シャウトできないブルース・ウィリスに、ナルシストなロバート・ダウニー・Jr……歌手として失敗したスター俳優たち

シャウトできないブルース・ウィリスに、ナルシストなロバート・ダウニー・Jr……歌手として失敗したスター俳優たち

シャウトできないブルース・ウィリスに、ナルシストなロバート・ダウニー・Jr……歌手として失敗したスター俳優たちの画像

 既報のとおり、故プリンスやボブ・ディランら多くのトップ歌手が映画での成功を夢見ては挫折してきた。しかし、またその逆もしかり。数多くの映画スターたちが歌手としても認められたいと音楽活動に手を出し、そのほとんどが「音痴すぎる」と酷評されている。神は「歌」と「演技」の二物をなかなか与えないものなのだ。今回は歌手としてもトップを目指したものの、あっさり頓挫してしまった「超音痴な映画スター」を紹介しよう。

■クリント・イーストウッド(87)

 ハリウッドの生き字引ともいえるクリント・イーストウッド。俳優だけでなく、映画監督、映画プロデューサー、作曲家に、はたまた政治家という多彩な才能を持つ彼だが、歌唱力だけはなかった。

 クリントが初めて全米に歌声を披露したのは、1959年放送開始のテレビ西部劇『ローハイド』。このドラマでピアノでの弾き語りシーンに挑んだのだ。音程が微妙だったわりには視聴者から好意的に受けとめてもらい、この波に乗ろうと62年に『Cowboy Favorites』というタイトルのLPをリリース。ハンサムなクリントに夢中だった女性ファンは喜んだが、一部からは「歌の才能はないのでは……」とささやかれるようになった。

 しかし、「オレは歌える俳優」と自負していたクリントは、69年に『ベンチャーワゴン』というミュージカル映画に出演。森の中で、木と会話するという内容の「I talk to the Trees」を歌ったのだが、これがかなり難しい曲だったため、音程がズレまくり。とはいえ、幸運なクリントは、80年に発売した映画『ブロンコ・ビリー』の挿入歌「Bar Room Buddies」がデュエットだったこともあり、「Billboard Hot Country Single」で1位を獲得。同年公開された映画『ダーティファイター燃えよ鉄拳』の挿入歌「Beers To You」は、大御所歌手レイ・チャールズとのデュエット曲で、シングルとしては振るわなかったがサントラはカントリーミュージックのアルバム部門で初登場5位。このようにかなりヒットした曲もあったのだが、「話題作だから売れた」と言われ続けた。

 そんな世間の声を代弁したのが、人気コメディアンで俳優のビリー・クリスタル。ビリーは司会進行役を務めた04年のアカデミー賞で、クリントがいかに素晴らしい俳優で監督なのかをミュージカル風に歌った後、クリントの膝の上に乗り「『ベンチャーワゴン』では歌も披露しましたね。お願いですから、もう二度と歌わないでください」と懇願したのだ。クリントは複雑そうな笑顔で頷いていたが、このビリーのディスを聞いて「すっきりした!」という声が多数上がった。

■ドン・ジョンソン(67)

 『特捜刑事マイアミ・バイス』(1984〜89)のイケメン巡査部長ソニー・クロケット役で、爆発的な人気を博したドン。ワイルドさとセクシーさを併せ持った彼は、80年代を代表するスーパースターとなった。行く先々では熱狂的なファンが待ち構え、どこに行っても黄色い声が飛び交う。そんな日常を送っていた彼が「歌手としても頂点に君臨しよう」と思ったのは、ごく自然の流れだったといえるだろう。

 86年9月、ドンはデビューアルバム『Heartbeat』をリリース。ファンは待ってましたと言わんばかりに飛びつき、アメリカで最も権威のあるアルバムチャート「Billboard 200」で最高17位に、シングルカットされた「Heartbeat」は「Billboard Hot 100」トップ5入りする快挙となった。

