ソニー創業者・井深大が49年前に提唱した「ゼロ歳教育のすすめ」

ソニー創業者・井深大が49年前に提唱した「ゼロ歳教育のすすめ」

©文藝春秋

 井深大(いぶか・まさる)氏は、終戦直後の1946年に盛田昭夫氏とともに東京通信工業株式会社(後のソニー)を設立した。

 井深氏は幼児教育に熱心で、1969年に幼児開発協会(現・公益財団法人ソニー教育財団)を設立して理事長に就任。ゼロ歳から4歳までの知能の発達が人間の能力を決める、人間として立派な人を育て上げるのが21世紀への課題だ、と語っている。

 社会学者・古市憲寿氏の解説付き。

出典:「文藝春秋」1969年5月号

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 天才や英才は遺伝であり、血統であると昔から信じられてきた。

 モーツァルトが3歳でピアノの演奏を多くの人の前でやってのけ、6歳の時作曲したソナタは今も名曲として残っている。

 ジョン・スチュワート・ミルは、3歳でラテン語、8歳でギリシャ語の古典を読みこなした。

 宗教思想家であり、科学者としても有名だったパスカルも幼い時から、数学的発見、その他いろいろな面でその天才ぶりがうたわれていた。

 数学者であり、電気磁気学でも有名なガウスは、8歳で等差級数の総和を求める公式を見出している。

 これらの人の、成人してからの業績はいうまでもないが、幼い時から、大人にも見られないような立派な能力を示しているのである。

■オオカミ少女の実例

 たった3歳ぐらいでこんなに偉いのだから、生まれつきの天才に違いない、とたいていの人は簡単にかたづけてしまうが、よく調べてみると、モーツァルトも、ミルも、パスカルも、父親たちが教育に熱心で、いずれも計画的にきびしく冷酷だといわれるような特別訓練をしたことが記録されている。ガウスだけは、父親がレンガ職人で別に教育をしたとは伝えられていない。

 しかし、幼い時から、レンガをだんだん積み重ねて、それを勘定することが、ガウスの数学的考えを養ったと想像することは無理であろうか。

 父母の作り出す良い環境が、その子どもに良い影響を与えたのを、ただ遺伝とか血統ということにおきかえられてきたことが多いのではないだろうか。

 一卵性の双生児が肉体的には多くの相似点を持ちながら、その育った環境が異なるとまったく相反するような性格を持つにいたった例は昔からたくさんある。

 生まれた直後からの環境条件とか教育とかが、その後の人間の育ちにどんな影響を及ぼすか──その悪い場合の極端な例として、有名なアマラとカマラのオオカミ少女の話がある。

 1920年10月、インド・カルカッタの西南110キロの小さな村で、たまたま伝道に来ていたシング牧師夫妻が、人間の化け物が2匹、オオカミの洞穴に出入りしているという噂を耳にした。夫妻が村人達の助けを借りて、その化け物をつかまえてみると、2匹はまさしく人間の女の子であった。

 大きい方は8歳ぐらい、小さい方は1歳半ぐらいと推定され、大きい方はカマラ、小さい方はアマラと名づけて、ミドナプルの孤児院で育てることにした。

 はじめは四つ足で歩き、人が手を出すと歯をむいて飛びかかる。昼間は暗い部屋でウトウトしているか壁に向かいうずくまっているが、夜になると歩き出しオオカミそっくりの遠吠ぼえをする。食べ物は手を使わずペチャペチャ口でなめて食べ、腐った肉や生きているニワトリを好んで食べた。

 夫妻は、オオカミ少女をなんとか人間の子どもに戻したいと大変な努力を続けた。しかし、人間への進歩はさっぱり進まなかった。

 それでも小さい方のアマラの方が言葉の面では早く、2カ月目にはのどが渇いた時に「ブー」といったような片言がいえるようになったが、残念なことにアマラは1年ぐらいで死んでしまった。

 カマラは3年ぐらいたって、やっと両足で立って歩くようになったが、急ぐ時はすぐ四つ足になって走り出すありさまであった。シング夫人の大変な努力にもかかわらず、9年たって17歳で死ぬまでにわずか45語しか使えなかったし、知能は3歳半くらいのものだったという。

