BTS苦闘の練習生時代 非公開練習生Vがデビュー危ぶまれたJIMIN救う

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【中編】BTS苦闘の練習生時代 JUNG KOOK大きすぎるソウルに抱いた不安から続く

Kポップに詳しいライターの桑畑優香さんは、今後のBTSがさらに楽しみだという。

「いつもキーポイントで思いもよらないものを繰り出してくる彼らです。個人の得意分野での新しい活動が始まるのか、ほかの展開もあるのか。どんな活動になるのか、多くの人たちがワクワクしているのではないでしょうか」

ソウル在住の芸能ジャーナリスト、ソ・ビョンギさんは、長い目で見た先に思いをはせた。

「自分たちの思いを率直に歌にしてきた彼らは、たとえそれぞれが兵役に行った後だとしても、そのときどんな歌詞を投げかけてくれるだろうという期待感があります。彼らは、かわいくてカッコいい時期が過ぎても、解散するというグループではないと思います」

そして、「グループ活動休止宣言」の翌日、リーダーのRM(アールエム・27)が出したコメントが印象的だった。

「『Yet To Come』(まだこれから)という新曲のタイトルが示すように、私たちが言いたかったことは、絶対に今が終わりではないという事実です」

BTSが、「防弾少年団」というヒップホップアイドルグループとしてデビューしたのは、’13年6月13日のことだ。試行錯誤の3年後、『I NEED U』で韓国のトップアイドルに躍り出るや、彼らの快進撃が始まった。

世界進出を視野に、防弾少年団の英字表記「BangTan Sonyeondan(バンタン・ソニョンダン)」の略称BTSがグループの呼び名に。’18年にアルバム『LOVE YOURSELF轉’Tear’』が米ビルボード・アルバム・チャートで1位に輝き、初の英語楽曲『Dynamite』もシングルチャート1位に。

翌’21年に発表した『Butter』に至ってはビルボードHOT100初登場から7週連続1位、ユーチューブではMVが24時間で1億820万回という最多再生記録を叩き出した。

今年4月には『Butter』で2度目のグラミー賞にノミネートされ、会場でパフォーマンスを披露。BTSは、まばゆいまでの実績と影響力を世界中に刻んできた。

そんな彼らが「グループ活動休止」を涙ながらに語った今だからこそ原点に返り、7人それぞれのデビューまでの軌跡を追いたい。

■取り残されそうなVの不安と心細さを支えたのが同じ’95年生まれのJIMIN

’13年のデビューまで、非公開練習生として秘密にされていたサブボーカルのV(ヴィ・26・本名=キム・テヒョン)は、1995年、大邱広域市生まれだ。

両親の経済的な理由から、韓国の典型的な農家である祖父母の元で育てられる。外で遊ぶのが大好きな子供だった。

歌手になることを夢見たのは、中学生のころだ。サックスを習い、ダンスクラブにも参加。高校生になると、彼の美貌は地元でも評判になった。ただし空気を読まずに大騒ぎする性格のため、「残念なイケメン」として有名だったという。

大邱でビッグヒットエンターテインメント(現・ハイブ)の公開オーディションが開かれたのは、’11年夏である。親に参加を反対されたVは友人の付き添いで会場を訪れたのだが、その帰り際、審査員に非公開オーディションを勧められる。親にはスタッフが電話で説得してくれた。

韓国のバラエティ番組で、RMが、ソウルに上京したVの第一印象を語っている。

「なんと丸刈りで宿舎にやってきたんですよ。ぺこりと挨拶して部屋を見回してる。人の言うことを聞かなそうだなあ、と(笑)」

パンPdはデビュー戦略として、美しいVの存在を明かさないことに決めた。そのためBTSのデビュー前のプロモーション活動やビデオブログにも、Vだけが入れてもらえない。

取り残されそうなVの不安と心細さを支えたのが、同じ’95年生まれのJIMIN(26・本名=パク・ジミン)だった。リードボーカル、メインダンサーの彼は、’12年5月、最後の練習生として宿舎に入ったのである。

■「これからも一緒に花道だけを歩こう。愛してるよ。僕の友達」

釜山広域市生まれのJIMINは、幼いころから頭脳明晰で理数系に優れていた。中学に入ってからは特にダンスに情熱を燃やし、釜山芸術高校を受験して首席で入学。専攻は現代舞踊だ。 そして高2のとき、釜山で行われたビッグヒットの公開オーディションに合格したのである。

ソウルに引っ越した彼は、Vと同じ韓国芸術高校舞踊科に転校。いつも一緒にバス通学し、社交的なVは、人見知りのJIMINを級友たちに紹介するなど気づかった。2人の仲のよさについて、韓国の音楽やカルチャーに詳しいDJ泡沫(うたかた)さんが教えてくれた。

「やはり韓国の年功序列ゆえの部分があり、同級生であることが大きいかもしれません」

それにしても、JIMINが練習生になったのは、BTSのメンバーが最終決定するわずか半年前である。それぞれのポジションはすでに決まっていて、加入には猛アピールしかなかった。学校で丸一日過ごし、朝3時、4時まで練習。2時間ほど寝たら、1時間歌って、また登校する日々だ。ある公式動画で彼は、「死ぬかもしれないと思った」と話している。

それでも事務所の会議では、毎月のように放出されそうになったという。

状況を変えたのはVだった。スタッフから「JIMINをどう思う?」と問われたVは、いかに自分にとって重要であるかを訴え、「一緒にデビューしたいです」と答えたのだ。

2人の友情を物語るエピソードとして、’17年に公式ファンコミュニティ動画でVが読んだJIMIN宛ての手紙がある。

「……今までいい思い出を残せて本当に幸せだった。そして、ごめんね。いつももらってばかりで。僕がトイレで泣いていると、一緒に泣いてくれて、一緒に夜明けにこっそり出てきて、笑ってくれて、気にしてくれて、考えてくれて、僕のために努力してくれて、理解してくれて、悩みも聞いてくれて、足りないものだらけでカッコ悪い僕をたくさん愛してくれて。これからも一緒に花道だけを歩こう。愛してるよ。僕の友達」

’20年、JIMINは『Friends』というVとのデュエット曲を作詞作曲している。まるで返歌のように。

’13年6月13日、この7人でBTSはデビューを飾った。その後の世界的活躍は周知のとおりだ。

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