ヤバい文具愛、古文訳で歌うバイト…『有隣堂しか知らない世界』のウラ側

あなたは、創業100年を超える老舗書店のYouTubeチャンネルがぶっ飛んでいるのをご存知だろうか。首都圏で約40店の書店を運営する「有隣堂」、その有隣堂が運営するYouTubeチャンネルが『有隣堂しか知らない世界』だ。近年、さまざまなメディアで取り上げられるなど、注目チャンネルとなってきている。

▲YouTubeチャンネル『有隣堂しか知らない世界』

話題になるYouTubeチャンネルといえば、人気のあるタレントやYouTuberが、さまざまな場所でロケを行ったり、有名企業と一緒にコラボ企画を行っている印象だが、この動画に出演しているのは愛らしいマスコットキャラクター・?R.B.ブッコローと、有隣堂で実際に働いている人々……そう、著名な人はほとんど出ていないのだ。

そして、取り上げているのは、有隣堂で扱う書籍や文具に関連するものばかり、大げさなロケや奇抜な演出・企画はほとんど無し。それでも、書籍や文具に興味がない人たちも含めてYouTubeチャンネルの登録者数は、今年に入ってから約36倍に! 10万人を突破し、今も増え続けている。

■古文訳でファーストテイク? 個性豊かな出演者

チャンネルには有隣堂で働く人々が登場する。主なところでは、ほんの少し常軌を逸しつつ、愛情たっぷりに文房具を伝える文房具バイヤーの岡アさん。

【飾りじゃないのよ】物理の力で文字を書く!ガラスペンの世界 〜有隣堂しか知らない世界002〜( https://www.youtube.com/watch?v=BanYVWRVZ90 )

古文訳でofficial髭男dismの「Pretender」や、DISH//の「猫」を歌うアルバイトスタッフ、などなど。

【Pretenderを”古文”で歌ってみた】古文訳J-POPの世界 〜有隣堂しか知らない世界008〜( https://www.youtube.com/watch?v=EfA41mmsdGQ )

また、可愛い顔をして、他の本屋やヴィレヴァン、amazonを薦めたり、プレゼン中も容赦なく「つまらない」など、出演者にツッコミを入れるブッコローの毒舌っぷりもたまらない。

ニュースクランチ編集部でも、ひとりの編集部員が見つけてきて、部署内で静かなブームに。ニュースクランチにもYouTubeチャンネルはあるのだけど……登録者数700人ほど。

この動画の運営や出演者、ブッコローの“中の人”の正体、たくさん気になることはあるけど、1番気になったのは「なんで、こんなに、みんなが、楽しくYouTubeチャンネルに向き合ってるの?」だった。

そこも踏まえて取材を申し込むと、快くOKをいただき、しかも「今度収録があるので、もしよければ見に来ませんか? スタッフも集まるので、その場で取材もお受けできますし」とのこと。ありがたい&懐が深い! ということで、お言葉に甘えて収録現場を見学させていただくことになった。

■ブッコローの“中の人”を探してキョロキョロ

9月某日、夜7時に横浜の有隣堂伊勢佐木町本店に到着すると、出迎えてくれたのが有隣堂 経営企画本部 広報の渡邉さん。そのまま控室へ案内してくださった。

控室ではスタッフが談笑中。前回の動画の反響などYouTubeチャンネルに関係あることから、書店員らしく「この本、買おうと思ってるんだけど」みたいな普通の会話も繰り広げられる。そこで私が思っていたことはただひとつ。

「どれだ……どれがブッコローの“中の人”だ!?」

今回の取材の目的は『有隣堂しか知らない世界』が、どのように作られているのか。収録を実際に見学することで、その秘訣を解き明かしてニュースクランチYouTubeチャンネルに活かしていければ、という大義名分があるものの、どんな人が来ても、ちょうどいいラインでツッコミを入れる、ブッコローの“中の人”がどういう人物なのか、という個人的な興味もあったのだ。

それが見透かされたのか、スタッフから「収録の準備に少し時間がかかるので、先にインタビューでもいいですか?」と声をかけられ、インタビューがスタートした。

▲収録は閉店後、書籍売り場の一角を利用して行われる

■『知らない世界』以外にも意外なインスパイア先が!

