「親友の麒麟・川島は移住に反対」ソラシド本坊が脱・東京で手に入れたもの

吉本興業が日本全国で行っている「あなたの街に住みますプロジェクト」。このプロジェクトで山形県に移住したお笑いコンビがソラシドだ。同期に麒麟や馬場園梓がいる芸歴22年目、このコンビのボケが本坊元児。

以前にも、自身の肉体労働をエピソードにした『プロレタリア芸人』(扶桑社)を発売していたが、2022年4月、“住みます芸人”に立候補した際の心境や、移住後の生活を綴った2冊目の著作『脱・東京芸人』(大和書房)を出版した。本の帯には千鳥の大悟がコメントを寄せ、巻末には盟友である麒麟・川島との対談も掲載されており、彼の人望の厚さがわかる書籍であるが、書籍の紹介には…

「地方タレントになりたくて吉本に来た芸人なんか一人もいません。でも、芸人を続けられるならと、藁にもすがる思いで決めていることを吉本にはわかってほしかった――」

と、かなりセンセーショナルな文章が書かれている。

個人的に、『プロレタリア芸人』出版以前、ロフトプラスワン系列でのトークライブ「本坊元児と申します」を手伝わせていただいてたこともあり、本坊さんには強い思い入れがある。こんなに面白い人がなぜもっと脚光を浴びないのか、と思っていたし、肉体労働のエピソードでTVに出たときは我が事のようにうれしかった。でも、今回の著作によると、その時期がツラかったことも移住のきっかけになったと明かされていた。

現在は、山形県でのメディア出演のみならず、その独特のライフスタイルと紹介の仕方が、全国放送でもたびたび取り上げられるソラシド本坊に、この本を書こうと思った経緯や、山形に移住して変わったことなどを聞いてみた。

▲自身が収穫した大根を売る本坊

■麒麟・川島だけが山形県移住に反対した

――『脱・東京芸人』を出版することになったきっかけを教えてください。

本坊 山形を紹介する情報誌があって、そこで山形での生活を連載させていただいてたんです。連載の時点で“絶対1冊の本にする”と思って書いてたんですけど、吉本の「作家育成プロジェクト」という企画がありまして、そこで手を挙げてくださった大和書房さんから本を出版させていただくことになったのが直接のきっかけです。

実は、その企画では、自分が幕末へタイムスリップする話をプレゼンしようとしてたんですけど、吉本の社員さんが全員首かしげてたので…(笑)。じゃあ、最初から本にする目標があったし、山形での生活を書いてみようかなって。

――タイムスリップの話もかなり気になりますが(笑)。書籍では、前著『プロレタリア芸人』を発表するきっかけとなった肉体労働と、その話題でテレビに出ることへの苦悩が描かれています。その頃の本坊さんのトークライブを手伝わせてもらっていたので、“あの頃、本坊さんは誰にも言えず悩んでいたんだ”と少し胸が痛みました。

本坊 客が10人以下のトークライブね(笑)。いや、もちろんうれしい気持ちもあったんですよ。でも、1年間肉体労働のバイトして、1年に1回だけその話題でテレビ出られるって、“どんな世界やねん、コスパ悪すぎるやろ”って腹立ってしまったんです。あと、これは未だに思ってますけど、“芸人だけでは食えないからバイトをしてます、悔しいです”っていう気持ちを全面に出さないとって。

――読んでいて一番心を打たれたのが、巻末にも対談が載ってますけど、麒麟の川島さんだけが唯一、山形へ行くのを反対して、それを本坊さんは「川島は芸人としてよりも、友達として反対したんじゃないかと思う」と書かれていますが、山形行きを止めてくれたとしても「面白いから東京にいてくれ」じゃないと意味がない、ってことですよね。

本坊 そうですね。川島とはもう20年以上の付き合いになりますけど、リップサービスをするような人間じゃないんですよ、少なくとも僕には。面白い!とか、売れると思う!とか、はっきり僕には言ったことないし、僕から川島に聞いたこともない。芸人としてじゃなくて、ただただ仲のいい友達ってだけで山形行きを止めてたらキツイなって。だから今回、巻末の対談でそこをはっきり聞きたかったんですよね。

■人が良すぎて腹が立つ!? 住んでわかった山形県の魅力

――この本では『プロレタリア芸人』を出版する前から、“住みます芸人”になり、山形在住となるまでの複雑な心境も書かれていますよね。本坊さん的に、“住みます芸人”を選んで良かったと思いますか?

本坊 ホンマに良かったなって思います。本の最後のほうにも書いてるんですけど、“もう東京に戻ることはないかな”とさえ思いますね。

――正直、そこまでポジティブな感じで選んだ“住みます芸人”ではなかったと思うんですが、そんな本坊さんが「東京に戻ることはない」って言えるほど魅了された山形の魅力ってなんですか?