 これに似た話は、インドのほかヨーロッパなどにもたくさんある。最近の新聞でも、アフリカのモザンビークのジャングルでの話が伝えられている。

 今から23年前、原住民の若妻が、夫の留守中に死んだ。そして、生まれたばかりの赤ちゃんの姿が消えていた。

 数カ月後、一群のヒヒの中に、お母さんヒヒの乳房に人間の子がしがみついているのが発見され、これを取り戻そうと何年もの間、いろいろな企てがなされたが、いずれもうまくいかなかった。これが頑健に育って獰猛(どうもう)な「ヒヒ男」に成長し、ヒヒのボスにおさまっているのがしばしば見かけられた。

 今から4年前、木の上で眠りこけているところを発見され、とうとう捕えられた。格子小屋に入れられ、根気よく再教育を始められたヒヒ男は、やっと物を食べ出し、人間のように立って歩くようになった。その後、学者たちは、いろいろ調査を続けているという。

■4歳までの発達状態が、その人の能力の高さを決める

 以上は、悪い教育や環境におかれた場合の実例であるが、もし生まれたばかりの赤ちゃんに、できるだけ刺激を与えずに、いつまでもそうっとしておいたら、どんなことになるだろうか。おそらく知能の発育は遅々として進まず、後からでは手遅れになってしまうだろう。赤ちゃんの聞く母親の愛情のこもった話しかけや、子守り唄、つねに聞こえる音楽、あるいは目にうつる家族たちの動きなど、外からの刺激が刻一刻と赤ちゃんの頭脳を形成し、成長させていくのである。

 また、もしわれわれが、3万年前の石器時代に生まれていたと仮定したら、どんなに良い頭脳を親から受け継いでいたとしても、石器時代にふさわしい能力しか発揮できなかったであろう。

 世界で初めて幼稚園をつくったフレーベルは、「人間が生まれてからものを言うまでの成長は、小学生がニュートンのような大学者にまで成長するよりも遥かに大きな成長である」といった。

 シカゴ大学のブルーム教授の1000件以上にわたる詳しい検討の結果によると、人間のいろいろな特性には、それぞれ特有の発達曲線があり、知能についていえば、生後から4歳までで、人間の知能の発達は約半分すんでしまう。4歳から17歳までで、残りの半分が完成される。大切なことは、ゼロ歳から4歳までの進歩のカーブが、残りの4歳から17歳までのカーブを決めてしまうということである。

 したがって、ゼロ歳から4歳までの発達状態が、その人の能力の最終的な高さを決めてしまうのである。4歳から6歳までの間ならば、まだこの曲線の傾きを変えることは可能だが、遅くなればなるだけ、これを変えることは困難になるとのことである。

 人間は一番高等動物なのに、脳はほかの動物よりも大変未熟な状態で生まれてくる。ほかの動物は生まれて数時間たてば、自分で歩いて母親の乳房を探し出すのが普通である。

 猿は生まれて1週間もたつと、大人の猿と同じような行動をする。もし、人間に同じことが要求されるとしたら、もう1年母親のお腹の中にいなければならない。そのかわり、人間と猿との知能の違いは今日ほど大きなものになっていなかったであろう。いいかえれば、人間は生まれて1カ年の間に、大変な教育あるいは外からの刺激をうけることによって脳の発育を促されるのである。

■脳細胞だけは生まれたときのまま

 人間の脳は約140億の細胞からできあがっていて、この細胞は一生ふえも減りもしない。ほかの部分の細胞は、ある時間たてば全部入れ代わるが、脳細胞だけは生まれたときのままである。しかし、脳の重さは生まれて6カ月で倍になり、2歳で大人の60パーセントになる。

 これは、各脳細胞から枝状の突起が出てきて、成長し、たがいにからみあう現象が始まるからである。これは、だいたい8、9歳で大人の95パーセント完了してしまう。

 コンピュータでいえば、140億個のトランジスタどうしの基本的な配線がなされ、回路ができあがっていくのである。

 この配線は、どの人間も同じような配線ではなく、生まれたときから、どういう刺激を受けるかによって、各人全部違った配線になるのだと想像されている。

 赤ちゃんの脳細胞からの突起は、毎日毎日のびてからみあっていく。一刻の休みもなくこの営みが小さな赤ちゃんの頭の中で行なわれている。しかも、その発育がその人の将来を決定してしまうのだとしたら大変なことである。生まれたての赤ちゃんからの問題を、われわれは真剣に考えなければならないのはこの点にある。