まず最初に驚いたのが、出演者が素人なので、打ち合わせにかなり時間をかけるか、もしくは台本が厚く作られているか、のどちらかと思っていたのだが、打ち合わせは収録準備の雑談から、軽くきっかけや流れなどを確認するのみ。台本も数ページで、セリフらしきものは必要事項や情報のみが記載されているシンプルなものだった。

「この台本がテレビの収録に置いてあったら、出演者は怒って帰っちゃいますね(笑)」

と、このチャンネルのプロデューサー・カメラマン・ディレクターも兼務するハヤシユタカさん(@hayashi_project)は笑って話す。

印象的だったのは、ハヤシさん含めスタッフが出演者とコミュニケーションを取って、本番前の前室から和やかな空気を作っていること。そのかわりに、取り上げるテーマ(この日は消しゴムだった)について、事前にハヤシさんがしっかりとリサーチを行っていた。こういう空気づくりが、決してプロではない有隣堂の個性豊かな方々が輝ける秘訣なのだなと感じた。

そもそも、このYouTubeチャンネルがスタートしたきっかけは、ハヤシさんが有隣堂の社長と知り合いだったことからはじまる。

「書店・出版業界は結構しんどいよね、ってイメージがあって。有隣堂も、ご多分に漏れずにそうだと伺ったので、雑談の中で僕が社長に“じゃあYouTubeやったらどうですか?”って提案したのがきっかけですね」(ハヤシユタカさん、以下ハヤシ)

最初はハヤシさん抜きで書籍を紹介する動画を更新していたが、登録者数も再生数も伸びず。チャンネルの方向性を変えることになったが、バラエティ形式になったのには何か理由があったのだろうか。

「これは、あるYouTuberの方が言ってたことなんですけど、まず見られるチャンネルにしないと何も意味がなくて、“じゃあ見られるためには?”ってなると、先人の成功者の組み合わせに独自色を加えると面白いものができるって理論ですね」(ハヤシ)

そして、個性的な動画チャンネルが出来上がった構造を明かしてくれた。

「その理論を、このチャンネルに当てはめると、まず地上波で有名な番組のフォーマット、それにプラスして……これは初めて言うんですけど(笑)、tvkの『saku saku』って番組が僕は好きだったので、パペットとゲストが話す形式を加えたんです。そこに、YouTubeで流行りの編集や演出に、神奈川県民に愛されている有隣堂という独自色、この組み合わせがたまたま結果として、こういう構成になったというだけで、最初からバラエティ色の強いものにしようという気持ちでやったわけではないです」(ハヤシ)

▲入念に段取りを確認する岡アさんとスタッフ

■記念すべき初回のテーマ「キムワイプ」ってなに?

記念すべき初回に取り上げたものは「キムワイプ」。パルプ製のティッシュのようなもので、多くは科学実験に使われる器具の清掃に利用される。自分もこの動画を見るまで知らなかったし、多くの人がイメージできないものを初回に取り上げたのは、なかなか勇気のいることだったのではないだろうか。

「初回をどうするかは、僕と有隣堂の方を含めて打ち合わせしたんですが、実は初回は“テプラ”を取り上げる予定だったんです」(ハヤシ)

当時、テプラは有隣堂の推し商品。一方、キムワイプは有隣堂で取り扱いのない商品だった。ただ、その時点でのチャンネルの登録者数は300人余り。

「そこでテプラを紹介しても誰も見てくれないですよ、って言ったんです。だったら本当に紹介したいもの、愛があるものを紹介したほうが良いですよ、って話になって。そこで、岡崎さんがキムワイプを紹介してくれて、“面白いからそれでやってみましょう”って提案しました」(ハヤシ)

【超性能ティッシュ】キレイの概念が変わる!キムワイプの世界〜有隣堂しか知らない世界001〜( https://www.youtube.com/watch?v=joXAMsm9u7k )

その流れで、2回目はガラスペン。こちらも一般の人には馴染みのない文房具だが、岡崎さんの愛のある解説に、ブッコローの「amazonで買った方が安くない?」というブッコミが映える、いわゆる「神回」だ。

■ブッコローの中の人の正体とは・・・!?

ここで気になるブッコローの“中の人”に関してだが、

「昔の職場で一緒だった人に僕がお願いしました。よく“ブッコローの中の人ですか?”って聞かれるんですけど、実はエピソード0、リハーサルを兼ねた動画では僕がブッコローの“中の人”をやったんですが、いろいろとつらくて(笑)。この人ならできるだろうとオファーしました」(ハヤシ)

ここで本当の“中の人”から直接お話を伺うことができました。(ミステリアスな存在のままが良いとの判断で、あえて詳細は伏せさせていただきます、中の人の正体が知りたかったヘビーブッコローファンの方々、すみません!)