本坊 山形は今でこそ果物王国とか、おいしいものがいっぱいとれるイメージですけど、そもそも土壌が豊かな地ではないんですよね。郷土料理も「ウコギ」とか「ひょう」など野草を使ったものが多いんですけど、それも江戸時代とか飢饉のときに、食べるものがなくなって、知恵や創意工夫でなんとかしようとした結果、生まれた料理なんです。

現状あるものでなんとかしよう、というのがカッコいいなって思ってます。特にコロナ禍になってから、仕事にも制限が出てきて、じゃあYouTubeをやってみよう、インスタライブをやってみようとか、耐え忍びつつ、創意工夫でなんとかする、山形的な考え方には救われました。

――あと、山形の人はあまりお金儲けに興味が無いようだ、という記述も印象に残ってて。

本坊 これ、ホンマにずっとそう思ってるんですよ。とても大きなワラビ園をやってるおじいさんがいるんですけど、収穫体験させてもらったんですが、大量のワラビが取れるんですよ。「これ、売ってるんですか?」って聞いたら、「知り合いに配ってるんだ」っていうから、“は? 何してはんの、この人?”って思って。

――あはははは(笑)。

本坊 自分も農業をやってるからわかるんですけど、肥料とかの費用もバカにならないんですよ。でも“腐らせたくないから”ってだけで知り合いに配ってるんです、いや、どんだけエエやつやねん! で、このほかにも、例えば何かをいただいて、金銭が発生するとして、お金をもらうときにめちゃくちゃ申し訳無さそうにするんですよ。

「あの~、お金もらってもいいですか?」「 いや、当たり前やん!」みたいな。正直、吉本興業みたいなアグレッシブなやつがグイグイ来たら、山形県で無双できるんちゃう?って冗談を言ってたら、その昔、近江の商人が来て、山形で無双した歴史があるらしくて「昔からかい!」みたいな(笑)。ホンマみんなええ人なんです。

▲2020年、自分の畑が豪雪に見舞われ、失意のなかで大根を収穫しに行く本坊

――山形の方の人柄や風習を、本坊さん独特の表現で愛情たっぷりに描いている箇所は、とても面白いです。

本坊 あと、山形空港ってあるんですけど、駐車場無料なんですよ。嘘やん、山形は完全に車文化なんやから、少しでもお金取ったら儲けられるやん! いやおもろいし、ええことなんですけど、人が良すぎて腹立つ身内とかいるじゃないですか。その感覚なんですよね。

――(笑)。でも、本坊さんの口から身内って言葉が出てきたのがいいなと思います。

本坊 そうですね、その感覚は大阪、東京にいたときにはなかった感覚ですね。お金に興味が無いように見える県民性もありがたいんですけどね、消費者の立場からしたら。

■冷めた目で見ていた“住みます芸人”を本坊が変えた

――僕はこの本、本当にいい本だと思っていて、全体的に本坊さんの文体がドライというか、自分たちのコンビのことを書くときも、そこまで大仰に描いていないのがいいなって感じました。相方の水口さんが、昨年7月に生配信中の事故で大やけどを負ったことも、そこまで強調して書かれていないし、ラストも余韻を残さず終わってる。

本坊 うーん、ちょっとええように書こうとしてるとか、ここは泣いてほしいなって思った時点で、自分のことをあざとくて見てらんなくなっちゃうんですよ。照れてしまうというか。

――芸人は笑わせてナンボ、みたいな価値観はステレオタイプであまり好きではないですが、本坊さんの生き方や文章から、それを地で行っているように思っています。特に、農作業をしながらジョーカーのメイクをしている本坊さんを見ると(笑)。

本坊 (笑)。ありがとうございます。

――あと、吉本の偉い方が山形に来る、ってときに、“うわ、怒られるかも”って思った本坊さんは、めちゃくちゃ物騒なことを想像して、なおかつそれを本気で実行しようとする描写がこの本に出てくるんですけど、それがエグく感じないし、“ちょっと本坊さん、書きすぎ!”とも思わない。普通に笑えるのって人間性においても、文学面においてもすごい才能だなって思うんですよね。

本坊 いや、単純に弱々しいフォルムやからやと思います(笑)。でも、あそこに出てくるのは吉本の専務なんですけど、イチ芸人に対して「住みます芸人って、こういうことやったんや!」ってわざわざ伝えに来てくれるって、“ええ会社やな”と思いましたね。まあ、その人をどうにかしようと少しでも思ってた自分もおかしいけど(笑)。

――僕はこの一連を読んで、『サボテンブラザーズ』っていう映画を思い出しました。あの映画は、作り物の西部劇を見てそれを信じた人たちが、俳優たちに本当の悪党の退治を依頼する話ですけど、そもそも農作業をするために山形行ったわけじゃない本坊さんのやったことが「それが吉本がやりたかったことだよ!」って言われるところが、本職ではないけどそこで結果を出す、みたいなこととダブりました。

