初、どんなキャラでいこうと思っていましたか?

女鹿 最初は“3年C組のかわいい担当”ですね(笑)。気づいたら、違う路線になっていましたけど……。

――番組で披露した自虐ネタがウケて、バラエティキャラのような扱いでしたよね。

女鹿 もともと自己肯定感がめちゃめちゃ低くて、ネガティブな人間なんです。生きることに対しても「自分なんて生きてなくていいや……」みたいに思っちゃうくらいで。でも、番組で自虐ネタの企画をやったときに、プロデューサーの佐久間(宣行)さんから「俺は、この企画のめがちゃんを信用しているから」と言ってもらえて、収録後に褒められたんです。

自分のネガティブな性格が、初めて誰かのためになった! と思って嬉しさのあまり、その日はずっと眠れなかったです(笑)。「生きててよかった!」とさえ思いました。

――『青春高校』に入ったことで、以前よりも自分のことを好きになれましたか?

女鹿 う〜ん、ちょっとだけ……(笑)。やっぱり、もともとの自己肯定感が低すぎるんですよね。今までずっとオーディションに落ち続けてきたり、中学時代にイジメにあっていたこともあって、なかなか自分のことを認められないんです。でも、内心はずっと人から認められたかったんですよね。自己肯定感は低いんだけど、承認欲求は高くて。

▲自己肯定感が低すぎるんです

――女鹿さんはアイドル部に所属していましたが、アイドル活動を通して承認欲求が満たされることはなかったですか?

女鹿 ライブのときにファンの方々が声援を送ってくれたりすることで、満たされることもたくさんありました。それは涙が出そうになるくらい嬉しかったです。ただ、褒められるとしても、基本は「おもしろい」なんですよね。やっぱり、アイドル部としては「かわいい」って言葉をたくさん言われたかったのが本音です。

実際、お客さんが「かわいい!」って、声援を送ってくれると思ってウインクとかしていたんですけど、のちに【めがちゃんウインク事件】みたいに取り上げられて、私はちゃんとアイドルやっているつもりなのに、そこもイジるのかい!って思ってました。放送中に日比野(芽奈)と投げキッスをしたら、私だけネットで叩かれたりしたこともありました(笑)。

――イジられることも多々あったと思いますが、どんなことにやりがいを感じていましたか?

女鹿 みんなの笑い声がモチベーションになりました。自分が発言したことで笑ってもらえるのはもちろんなんですけど、収録自体が盛り上がったときは「明日もこれくらい盛り上げられるように頑張ろう」って思うんです。公演をやっていた時期は、お見送りのときに「明日も来るね」「今日よかったよ」って、お客さんにかけていただく言葉のひとつひとつが力になりました。

「こうしたほうがもっと良くなると思うよ」ってアドバイスをいただくこともあったんですけど、パフォーマンス面でも考えることが増えて、いろいろ研究するようになりました。

■謎のグループ“カオス会”結成秘話

――クラスのなかで仲が良かった生徒はいますか?

女鹿 きめしゅん(木目田俊)とわったー(渡邉聖明)とは仲良しです。同じ4週目オーディションを受けた仲間なんですけど、3人で“カオス会”というグループを結成していました。

――“カオス会”とは?

女鹿 オーディションウィークを終えたあと、みんなで遊びに行くことになったときに、私が「渋谷、原宿、新大久保、はしごしよう!」って提案したんですよ。そしたら「この子、カオスだ!」って言われたので「カオス? じゃあ、みんなもカオス仲間だね!」ってことで“カオス会”が生まれました。

――“カオス”っていうのは、もともとは女鹿さんのことを指していたんですね。

女鹿 あはは。でも、きめしゅんもわったーもカオスですよ! 好青年っぽく見えるけど、化けの皮を剥がしたらカオスです(笑)。

――主にどんな活動をする会なんですか?

女鹿 食べ放題に行くために、よく3人で集まっていました。あとは散歩をしたり。たとえば、渋谷で集合して、原宿の明治神宮に行って、そこから「どこ行く?」ってなって、大井町まで約20キロ歩いたこともありました。みんな歩くのが好きなので。

――歩きながら何をしているんですか?