 では、生まれたての赤ちゃんに、われわれはいったい何をしてやれるであろうか。

 私は、日本が子どもの早期教育については、世界でも一番たくさんの立派な実例を持っている国であることをお伝えしたい。

 一昨年の夏、米国から61人の小・中・高校・大学の先生達が来日し、松本市の鈴木鎮一先生のところで約3週間、バイオリンを主とした幼児の早期教育を学んで帰った。

 何でも外国の方が進んでいると思っている日本人には、ちょっと考えられないことである。

 鈴木先生は米国の2つの大学から名誉博士号を与えられ、毎年数回、米国に招かれて指導をしておられる。

 米国では鈴木メソードは、すでに音楽教育の問題ではなく一般教育の基本問題として各州で競って研究実験が始められ、鈴木教室からは常に数名の先生が派遣されている。

 米国の教育関係の大学の先生方は、相当数、松本もうでをしているのにもかかわらず、日本ではそれほど話題にもならないのは不思議なことである。

■「どの子も育つ、育て方ひとつ」

 鈴木教室の「鈴木チルドレン」と呼ばれる主として10歳以下の豆演奏家達は、今年で4年、毎年1カ月ぐらい全米各都市を演奏旅行し、どこでも多くの人たちを感激させている。このチームの活動が鈴木メソードを全米に認識させる大きな原動力になったのである。

 日本でも毎年3月末、武道館に2000名もの小は3歳からの豆バイオリニストが一堂に会して、ビバルディだのバッハの曲を一糸乱れず大合奏する。当たり前の人間なら涙を流さないではいられないであろう。

 鈴木先生は、才能教育の本質について、

「この難しい日本語をしゃべれる能力というものは大変なものだ。にもかかわらず、日本中の子どもがみんな立派に日本語をしゃべっている。この能力は決して生まれつきのものでなく、生まれた瞬間から、そういう環境条件がそなわったところで教育が始まるからできるのである。どの子どもでも、日本語がしゃべれる能力のある子ならば、どんなことでも教え方で高い能力をそなえる可能性を持って生まれてきているのだ。そうだ、どんな子でも日本語をしゃべり、バイオリンをひけるように、何でもやれるはずだ。問題は導き方だけだ」

 という信念をもたれるようになった。その思想を、鈴木先生は一口に「どの子も育つ、育て方ひとつ」と表現されている。

 鈴木先生の子どもへの指導ぶりを見ていると、誰でもひきこまれて楽しくなってしまう。

 子どもに、心から興味を持たずにはいられないような雰囲気をつくり出し、決してモーツァルトのお父さんのような強制的なところはない。初めからバイオリンを与えることはせず、最初の曲をさんざんレコードで聞かせて頭に入れてしまう。

 次に、たくさんの子どもたちがバイオリンを楽しそうにひいているところに何度も連れて行き、どうしてもバイオリンを自分からやりたい気を起こさせる。

 もう一つは、どんなに先へ進んでも必ず最初の曲まで、常に後もどりをしてくりかえさせることも大きな特徴である。

 鈴木先生にいわせると、譜面は参考のためにあるので、譜面を読みながらひくのではなく、曲は全部頭へたたきこむのが最初の仕事であるといっておられる。

 これらはよく、天才教育とか英才教育であって、タレントをつくる目的のために行なわれるのだというように誤って伝えられ、また、中にはそんなつもりの親たちもないではないが、本旨は、どの子も持っているいろんな能力を可能性いっぱいに引き上げようとする一般教育に対する考え方なのである。

 にもかかわらず、バイオリンには、ほかの手段では得がたいようなメリットがあることにもちょっと触れておきたい。

■「生まれて5カ月目の赤ちゃんにビバルディの協奏曲がわかる」

 昨年、鈴木先生の才能教育幼児学園で卒業生全員の知能テストをしたら、IQが最高186、最低94、平均146という驚くべき結果を示した。

 これは、特別いい子を選んで入園させたのでは決してない。

 もう一つ驚くべきことは、ベルリン放送交響楽団をはじめとするチェコスロバキア、オクラホマ、ケベック、バンベルグなど、世界各地の有名オーケストラのコンサートマスターが、いずれも30代の日本人で、それも全部、鈴木先生の息のかかっている人たちであることである。中でも有名なのは、先月一時帰国して、その訴えるような崇高な演奏で感動させた豊田耕児さんである。彼は3歳以前から鈴木先生が、心身ともに手塩にかけて育てた傑作第一号である。