本坊 なるほど。“住みます芸人”っていうのは、芸人が「その地域のために頑張ります!」って、吉本としては言ってほしかったんやと思うんです。でも、当然ですけど、そういう人たちばかりじゃないですよね。なんなら、そういう人の方が少ない。僕らの場合にしても、東京で飯を食えてないからってのが大きくて、就任当時は地域のことまで頭が回ってない。それでいて会社は1つ1つの地域までしっかり見ているわけじゃないし、ってのもあって。正直、最初は冷めた目で見てたんです。

――たしかに、最初のうち“住みます芸人”という制度自体に対して、懐疑的な目を向けてる本坊さんの姿も本に出てきます。

本坊 芸人はみんなそうやと思うんですけど、大なり小なり尖っているし、当時の僕なんかその最たるもんやったと思うんです。でも、今は全然変わりましたね。

――どんなところが変わったんでしょうか?

本坊 丸くなったとかそういうことではなくて、自分で動かないと何もならない、与えられた仕事をこなしているだけになってしまう、と気づいたのが大きいと思います。周りは劇場も、ましてや定期的にお笑いをする所もない。そういう場所で、どう自分でやっていくかしかないんですよ。

正直、ありがたいことに、ほかの“住みます芸人”から「どうすれば良いですか?」って相談を受けることもあるんです。それで話を聞いて、だいたい“いや、自分が動いてへんだけやろ”って思うことが多いです。何か仕事の提案を受けても、「僕のやりたいことはこれじゃない」って愚痴って、そのくせ自分からは新しいことは提案しない。いや、売れてない原因それやん!って。

――たしかに。あと、誤解を恐れずに言うと、山形へ行く前の本坊さんは、愚痴る側の人間だったような気がしています。

本坊 いや、そうやと思います。その愚痴も別に面白くしようとしてねーし、みたいな態度を取って、そのやさぐれ方が芸人周りではウケてたんかなと思いますけど(笑)。でも、周りからどう見られてたかはわからないんですけど、舞台上やテレビで話す愚痴は、絶対に自分を悪くして落としてたんです。これは自分の中で決めていたこと。その美学、ロジックもないまま会社の悪口を言ってる芸人が嫌いで……。

――本坊さんがそういうスタンスになられたのが感動しますし、ちゃんとまだ尖った所も残ってたのがうれしいです(笑)。

本坊 (笑)。いや、ホンマに腹立ってるだけです。

■蛍原やフット後藤がかけてくれた言葉

――たくさんあると思いますけど、山形に移住して一番楽しかったことはなんですか?

本坊 なんやろなあ、大学生たちと古民家を直して、その中の女の子がサンドイッチ作ってくれて、“もしかして僕のこと好きなんちゃうか?”ってときは楽しかったですね。

――え! そこですか?(笑)。『プロレタリア芸人』のエイサーを習いに行って、そこで恋が始まるかも、のくだりみたいですね(笑)。そもそも、本坊さんって絶対モテるのに、なんでモテないって言い続けるんだろうって、10年前からずっと疑問でした(笑)。

本坊 あ! それに関してはホンマに言いたいことあって、たしかに「モテそう」とか、インスタライブのコメントとかでも「本坊さんカッコいい」とか言われるんですけど、向こうの気持ちはわかってるんですよ。言い方は悪いですけど、ちょっと僕にちょっかい出したいだけなんですよ。それでホンマに好きになっちゃったら、僕の気持ちはどうなんねん。一生添い遂げる覚悟あるのか?って聞いたら、尻込みする人ばっかりなんですよ!

――ちょっと、思いつめ過ぎでは…(笑)。

本坊 そんなら言うてくんな!って思いますよ。だから僕は、男性不信の女性の気持ちがよくわかります。

――(笑)。話題を変えまして、インスタライブといえば、オリンピックの開会式が見たいけど、電波状況が悪いから、ハンガーを持って立って見ていた本坊さんのインスタライブの配信が、一部で大きな話題になってました。

本坊 バッハ会長の話が長すぎて、アメリカの選手団ですら寝そべって話を聞いてたのに、僕だけそうしないとTVがうまく映らないから、ハンガーを持って立って見てたって話ね。なんで僕は立ってんねん、ていう。

――めちゃくちゃ笑いました。でも、そういうエピソードトーク的な側面もありつつ、『プロレタリア芸人』に比べて、今回の本はよりしっかり、本坊さんの私小説という趣きになっていると感じました。

本坊 そうですね、前回の終わり方からして、また本を書くときにどうしようかってのは、ずっと考えてたことなんやけど。でも、また刺々しい話ばかりするのも嫌だなって思って。だから、『プロレタリア芸人』を書いたときの自分も自分やけど、今の自分で、あの本のあとから現在までを書けたのはよかったかなって思いますね。

――なるほど。あそこからの本坊さんの変化というと、山形と農作業というのが大きいと変化だと思うんですけど、農作業から得た気づきってありますか?