女鹿 ひらすらしゃべっています。あとは『青春高校』のライブ映像を見ながら、面白いところがあったら一時停止して「ちょっと今の動きを再現して」とか「そのダンスを真似しながら歩こう」っていう、カオスなことをやっていました(笑)。

――木目田さんと渡邉さんとは気が合ったんですか?

女鹿 共通点が多かったんですよね。たとえば、オーラの診断をしたら『青春高校』の生徒のなかで茶色いオーラなのが、きめしゅんとわったーと私の3人だけなんですよ。茶色のオーラは大器晩成型で、めちゃくちゃ苦労するタイプらしいんですけど(笑)。

あと、ゲッターズ飯田さんの『五星三心占い』も『青春高校』のなかで、3人だけ「銀の羅針盤」っていう同じ運勢なんです。出会ったときから他人って感じがしなくて、家族みたいな存在なんです。本当に「うちら運命じゃない?」って思います。

▲カオス会の3人は共通点が多かったんです

――男女の友情は成立すると思いますか?

女鹿 成立すると思います。お互いに「絶対に好きにならない」っていう確証があるから。

――異性として意識してない?

女鹿 はい。それを3人とも理解したうえで一緒に遊んでいるので。

――男性陣が、女鹿さんに好意を抱いている可能性がないとは言い切れないのでは?

女鹿 そしたら“カオス会”は解散です(笑)。きめしゅんもわったーも、私の家族ともごはんに行ったりしているんです。『青春高校』の男子に関しては、そういう恋愛関係にはならないっていうのを、私の両親もわかっているので認めてくれているんだと思います。

■生きる意味と生きる糧をもらった『青春高校』

――『青春高校』で過ごした3年間で、印象に残っている出来事はありますか?

女鹿 今でも鮮明に覚えているのは、一番最初の文化祭です。幕が開いた瞬間、会場の通路まであふれるくらいお客さんでいっぱいの光景が目に飛び込んできて「わぁ……」って鳥肌が立つくらい感動しました。その後も、たくさんライブや公演をやらせてもらったけど、やっぱり最初の文化祭にかなうものはないなって、思ってしまうほど桁違いにすごかったです。あの日の景色は本当にキラキラしていて、何もかもが違って見えました。

――『青春高校3年C組』に出会って、女鹿さんの人生は変わりましたか?

女鹿 変わりました。中学1年のときに合格したバイトAKBの活動が終了して、その後「どんな形であれデビューできれば」という気持ちで、いろんなオーディションを片っぱしから受けました。何度も何度も挑戦したけど、不合格が続いて、夢をあきらめて就職することも考えていたんです。

――会社勤めすることも考えていたんですね。

女鹿 はい。お父さんが電車好きということもあって、鉄道関係の仕事に就くことも考えていました。将来は新幹線の車内販売とかしているのかな?って思っていたんですけど、そんななかで、唯一オーディションに合格できたのが『青春高校』だったんです。

――『青春高校』卒業後は、どのような人生を歩みたい?

女鹿 演技のお仕事に挑戦したいので、これからお芝居をがんばりたいと思っています。あと、歌もすごく好きなので、個人的にボイトレに通っているんですけど、上白石萌音さんのような歌も歌える女優さんになれたらいいなと思っています。

――将来はどんな大人になりたい?

女鹿 『青春高校』で過ごした3年間は、つらいことも傷ついたこともあったし、途中で辞めようと思ったこともありました。でも、それ以上に楽しさを感じることができたし、本当に人生で一番居心地がいいと感じるくらい、自分にとって大好きな場所でした。

中学時代にイジメにあって、死にたくなるくらい絶望の日々を過ごしていた私が『青春高校』と出会って、生徒のみんなやファンの方々から、生きる意味と生きる糧をもらいました。だから、こんどは私が生きる活力や、生きる希望を与えられるような人になりたいな、と思っています。

▲歌も歌える女優さんになりたいです!

■プロフィール

女鹿 椰子(めが やこ)

2001年11月5日生まれ。千葉県出身。すっぴんでも映える“原石系美少女”として『青春高校3年C組』の生徒の仲間入りをしたが、共演者にイジられたり、体当たりでコントに挑戦するなど、新たな魅力が開花。本人のサービス精神旺盛な性格も相まって、番組に欠かせないバラエティキャラとして活躍した。ニックネームは「めがちゃん」。

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〈宮田 英一郎〉

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