 耕児さんは、日本では木曾の中学校を卒業しただけで、フランス留学生試験にパス、パリ音楽院をたった半年で卒業し、以後ヨーロッパで多くの国際音楽コンクールに入賞し、7年前わずか29歳でベルリン放送交響楽団の主席コンサートマスターに全員一致で選ばれた。今日もこれを続け、同時に独奏者としても大変貴重な存在となっている。

 コンサートマスターという仕事は、単にバイオリンの演奏が巧みでありさえすればよいというものではない。指揮者とオーケストラの全楽員の間に入って調整しまとめていく力と人柄がなければならない。

 楽団員といえば、きびしくやかましい芸術家のグループ、しかも多分、名人かたぎの老人も多いことであろうが、その中で、なんで異国の日本人がこんなむずかしい役に選ばれているのだろうか。これは、鈴木メソードが技術だけでなく、人間形成にも大変に役立っている証拠であるような気がする。

 その他、私は鈴木先生の教育を受けた若い人たちで、今はまったくバイオリンから離れた人たちをたくさん知っているが、不思議なことに好感の持てる、人柄の良い、しかも、できる人がたいへん多い。鈴木教室の母親の意見によると、たいていがり勉によらず、楽々と上の、いわゆる“いい学校”に入り、卒業している人たちが多く、共通していえることは、秀才づらをしていないということである。

 これは、ひょっとするとたいへんなことが潜(ひそ)んでいるのではないだろうか。

 どうもこれは、バイオリンの弦をおさえ、弓を使い、正しい音程のきれいな音を出すというたいへん複雑な、高度な訓練が、3歳、4歳という早い時期に脳をうまく刺激して良い発達を促すからではないだろうか。

 そうして発達した知能と、練習を通じて身についた集中力とが、学校に進んでからも家庭学習を不要にし、遊ぶ余裕を与え、それが統率力にまでつながっているのではないだろうか。

 次に、これも、鈴木先生の17年前の実験の話である。「生まれて5カ月目(5年ではない)の赤ちゃんにビバルディの協奏曲がわかる」とあるお母さんにいわれて、先生はこんな実験を始められた。

 ほかの曲をひきながら、ごく自然にビバルディの協奏曲に移っていく。移るやいなや、その赤ちゃんの表情はさっと変わり、ニッコリお母さんの方をふりかえって、安心したような顔をする。何回やっても同じような結果が得られたそうである。

 この赤ちゃん、木内裕美ちゃんの6歳になるお姉さんは、鈴木先生のお弟子さんで、そのころ、このビバルディの協奏曲を毎日毎日ひき続け、毎日レコードをきいていた。したがって裕美ちゃんは生まれた瞬間から、この曲をきかされていたわけである。

 10年たって、この裕美ちゃんから、先生のところへ一つの楽譜が送られてきた。それは、全国小中学校作詞作曲コンクールに1位で入選した彼女の傑作だったそうである。

 もう一つ、最近私がある記者から聞いた話。その人は結婚祝いに友達からシューベルトの「美しき水車小屋の娘」のレコードをもらった。やがて赤ちゃんが生まれたが、持っていたのはそのレコード1枚だけ。その赤ちゃんは、そのレコードだけをきいて育った。数カ月後、その赤ちゃんは、どんなにむずかっていても、その「水車小屋の娘」さえかけてやれば、おとなしく寝つくようになったそうである。

 こういう例は、読者のまわりにも、いくらでもあることだろう。

 われわれは、1歳にもならない赤ちゃんがビバルディがわかり、シューベルトを知っているという現実に驚かずにはいられない。

■2歳児と5歳児の差とは

 ソニー厚木工場の幼児園でも、いま一つの実験を試みている。

 米軍座間キャンプの将校夫人6名に来てもらい、最初は2歳児十数名のグループを相手に、日本語をぜんぜんしゃべらずに、どういうことが起きるかという実験を始めた。

 大人たちは、日米ともにみんな、たいへんな意気ごみで準備に相当の時間をかけて、この実験を見守った。

 夫人たちは幼児教育に経験のある熟練した人たちばかりが選ばれてきたせいもあろうが、子どもたちがけげんな顔をしていたのは最初の10分間だけで、その後はずっと何のこだわりもなく、英語しか使わない授業をまったく自然に楽しんでいるようで、はりきって何が起こるかを期待していた大人たちは、かえって、がっかりしてしまった次第である。