本坊 農作業は、その作物を収穫するってことがゴールやけど、どんな農薬を使うのか、肥料はどれくらい使うのか、それだけでもそこに至るまでのアプローチはたくさんあるし、同じ作物でも土壌や気候によって大きく違ってくる。それってお笑いも一緒やなって感じました。

みんな笑いを取りたくてやってるけど、“人を傷つける笑いは嫌い”とか“他の人と被ってることは言いたくない”とか、それぞれアプローチの仕方があるわけですよね。若い頃は“あいつの笑いの取り方は気に食わへん”って思ったこともあったけど、こうやって農作業をするようになってから、向かってるところが一緒なら、アプローチや美学は“人それぞれあっていい”と思うようになりました。

――しっかり農作業をやっている本坊さんが言うからこそ、説得力があると思います。

本坊 実は今もね、畑が気になってるんですよ(笑)。ちょっと空き時間があったら、すぐに畑をいじりに行っちゃう。正直、肉体労働をやってるときは“あ、8時間過ぎてる、こっから何時間残業すんねん”とか思ってたけど、今は“あ、日の入りまであと30分や、じゃあ水やりと草むしりできるな”とか思うようになりました。

時には真っ暗闇の中、頭に懐中電灯つけて畑作業したりとか。働き方改革とは真逆やけど(笑)、受け身の生き方から能動的な生き方になりましたね。だから僕、本業でしんどい思いしてる人は、こうやって生きがい見つけるべきなんちゃうかな、と思いました。僕にとってそれが農業でしたね。

僕が山形に行ってから、蛍原徹さんが僕のことを「山形に行って、どんだけ刺々しいことを言うんかなって思ったら、角が取れて穏やかになったな。果たして、これが面白くなるかどうか俺にはわからんけど、すごくええと思うわ」って言ってくださって。僕自身、こうやって野菜を作って何がオモロイんかな、って悩んだこともあったんですよ。

若い頃の僕は、他人をギラついた目で見ることで、オモロいことを探してたし、その頃の自分が薄れていくのも感じてたんです。でも、蛍原さんも、フットボールアワーの後藤さんも「本坊の今の感じ、すごくええと思うで」って言ってくれて、それはすごくホッとしましたね。

――僕も本当にそう思います。最後に、ソラシドの今後の展望をお聞きしたいんですが。

本坊 たぶん、ソラシドは山形へ来てなかったら解散してたと思います。今でも、水口は水口で僕に対して、“まだ本坊のほうが売れてるな”って悔しい想いがあると思うんですけど。でも、東京にいるときよりは遥かに健全やなと思いますね。

水口は、得意の料理を使って頑張ろうとしてるし、それは山形っていう食材が豊富な地域だからこそ活かせると思ってます。あとは、農作業体験と漫才を組み合わせたイベントもやっていきたいんですよ、お客さんがお芋さんを抜いた合間に、僕らが漫才を披露したりとか。

――すっごくいいですね!

本坊 だから、もっと県民の人に愛されたいし、売れたい。やっぱり、山形の人が一番喜んでくれるのは、全国放送のTVに出たときなんですよ。“住みます芸人”やからって「東京のテレビは出ません」っていうのは、ただの言い訳やんって思ってるから。僕なんかがおこがましいと思ってますけど、東京に仕事で呼ばれたらすぐに行くし、逆に東京のメディアが山形へ来たとき、絶対に選ばれる存在になりたい。

今だと、リモートでも必要とされる芸人になりたいし、ここに住みながらでも、できることをやっていきたいです。あと、具体的に言うと宮川大輔さんMCの『満天 青空レストラン』に出たいですね、生産者とゲスト、どちら側でも出られるんで(笑)。

■プロフィール

本坊 元児(ほんぼう・がんじ)

1978年生まれ、愛媛県松山市出身。吉本興業に所属するお笑い芸人。2001年1月、水口靖一郎とコンビを組み「ソラシド」を結成。現在は「山形県住みます芸人」として活動しつつ、『人生が変わる1分間の深イイ話』(日本テレビ系)の密着をはじめとして、さまざまな番組への出演で話題となる。現在、「南陽市ラーメン大使」「やまがた特命つや姫大使」「西川町月山ふるさと大使」を務めており、著書に『プロレタリア芸人』(扶桑社文庫)がある。特技はDIY、農業。趣味は沖縄三線。Twitter: @honbouganji 、YouTube: ソラシド 本坊

関連記事(外部サイト)

  • 記事にコメントを書いてみませんか?