「相方に抱いた殺意が良い方向に」平成ノブシコブシ・徳井健太の転機

お笑いコンビ・平成ノブシコブシの徳井健太による連載をまとめた書籍『敗北からの芸人論』(新潮社)。この本には、徳井が自身の目で見て感じた芸人論が、それぞれの芸人ごとに章に分かれて綴られている。

千鳥やオードリーといった売れっ子から、霜降り明星やEXITなどの第7世代と呼ばれる若手、東野幸治や加藤浩次といった徳井から見れば大先輩にあたる芸人まで、徳井ならではの独自な目線の文章は、近年発売されている芸人による芸人論の本の中では一線を画している。芸人愛にあふれた徳井に、自らの芸人人生における土壇場について聞いてみた。

▲俺のクランチ 第15回(前編)−徳井健太−

■希望が砕け散る音を未だに覚えてる

『敗北からの芸人論』には21組の芸人の生き様を、徳井の視点で記した珠玉の文章が収められているが、同時に徳井自身の芸人人生も描かれている。芸人について熱く書かれているのを読むと、徳井自身も熱い夢や野望を持って芸人になったかと思いきや……。

「いやいや、芸人になったきっかけも高校のとき、同級生に薦められたからってだけで、それまでは料理人になろうと思ってたんです。人生を振り返っても、自分でやりたいからやったことって、ほぼないんですよね。五明(グランジ)と竹内(元ミルククラウン、現怪獣)の3人でやってたライブくらいですね。あとは他人にやれば?って言われたか、やらざるを得ない状況になったか、どっちかですね」

NSC東京校の5期生にあたる徳井。同期は又吉直樹、綾部祐二のピースなど。NSCは今以上に上下関係がハッキリし、オレが一番面白い、というギラギラした人間の集まりだった。

「最初の1ヶ月はちゃんと行ったけど、あとはずっと寝坊、今だったら絶対クビですよね(笑)。自分のことを面白いとも思ってないから、まあいいかって。日払いのバイトをして稼いで、あとはずっとパチンコ。パチプロになるしかないかって、思ってました」

徳井は北海道の野付郡別海町から上京した。NSCに入って間もない夏、その頃はまだそれぞれ別のコンビを組んでいた又吉と綾部の面白さに度肝を抜かれ、「自分と同じ時期にお笑いを始めて、もうこんなに面白いやつらがいるのか」と愕然としたという。

「希望が砕け散る音、未だに覚えてます(笑)。普通だったら諦めて実家帰るのかもしれないけど、でも僕の場合、実家と仲悪かったから。帰るくらいなら、東京で野垂れ死んだほうがいいやって、思ってたんですよね」

NSCを卒業し、コンビを組んでは解散、を繰り返していたが、あるとき同期の吉村から急にコンビ結成を持ちかける電話がかかってきた。平成ノブシコブシ(当時はコブシトザンギ)の誕生だ。

「吉村は特にギラギラしてて、絶対に売れたいし、売れるって自信が当時からあったから、相手は誰でも良かったんだと思います。たぶん上から電話かけて、何も考えずに「いいよ」って言ったのが僕だっただけの話で」

結成当時のことを思い出してもらうと、徳井は意外な後悔を口にした。

「まあ、ひとつだけ後悔があるのは、ネタを書きたかったな、ってことですね。そこも吉村がババっと決めたから。今振り返ると、僕がやりたいこと、こうしたほうが良いのになってことをやったほうがうまく運ぶことが多かったけど、でも矢面に立ってイニシアチブ取るまでの気持ちはない。お笑いを見るのはめちゃくちゃ好きでしたよ、それこそ子どもの頃から見られるやつはほとんど見てると思います。でも自分がこうしたい、とかは昔っからないんですよね」

『敗北からの芸人論』を読んでいて感じるのは、熱を持って語られる他の芸人への描写と対比されるような、徳井が自分自信に向ける「諦念」の感情だ。

「この前も誰かに言われたんですけど、僕は自己肯定感が圧倒的に低いんですよね(笑)。吉村は自己肯定感が圧倒的に高い。そういう意味で、結果的にはノブシコブシってコンビとしては良かったのかな、って思いますね。ただ、吉村は僕以外だったら絶対解散してただろうってことだけは言いたいですね(笑)。この本にも解散の危機を書いたけど、40になって振り返ったら良かったなって思うことでも、当時はツラかったし、今でも良かったなんて思いたくないことばかりだし(笑)」

個人的には、ヨシモト∞ホールで行われていたAGEAGELIVE全盛期を目撃しているので、ノブシコブシは劇場でもずっと人気で、ダサいことをやっていないコンビ、という印象だったのだが……。

「いや〜、そうですかね〜(笑)。当時は、真正面に面白いことをやってスベるとダサいから、ちょっとズレたことをやって、小さい範囲で褒められてるコンビ、って感じだったと思います。僕らがキングコングみたいなスタイルでやったら叩かれやすいじゃないですか、そもそもできないし(笑)。あんなふうにはできないですけど、野爆(野性爆弾)さんとか、ザコシ(ハリウッドザコシショウ)さんっぽいことをやっておけば、芸人からも嫌われないし、お客さんからも支持されるし、楽なほうに逃げてただけな気がします」