 伝説的ミュージシャンとして名高いトム・ペティらに楽曲を提供してもらった上で、ウィリー・ネルソン、「ローリング・ストーンズ」のギタリストであるロン・ウッドら超大物ミュージシャンをフィーチャリングさせるという、豪華すぎるこのアルバムが売れないはずはなかった。しかし、売れたは売れたが、アルバムは絶望的なまでに駄作だと言われている。なぜならば、ドンがあまりにも音痴だったからだ。

 一生懸命に歌うという気持ちは伝わってくるのだが、30秒も聞いているとおなかいっぱいになってくる歌声。80年代にはやった機械的なサウンドに押され、うなり声も弱く聞こえてしまう。そもそも歌手向きの声ではないとも評された。

 しかし時代の寵児としてもてはやされていたドンは88年、無謀にもあの大物歌手バーブラ・ストライサンドと「Till I Love You」でデュエット。歌唱力の差があまりにもありすぎて痛々しいと同情された。89年には懲りずにセカンドアルバム『Let It Roll』をリリース。メキシコ版マドンナと呼ばれていたセクシー歌手のユーリをフィーチャリングした「Better Place」も収録したものの、相変わらずの音痴のため、鳴かず飛ばず。その後、歌手として表立った活動はしなくなり、ファンを安堵させた。

■ブルース・ウィリス(62)

 サスペンス・コメディ『こちらブルームーン探偵社』(1985〜89)で演じた“お調子者の二枚目探偵”でブレイクし、『ダイ・ハード』(88)の“世界一ツイてないけど、タフで使命感に燃えるヒーロー刑事”ジョン・マクレーン役で世界的な大スターとなったブルース。「テレビで売れた役者が映画スターになる」という米ショービズ界での偉業を成し遂げた彼に、できないことなどないと思えるだろう。しかし、そんな彼も音楽界で成功を掴むことができなかった。

 『ブルームーン探偵社』で人気急上昇中の87年1月に、デビューアルバム『The Return of Bruno』を発売。この作品には、ブッカー・T・ジョーンズ、ポインター・シスターズ、テンプテーションズら、R&B界の大御所らが集結し、「Billboard 200」で最高14位に、シングルカットされたポインター・シスターズとのコラボ曲「Respect Yourself」は「Billboard Hot 100」トップ5に入った。

 このアルバムは「今日のロックミュージックに多大なる影響を与えた60年代の伝説的ミュージシャン」という設定のもと制作されており、同名のテレビ映画まで制作(邦題は『ブルース・ウィリスの逆襲』)。マイケル・J・フォックスに、エルトン・ジョン、フィル・コリンズ、リンゴ・スター、ジョン・ボン・ジョヴィら大スターたちがこぞって出演した。ブルースも大観客の前でミュージシャンとして本気のライブ・パフォーマンスを披露し、大きな話題となった。

 このように、ヒットしたにはヒットした『The Return of Bruno』だったが、ブルースの歌唱力に対する評価はすこぶる悪かった。とにかく「歌がヘタ」だからだ。テレビ映画で見せたパフォーマンスも、「シャウトできないし、クネクネした動きが気になって仕方ない」「歌のレベルも最悪だが、ハーモニカもろくに吹けない」「歌手としては楽しめないが、エンターテイナーとして見れば楽しめる」と酷評が相次いだ。米大手芸能誌「People」にいたっては、「ドン・ジョンソンの方がマシ」と評したほど。

 ブルースは89年にセカンドアルバム『If It Don’t Kill You, It Just Makes You Stronger』をリリース。その後も、チャンスがあればステージに上がり歌っているが、オリジナルアルバムを制作するという無謀なことはしなくなった。

■ロバート・ダウニー・Jr (52)

 映画監督である父の作品に子役として出演し、1980年代には青春映画で名を馳せたロバート。薬物依存で刑務所に入ったが見事克服し、近年では映画『アイアンマン』シリーズで大成功を収め、ハリウッドを代表する大物俳優としてリスペクトされている。