 まだ総計で十数時間しか経過していないが「スイッ・ダウン」(Sit down)「スタン・アップ」(Stand up)など、きいてドキンとするようなきれいな発音が幼児の口から出てくる。

 最近の母親たちのたっての希望で、5歳児の教室でもこの実験を始めた。2歳児の「スイッ・ダウン」「スタン・アップ」に対して、5歳児の方は「シット・ダウン」「スタンド・アップ」「グッドォ・モーニング」と、いわゆる典型的な日本人的発音の悪さを、すでにそなえているようである。しかし、これは直されると、どんどん良くなっていく。

 2歳児の方は、実際のもの、たとえばグリーンが緑であることにはなかなか結びつかないようであるが、5歳児の方は一度に理解してしまう。2歳児も5歳児もしゃべる能力よりは、きいてことがらを理解することの方がはるかに先行しているようである。

 この実験は、当分続行するつもりである。考えてみると、2歳ぐらいの子どもには、英語であろうが日本語であろうが大した差はないようで、言葉よりは、動作とか態度でだいたいのことは判断し、言葉は一種のかけ声のように感じているのではないだろうか。

 それに対して、5歳児の方は英語の時間を大歓迎はするものの、すでに日本語という自分の城が立派に築かれ、そこに侵入してくる英語は異分子として受けとられるような体制がすでに出来上っているのである。

 英仏両国語が慣用語になっているカナダでの多くの実験によれば、9歳までに覚えてしまえば、両国語が入っても何の差し支えもないが、それを過ぎると、最初に入ったものだけがマザータング(母国語)になり、後からの方は、いくらじょうずにしゃべれても真のマザータングにはなりえないといわれている。

■教育といわぬ教育を

 日本のいまの教育は、すべてわざわざむずかしくなるまで待っていて、むずかしくなってから、無理に押し込もうとしているような気がする。こういう例は、語学だけでなく、言葉、漢字その他方々から、いろいろな実証が出てきている。

 考えてみると、大人たちは今まで勝手に自分たちで、母国語はやさしく、外国語はむずかしいと頭から決めてしまっていた。同様に、子どもは童謡で、英語は中学校で、高等数学は高校にならなければ無理なのだという先入観に大人たちがとらわれてきたとすれば、赤ちゃんの本来もっている「どんなにでも高く伸び得る可能性の芽」をつみとってきたということで、長い間大変な罪悪を犯してきたことになる。

 大人が“むずかしい”として与えなかったことがらも、もっていきかた、方法によっては子どもにはなんでもないことがあることを、もう一度考え直してみる必要があるだろう。

 私は、お母さんがたに、あなたの赤ちゃんに対してもっと心理学者になれ、とお願いしたい。母親は四六時中赤ちゃんについており、外から赤ちゃんに与えられる刺激の反応を、だれよりも敏感に感じ確かめられる立場にある。何を赤ちゃんが喜んで受け入れようとし、何を嫌い、排除しようと訴えているかというようなこまかいことは、母親でなければ決してわからないことであろう。

 すべての母親が、自分の子どもをよく見てよい刺激を与えることによって、子どもはどんどん伸びるであろう。知能の発達は連鎖反応で知能の発達を促すことになるのである。

 無理に押しつけることは、もっとも避けなければならないことである。幼児のバイオリンの学習は最初は5分間ぐらいからといわれている。厚木の2歳児の実験も、次から次へと遊戯の種類を変化させて興味をつなぐということに大きな重点があるが、先生がたの訓練のみがこれを解決している。興味を失ったものを強制していくことぐらい、子どもにマイナスの作用をするものはない。

 それから、われわれは「教育」ということばについて、もう一度認識を改める必要がある。子どもが日本語をしゃべるようになるのに、親がそれを教育によるものと思うだろうか。“教育”といわずに行なわれる教育が最善の教育といえるだろう。

 教育は、母親のことばや、動作、心のもちかたなど、あらゆる刺激が子どもに鋭敏に伝わって、その子を形成していくことに始まるのである。ところが、さて教育ということになると、学校の先生はみんな知識の積み重ねに狂奔(きょうほん)して大きな間違いを起こし、人間にとって大事な“考える能力を育てる”ということを忘れてしまう。今日の入学試験が知識の暗記を要求しているので、先生としてはしかたがないことではあるが。