芸人さんをインタビューしてきたなかでも、徳井から強く感じるのは「プレイヤーとしての徳井」がごっそり抜け落ちていることだ。TV番組『ゴッドタン』の人気企画、腐り芸人セラピーでも、徳井はプレイヤーとして見たものを、プレイヤーとしての話術と視点で語るが、芸人としての自分をそこに介在させていない。恐る恐る「この本の徳井さんからは、芸人っぽい自己顕示を感じないのですが……」と問うと。

「ですよね、そういう感想を持つのもわかります。それはたぶん、自分にプレイヤーとしてのプライドが一切ないからなんですよ。だからこの本も、ほかの芸人さんの本と差別化できたかなって思うんですけど。この本の帯で、麒麟の川島さんが僕のことを冒険家って称してくれてるじゃないですか。これだ!って思いましたね。僕はお金をもらって、すごいもん見てこい!って言われるのが、一番性に合ってるなって思うので」

■仲の悪さが功を奏した“あの番組”

「芸能界は偉人だらけだから、話を聞いてるだけで楽しいんですよね」と徳井は笑う。ただ、相方である吉村崇について書いた章には、明確に「殺意」という穏やかではない言葉を用いて、うまくいってなかった当時の平成ノブシコブシについても、愛憎入り交じった文章で記している。

「コンビを夫婦に例える人もいるけど、僕は同性の兄弟、が一番しっくりきますね。もっと言えば、コンビ組んで15年で、やっと「兄弟」になった感じ。この本にも書いたけど、長く連絡を取らなかった兄弟が、自分の両親の葬式で久々に会って、酒飲んで笑って、ってのが一番近い気がします。まあ仲が悪かったから(笑)」

相方である吉村崇について印象的だったのは、徳井がフジテレビで放送されていた『(株)世界衝撃映像社』の出演をきっかけにスタッフにも認知され、平成ノブシコブシとして『ピカルの定理』の出演につながった、という箇所だ。たしかに、部族ロケにおいて、見るだけで悲鳴をあげたくなるようなゲテモノを平気な顔で食べ、異国の地で部族の人々と楽しげに話す姿は衝撃であった。

「でも、あの番組に出てるときは、吉村に抱いた3度の殺意のうちの3度目と被ってるから、絶賛仲悪い時期ですよ(笑)。だからこそ、あのロケがうまくいったってのはあるかもしれない。吉村がやる、テレビに特化した振る舞いの逆をいってやろう、って気持ちが強かったから。吉村がゲテモノに大きなリアクションしたら、僕は特にリアクションせずに平然と食べちゃう、それだけだったんですよね」

吉村から“解散しよう”って言われたら、すぐ“うん”って答えたし、すぐに“やっぱりもう一度やり直そう”って言われても、“うん”って言ってたし、と語る徳井。言葉の端々に「諦念」や「流れのまま」という意識がにじみ出る彼が、人生の土壇場を感じた瞬間はいつだったのか。質問に対し深く考え込む徳井に「M-1の出場資格がなくなったとき?」「売れなくて金銭的な余裕がなかったとき?」と質問をぶつけてみたが、返ってきたのは意外な答えだった。

「土壇場……今パッと思い出したのは、なんかのライブで、バッファロー吾郎の竹若(元博)さんの大喜利の答えを見たとき、ですね。正直、東京の若手の中でも大喜利ができる芸人、ってことで呼んでもらってたんですけど、そこで出てた竹若さんが、8周目くらいの答えを尋常じゃないスピードでバンバン回答してて。ライブ中に“あ、僕もう大喜利辞めよう”って思っちゃいましたね」

「大喜利って国語だから、ある程度の定石があって、それをなぞれば80点の答えを出せると思ってて」と徳井は語る。

「自分では大喜利が得意だとは思ってないけど、理論はあるからやれますよ、みたいなスタンスでいたんですよね。ほかの方が出した発想が飛んだ答えも、教科書の中にはあるから“面白いな”と同時に“なるほど、そっちで来たか”って思える。でも竹若さんの答えは、野球でいうと打席でピッチャーの球が全然見えなかったんですよ。これまではどんなに速い球でもカットできてたけど、ボール自体が見えなかった。プロ野球選手だったら引退しますよね(笑)」

竹若の大喜利以外にも、土壇場を感じたネタがあるという。

「R-1ぐらんぷりでバカリズムさんが披露した『都道府県の持ち方』のネタですね。うわ、人の発想ってそこまでいけるんだ、って思って。新しい食材で新しい料理を作って、世界で一番うまいってあるんだ?って鳥肌が立ちましたね。ここまでいくと、面白さと同時に怖さもあるんだ、って(笑)」

お笑いを愛し、芸人を愛する徳井らしい答えだった。

「35歳までに自分の居場所を見つける」ノブコブ徳井がたどり着いた境地 | 俺のクランチ | WANI BOOKS NewsCrunch(ニュースクランチ)( https://wanibooks-newscrunch.com/articles/-/3067 )

■プロフィール

徳井 健太(とくい・けんた)

1980年北海道出身。2000年、東京NSCの同期・吉村崇とお笑いコンビ「平成ノブシコブシ」を結成。テレビ番組『ピカルの定理』などを中心に活躍し、最近では芸人やお笑い番組を愛情たっぷりに「考察」することでも注目を集めている。趣味は麻雀、競艇など。「もっと世間で評価や称賛を受けるべき人や物」を紹介すべく、YouTubeチャンネル 『徳井の考察』 も開設している。Twitter: @nagomigozen

関連記事(外部サイト)