 そんな彼は、12歳のころに始めたピアノ演奏を通して音楽に目覚め、映画やドラマで歌うシーンは全身全霊で熱唱。映画『愛が微笑む時』(93)では国歌を、何度か歌声を披露していたドラマ『アリーmy Love』シーズン4ではポリスの名曲「見つめていたい」を熱唱。エルトン・ジョンの「I Want Love」(01)のミュージックビデオに出演し口パクしたときは「史上最高のナルシスト」と陰口を叩かれ、ミュージカル・コメディ映画『歌う大捜査線』(03)は「ロバートの自己陶酔した歌い方のせいで駄作になってしまった」と酷評された。

 04年11月には、満を持す形でデビューアルバム『ザ・フューチャーリスト』を発表した。しかも、単なる歌手ではなくシンガーソングライターとして、大手レコード会社「ソニー・クラシカル」から気合の入った1作を放ったのだ。収録されている10曲のうち8曲を自身が書き下ろし、ロックバンド「イエス」の名曲「ユア・ムーブ」に、イエスの元リード・ヴォーカリストだったジョン・アンダーソンをフィーチャリングさせるという夢のコラボを実現。ジャズ界の巨匠でベース奏者のチャーリー・ヘイデンをフィーチャーした曲まで収録されている。

 しかし、ロバートのナルシシズム炸裂の歌い方に、彼が歌好きだと知っていた人たちは「やっぱりこの路線か」と溜息。彼の歌声を知らない人は、イメージからはかけ離れた歌声に戸惑い、その結果アルバムは「Billboard 200」初登場121位。アメリカで最も影響力を持つ司会者オプラ・ウィンフリーのトーク番組にも出演してパフォーマンスしたが、売れ行きはイマイチ。評論家のレビューも「歌詞が愚鈍すぎる」「役者に集中した方がよい」と散々なものだった。

 ロバートはその後も、チャンスさえあれば歌を披露しているが、06年に「たぶんもうアルバムは出さない」と発言している。

■デビッド・ハッセルホフ(64)

 1980年代に、主演ドラマ『ナイトライダー』で一世を風靡した俳優デビッド。長身、イケメン、細マッチョと三拍子揃った彼は世界的な人気者となり、歌手デビューの話が持ち上がったのは自然な流れだった。

 85年には、デビューアルバム『Night Rocker』を発売したのだが、アルバムのジャケットは「『ナイトライダー』に登場する車、ポンティアック・ファイヤーバードのボンネットに立ちエレキギターを弾く」というデザインで、明らかにドラマファンにアピールするもの。映画音楽のクリエイターとして名高いジョエル・ダイヤモンドがプロデュースし、当時結婚していたキャサリン・ヒックランドとのデュエットが3曲収録されるなど、話題性はたっぷりだった。

 それなのにこの『Night Rocker』、アメリカでの売れ行きはさっぱりだった。なぜならデビッドが絶望的なまでに音痴だったからである。アメリカではチャートにカスりさえしなかった同作だが、なぜかオーストリアではナンバーワンを獲得。30位にランクインしたドイツでは「アメリカのロック歌手」として爆発的な人気が出て、89年にリリースした『Looking for Freedom』はプラチナム認定までされる大ヒットとなった。

 ちなみに、ドイツで大ブレイクした理由は「ドイツ人が描いている自由でカッコいいアメリカ人」に、デビッドがぴったりとマッチしたからだとされている。ドイツ人同様、日本人にとってもデビッドは「典型的なカッコいいアメリカ人」であり、高い人気を誇ったものだった。

 俳優業をメインに、歌手としての活動も細々と続けたデビッドだが、00年代に入りアルコール依存症が悪化。泥酔状態で床を這いつくばってハンバーグを食べる映像を娘がYouTubeで公開し、世間はドン引き。その後も、酒を飲みすぎて意識不明の状態で発見され死の淵をさまようなど、壮絶な経験をした。

 そんなお騒がせな彼もリハビリに見事成功。ジム通いでたくましい体を取り戻して「還暦過ぎたけど40代のような気分だよ!」とまぶしい笑顔を見せており、往年のファンからは温かい目で見守られている。

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