マイケルの知られざる“娘”、スピルバーグやドリューも!? セレブの衝撃的“親子”関係

マイケルの知られざる“娘”、スピルバーグやドリューも!? セレブの衝撃的“親子”関係

パリス・ジャクソンのインスタグラムより。

 最近パリス・ジャクソンが、彼女のゴッドファーザーであるマコーレー・カルキンと親しげに交流している写真をSNSに投稿し、話題になっている。

 ゴッドペアレントとは、子どもの実父母に万が一のことがあった場合、責任と愛情を持ってその子どもの世話をする後見人のこと。特にカトリック教徒の場合、赤ん坊時代に受ける洗礼時にも立ち会い、実父母同様に成長を見守る重要な存在となる。そのため両親は、信頼できて金銭的にも裕福な友人の中から、ゴッドマザー、ゴッドファーザーを選ぶことが多い。「レオナルド・ディカプリオは、トビー・マグワイヤの娘ルビーのゴッドファーザー」「アンジェリーナ・ジョリーとブラッド・ピットの双子、ノックスとヴィヴィアンのゴッドファーザーはU2のボノ」「ベッカム夫婦のブルックリンとロメオのゴッドファーザーはエルトン・ジョン、ゴッドマザーはエリザベス・ハーレー」「マドンナとガイ・リッチーの息子、ロッコのゴッドファーザーはスティング」などセレブの場合、セレブ友達に依頼することが多い。

 そしてその子どもが成長し、女優、歌手になってから「えっ! このセレブがゴッドマザー/ゴッドファーザーだったの!?」と世間をアッと驚かすことが時々あるのだ。

 今回は、そんなセレブたちの意外なゴッドマザー&ゴッドファーザーをご紹介しよう。

■マイケル・ジャクソンとニコール・リッチー

 1980年代に一世を風靡していた歌手のマイケル・ジャクソンとライオネル・リッチー。2人は85年に名曲「ウィ・アー・ザ・ワールド」を共同で作詞・作曲したことで知られているが、仕事だけでなくプライベートでも仲が良く、家族ぐるみの付き合いをしていた。

 ライオネルは75年に大学時代の恋人とゴールインした後、自身のバックバンドのメンバーだった男性と衣装担当だった女性との間に生まれたものの育児放棄されてしまったニコールを引き取った。その6年後、ニコールが9歳の時にライオネルは正式な養子縁組手続きをし、我が子同然愛情を注いで育てた。

 小さな頃から仕事をさせられ、複雑な子ども時代を過ごしてきたマイケルは、「大人は、すべての子どもに愛情を注ぐべきだ」という信念を持つライオネルに深く共感したのだろう。喜んでニコールのゴッドファーザーになり、成長を見守り、愛情を注いだ。ライオネルも「マイケルは子どもの頃、子どもと遊ぶことができなかった。だから大人になり、心を許せる子どもとだけ付き合うことにしたのだろう」と理解を示し、「ニコールもマイケルの家に行き、遊ぶのが大好きだったよ」と英タブロイド紙のインタビューで回想している。

 ニコールはパリス・ヒルトンとリアリティ番組に出演したり、パーティーガールとして世間を騒がせていた時期があったが、ゴッドファーザーのマイケルと親しく交流していることは表に出さず、2人の関係を大切に守った。また、薬物依存を克服しようと決心したニコールをマイケルは応援し、つらいリハビリ治療中には心の支えになったとも伝えられている。

 だから2009年にマイケルが急死した時、ニコールは大きな精神的ショックを受けた。彼女は第二子を妊娠中で、生まれてくる長男をマイケルに見せることを楽しみにしており、翌年に控えた結婚式では歌ってほしいと頼んでいたとも報じられていた。

 ジェイク・ギレンホールの父親は数多くのテレビ映画・劇場映画を手がける監督のスティーヴン・ギレンホール、母親はリバー・フェニックス主演の『旅立ちの時』(88)を手がけた脚本家のナオミ・フォナー。姉のマギーも女優という、芸能一家に育った。母親ほど年の離れた大御所女優のジェイミー・リー・カーティスと腕を組んで楽しそうに出かける姿がパパラッチされたことがあるが、実はジェイミーは彼のゴッドマザーなのである。