「(ハヤシさんから)電話があったのが8年ぶりとかだったので、絶対に金貸してくれとか、そういう類の連絡だと思いました(笑)。最初は断ろうかなと思ったんですけど、頼まれたら断れないタイプなんです(笑)。でも、こんなに長く続くと思わなかったし、こんなに人気が出るとも思わなかったですね」(ブッコローの中の人)

▲マスコットキャラクター・ R.B.ブッコロー

動画のファンには、会話の端々でポロポロこぼれてくる、ブッコローのパーソナルな部分(有隣堂とは全く別の仕事をしている人。娘がいるらしい。おじさん。ファイナンシャルプランナーの資格を持っている……etc.)に注目して見ている人も多いらしい。

■極細ボールペンの回が大きな転機になった

動画の再生回数で言うと、このチャンネルが広く知られるきっかけになった1回目のガラスペンの回が65万回再生(2021年10月現在)が1位だが、ハヤシさんに「編集していて面白かった回は?」と聞くと「極細ボールペンの回ですね」と明かしてくれた。

【最新】極細ボールペンの世界〜有隣堂しか知らない世界027〜( https://www.youtube.com/watch?v=BCh1-VAuY3o )

極細ボールペンの回は、三菱鉛筆の担当者を呼んで、最終的に“極細ってそんなに使わないよね?”という結論に達するという、かなり攻めた回だ。

「大手のメーカーの方にも来ていただいて、かなり素直な意見をそのまま使わせてもらったんですが、結果、誰も不幸になってないのが良いなって。あの回が良かったのは、来ていただいたのが非常に愛社精神のある方で、商品にも自社にも知識があったし、こっちのツッコミにもめげずに返してくださったので、今の動画の感じっていうのは、極細ボールペンの回で出来上がったんじゃないかなと思います」(ハヤシ)

この日の消しゴムの収録でも、MONOの消しゴムが圧倒的なシェアNo1である、と散々あおっておいて、電話出演するのはMONOとはシェアも知名度も大差をつけられている、シード株式会社の常務取締役。

しかも、“有隣堂の社員に、MONOとシードどっち使ってますか?ってアンケートを取ったんですけど、大差でMONOでした!”と直接伝えてしまうという鬼っぷり!

【絶対王者vsパイオニア】消しゴムの世界 〜有隣堂しか知らない世界068〜( https://www.youtube.com/watch?v=T5qLl-AqYmQ )

それでも、シードの常務が「そうなんですよねぇ」と認めてしまうのは、空気感と、このチャンネル自体が認知され、信用されている証だ。事実、動画のコメント欄には、“MONOしか知らなかったけど、今度はレーダーの消しゴム買ってみます”という言葉が多くあり、商品の宣伝に大きく関わっていると言えるだろう。

■弱小YouTubeチャンネルへのアドバイス

収録でも柔軟に対応し、その場でいろいろと指示を出して、より面白く、より商品を魅力的に伝えようとしているハヤシさん。最後にお恥ずかしい話だが、ニュースクランチのYouTubeチャンネルの登録者数が増えないのには、何か理由があるのでしょうか……? と聞いてみた。

「たぶん、いろいろと理由はあると思うんですけど、スタッフの当事者意識が薄いのかもしれません。この形式になってからの有隣堂チャンネルを、最初から見ている人ならわかるかもしれないですが、途中からブッコローの動きが格段に良くなってるんです(笑)。でも、そもそもそういうプロではないし、僕らも機敏な動きを求めて役割分担しているわけじゃないんですが、きちんとブッコローの動きをやってください、って役割を与えられると、当事者意識を持って仕事に取り組むようになるんだと気づかされました」(ハヤシ)

たしかに、当事者意識は共同作業においては重要だ。最近では、YouTubeチャンネルを運営する企業も規模の大小含め多くなってきている。そこで、“やらされているから”ではなく、自発的にそのチャンネル少しでも良くするためには、と考えることが大事なのだと改めて気づかされた。

「あとは、自分の成果がわかるのも大事ですね。YouTubeチャンネルの場合は、動画のアップになりますが、自分たちがやっていることが目視できるのも、やりがいとしては大きいですよね」(ハヤシ)

損得だけで動いていたら、会社やスタッフ含め、閉店後に和気あいあいと楽しく動画の撮影に望めないだろう。会社のバックアップはもちろん、自分たちがやっていることは面白いし、会社のためになっている、という共通認識があるのも大きいだろう。

最近注目を集めているYouTubeチャンネルの裏側には、面白さと理念の程よいバランスが隠されていた。

▲休憩中もブッコローとコミュニケーションを取る岡アさん

関連記事(外部サイト)