 しかしつねに考えておかなければならないことは、“高い知能の人”を目ざすのでなく、“いい人がらの人”をもっと高く評価していただきたいということである。

■21世紀のために

 私は幼児、特にゼロ歳からの教育の重大さを日一日と痛感するようになった。

 私がこの話をすると、大部分のかたは心から賛成してくださる。しかし、感心されただけでは何も進行しないので、「幼児開発協会」という会を結成することにした。

 鈴木先生の今日まで積み重ねてこられた業績を基盤とし、音楽だけでなく、できるだけ広い範囲から“ゼロ歳からの教育”を改めていこうというのである。

 しかし、ほとんどの分野が未開拓分野である。児童心理学でも、教育学でも、大脳生理学でも解明されていないことばかりである。

 これを解決していく主体は学者ではなく、お母さんがただと私は信じている。いろいろな、たいへんな実験も実証も、お母さんがたによってはじめて可能になる。

 協会は、その実験の方向を打ち出し、各方面の実験・研究を自分でもするし、各方面の援助・指示もしていきたいと考えている。

 ゼロ歳からの教育は、決してやさしいものではないだろう。

 しかし、これから育てる赤ちゃん、これから生まれる赤ちゃんは、21世紀をせおっていく人たちである。その人たちが「人間として立派な人間」になるために、私たち大人は、あらゆる努力を惜しんではならないと考えるのである。このことこそ、大きくいえば良い世界を生む大きな力になるだろう。

 現状の大学問題をいくらひねってみても、決して日本はそんなに良くならないだろう。

(注)本文には、鈴木鎮一先生の「愛に生きる」、雑誌「才能教育」、時実先生の「脳と人間」、「リーダーズ・ダイジェスト」1969年2月号などから多く引用した。

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■《解説》教育の投資効果は「早ければ早いほどいい」

社会学者・古市憲寿

 人間にとって重要なのは「遺伝」か「環境」か。昔から繰り返されてきた議論だ。

 だが結論は極めてシンプルである。答えは「どっちも大事」。

 橘玲さんのベストセラー『言ってはいけない』で紹介されているように、知能や病気に遺伝が大きく関わっていることは間違いない。

 しかし環境が全く無意味かというと、そんなわけでもない。

 井深さんが端的に指摘するように「われわれが、3万年前の石器時代に生まれていたと仮定したら、どんなに良い頭脳を親から受け継いでいたとしても、石器時代にふさわしい能力しか発揮できな」いからだ。

『サピエンス全史』によれば、ホモ・サピエンスは約7万年前には現在と変わりのない知能を獲得していたとされる。つまり7万年前の人類に比べて、僕たちが特段賢いわけではないのだ。それにもかかわらず、7万年前と比べて、現在の世界ははるかに繁栄している。

 それは、人類が継承をする種族だから。道路や建物という具体的なインフラに加えて、知という人類の共有財産を継承することで、ホモ・サピエンスは発展してきた。

 知を継承する代表手段こそ、教育に他ならない。

 では、どんな教育をすることが、人類にとってプラスになるのか。

「遺伝」か「環境」かと同じくらい、教育は百家争鳴になりやすい議論だ。しかし、これにもほぼ答えが出ていることがある。それは「早ければ早いほどいい」というもの。

 経済学者クルーグマンの研究で有名になったが、教育の投資効果は、子どもが小さい頃のほうが高い。なぜならば自制心やコミュニケーション能力といった非認知能力は、子どもが小さい時に最も身につきやすいからだ。クルーグマンは、5歳までの環境が人生を決めると述べている。

 ようやく最近では、就学前教育の重要性が日本でも認識されるようになった。3歳からの教育無償化、ひいては3歳からの義務教育も実現しそうだ。

 しかし井深さんは、なんと1969年の時点で「ゼロ歳教育」の重要性を説いていた。今から約半世紀も前のことである。教育の主体を主に「お母さん」と考えている点は時代だと思うが、「ゼロ歳からの教育の重大さ」を訴えるくだりは、今読んでも古臭さを感じない。

 僕も『 保育園義務教育化 』という本を出版している。タイトル候補には「ゼロ歳からの義務教育」があった。国が就学前の子どもに対しても、きちんと責任を持って、保育園や幼稚園を整備すべきという趣旨だ(別に全員が毎日通園しろという意味ではない)。

 井深さんが生きていたら、「ゼロ歳教育」をいっそ「義務教育」にしてみるのはどうですか、と聞いてみたかった。

(井深 大)

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