 ジェイミーはラジオ番組に出演した際、「ナオミとは、とても仲の良い友達なの。私はジェイクが赤ん坊の頃から知ってるのよ」と嬉しそうに語り、「だからね、彼がこの業界で仕事を始めた時に言ったの。『あなたのセレブリティ・ゴッドマザーとして言わせてもらうけど! あなたなら大丈夫!』って。そしたら、もうすごい才能でね!」と大興奮。ニューヨークのリンカーン・センターで上演されたミュージカル『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』でのジェイクの歌声が素晴らしかったと大絶賛し、「その時の動画がネットにあるはずだから、探して聴いてちょうだい!」とリスナーに呼びかけ、親バカならぬ“ゴッドマザー”バカっぷりが話題となった。

 ジェイクとジェイミーは、一緒に仕事もしている。今年4月に開催されたトライベッカ映画祭で、ニュー・ドキュメンタリー監督賞と観客賞を獲得したドキュメンタリー映画『Hondros』は2人の共同作だ(ジェイクは製作総指揮、ジェイミーは共同製作総指揮)。映画祭のレッドカーペットにはもちろん一緒に登場し、仲良しっぷりを見せつけていた。

 なお、ジェイクは『ブロークバック・マウンテン』(2006)で共演したヒース・レジャーと親友になり、ヒースの婚約者、ミシェル・ウィリアムズが産んだ娘マティルダのゴッドファーザーになった。ヒースが08年に急死した時は、悲しみに暮れるミシェルを励ましつつゴッドファーザーとしてマティルダの世話を積極的にこなしたと報道されている。2人の交流はいまも続いているそうだ。

■ドリー・パートンとマイリー・サイラス

 アメリカでは知らない人はいない、カントリーミュージックの超大御所ドリー・パートン。数多くのヒット曲を飛ばしてきた彼女は、音楽界からレジェンドとしてあがめられており、映画に出演したり自分のテーマパーク「ドリーウッド」も運営している。

 一方のマイリー・サイラスは、アイドルからお騒がせセレブを経てポップ歌手として再び人気を集めている。彼女の父親のビリー・レイ・サイラスは、もともとカントリー歌手だった。92年に「Achy Breaky Heart」で大ブレークした後、俳優としても本格的に活動をし、それを見てマイリーが女優業に興味を持つようになったという経緯がある。

 父ビリーとドリーは同じカントリー歌手として交流するようになり、93年にドリーの「Romeo」という曲にフィーチャリングされたことがきっかけで、親睦を深めていった。ビリーはドリーに大きな影響を受けたと公言しており、「娘のお手本的存在としてずっと見守ってくれたら」と92年に生まれたマイリーのゴッドマザーになってほしいと依頼。ドリーは快く受け入れた。

 多忙なドリーだが、マイリーのことは常に気にかけ、マイリーが主演した『シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ』には叔母役としてゲスト出演して「こんな大御所がディズニー・チャンネルの青春ドラマに出るとは!」と世間を驚かせた。マイリーがコーチを務めるオーディション番組『The Voice』に特別出演して、マイリーと一緒にデュエットしたこともあった。

 ドリーはインタビューで「マイリーはゴッドチャイルドというより、妹、姪に近い存在」と語り、マイリーが破廉恥な言動で叩かれていた時も「自分探しをしているだけよ」と擁護。昨年は、マイリーとリアム・ヘムズワースが復縁したことについて「元に戻ったと聞いて、すごくうれしくてね」と語り、話題を集めた。

 マイリーは先日発売された女性誌「コスモポリタン」のインタビューで、「成功しても全然変わることなく、すべての人に愛と敬意を持って接することができるドリーからは、本当に大きな影響を受けている」としんみり発言。これ以上理想的なゴッドマザーとゴッドチャイルドの関係はないとうらやましがられている。

 70年代、映画『スティング』(73)でアカデミー賞を受賞した映画プロデューサーのマイケル&ジュリア・フィリップス夫妻は、マリブの邸宅で「ハリウッドの将来を担うであろう監督、プロデューサー、役者、脚本家が交流するホームパーティー」を毎週末のように開催していた。スティーヴン・スピルバーグは、このパーティーの常連だった。女優のブライス・ダナーと彼女の夫でプロデューサーのブルース・パルトローも参加することが多く、スティーヴンとブルースはユダヤ系という共通点もあり意気投合した。家族ぐるみで親しく付き合うようになり、ブライスが第一子である長女グウィネスを出産した際、スティーヴンは快くゴッドファーザーの大役を引き受けた。

 女優を志願したグウィネスを監督作『フック』(91)に出演させるなど、スピルバーグはゴッドファーザーとして彼女に何かと目をかけた。グウィネスはアカデミー女優へと大出世したが、スティーヴンの前では少女のような素の表情になることが多く、イベントで一緒になると、はにかんだ笑顔を見ることができる。

 またスティーヴンはドリュー・バリモアのゴッドファーザーでもあるが、こちらは、ドリュー自身から「私のゴッドファーザーになってほしい」と頼まれ了承したという珍しいケースである。

 天才子役として幼少期から活躍していたドリューの父親は重度のアル中で、親の役目を果たさないひどい男だった。しっかり者のドリューは、『E.T.』に出演して以来、何かと目をかけてくれるスティーヴンに「自分のゴッドファーザーになってほしいと頼みたい」とマネジャーをしていた母親に相談した。スティーヴンはドリューの願いを受け入れ、正式なゴッドファーザーになった。

 ドリューは11歳でアル中、12歳でヤク中、13歳で手首を切る自殺未遂をし入院、さらに14歳で両親と法的に決別するなど壮絶な10代を送ってきたが、「ゴッドファーザーのスティーヴンに、気軽に相談することはできなかった」と英タブロイド紙のインタビューで告白している。「彼はいつだって両手を広げて私を受け入れてくれるけど、私は自分のひどい状態を見せたくなかった。自分でどうにかするから、ちょっと待っててって感じで」と複雑な気持ちを明かしている。

 さらに、彼女が19歳の時に男性誌「プレイボーイ」でヌードを披露した直後、スティーヴンから「服を着なさい!」というメモが貼られた大きな布が送られてきてびっくりしたと告白。やりたい放題のドリューを叱ることができる唯一の存在だと話題になった。

 ちなみにドリューのゴッドマザーは、往年の大女優ソフィア・ローレンとアンナ・ストラスバーグ。この2人も、ドリュー自身が「ゴッドマザーになってほしい」と頼んだと伝えられている。

■ドリュー・バリモアとコートニー・ラブ娘

 コートニー・ラブは米「TimesOnline」のインタビューで、「ドリューとの最初の出会いはトイレ。トイレでタバコを吸ってた時に会ったの。あたしは19歳で、彼女は8歳だった。それからずっと仲良しなのよ」と明かした。

 同じく重度の薬物依存だったコートニーとドリューは、出会った瞬間から意気投合。かなりの年齢差はあったが、コートニーは天才子役として大人社会で育ってきたドリューと対等に接し、一緒に悪い遊びをしまくった。

 ドリューが前述のように「プレイボーイ」でヌードを披露した頃、彼女はコートニーのバンド「ホール」のギタリスト、エリック・アーランドソンと交際。ハリウッドのトラブルメーカーとして白い目で見られつつ、2人はますます友情を深めていった。

 ドリューは、コートニーが自殺した夫カート・コバーンとの間に産んだ一人娘フランシスのこともかわいがり、ゴッドマザーになった。01年にドリューはトム・グリーンというコメディアンと結婚したが、その挙式でフランシスはバージンロードに花びらをまくフラワーガールを立派に務めている。

 ドリューはフランシスのゴッドマザーだという意識を、今もしっかり持ち続けており、07年に受けた雑誌のインタビューでは「最近、コートニーと会ってないから、フランシスとも交流してなくて。本当に残念。また交流を持ちたいわ」と語り、話題になった。

 ちなみにドリューは14年に第二子を出産した際、16歳からの友人で映画『チャーリーズ・エンジェル』シリーズで共演したキャメロン・ディアスに「ゴッドマザーになってほしい」と依頼。キャメロンは喜んで受け入れ、ドリューが離婚などで大変だった時期には子どもを遊びに連れ出すなど、しっかりゴッドマザーの役目を果たしたと伝えられている。

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