「天ぷらを冷ます男は許せない」―直木賞作家3人が語る“食のこと”

「天ぷらを冷ます男は許せない」―直木賞作家3人が語る“食のこと”

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「肉の会」を開催し、本場の肉を食べるべく韓国まで遠征もするという直木賞作家のお三方、江國香織さん、井上荒野さん、角田光代さん。作品の中でも数多くの“食”を描いてきた3人が、“母の味”や“食から見える人間関係”、“最後の晩餐”など食の魅力を語りつくす。
(出典:文藝春秋2015年4月号)

■「肉の会」を開催する3人の女流作家

井上 月に1回、私たちが「肉の会」を開催しているというのを、編集部がどこからか聞きつけたようで、お声がかかった次第です。

角田 毎月、お店を変えておいしい肉を食べているだけなので、話せるようなことは何もないかも。仕事の話もまったくしませんね。

井上 そもそもは、江國さんから「美味しいすき焼き屋さんがあるよ」と聞いて、何人かで行ってみたのが始まり。もう7、8年前になるかな。だから、最初にすき焼き屋さんを見つけた江國さんのお手柄です。

江國 お手柄? そうかな(笑)。

井上 角田さんは何回目から参加していましたっけ。

角田 私は5回目からです。御茶ノ水の「焼肉ランド マルタケ」。美味しくて、衝撃的でした。お肉を運んでくる店員さんの指がプクプクしていて、その指からして美味しそうでした(笑)。

江國 去年、「肉の会」100回記念を祝って、ついに韓国まで遠征しましたね。こうまで焼肉を食べてきたら、本場、韓国に行かねばなるまいということで(笑)。

角田 サムギョプサルを食べるために1泊だけ。

江國 しかも、現地集合。大雪の日で、飛行機も遅れたり飛ばなかったりしていたのに、全員ちゃんと時間通りに来ました(笑)。

■初めての食事は「美しい友情」のはじまり

江國 食べ物の記憶って残りますよね。私、初めて会った時に食べていたものを、何故かよく覚えているんです。

 角田さんと出会ったのは鯨料理のお店。大人数だったので、別々のテーブルに座っていたのですが、角田さんに話しかけたくて挨拶に行ったんです。そうしたら角田さんから、唐突に「江國さんが一番好きな食べ物は何ですか?」って聞かれて。挨拶で一番好きな食べ物を聞く人も珍しいなと思ったんですが、正直に「果物」と答えたら、「えーっ。全然ダメ」って言われちゃった(笑)。

角田 たぶん、酔っていたんです。

江國 「じゃあ角田さんは?」って言ったら、「豚肉」。その時に、「負けた」と思いました。何に負けたのか分からないけれど(笑)。

井上 それ、私も角田さんに初めて会った時に聞かれた(笑)。私は「羊」って答えました。そうしたら、角田さんは「それなら良し」という顔をして、「私は豚です」って。

江國 羊と豚なら良い勝負だね。そうか、あの質問は試金石だったのか。

角田 その後、江國さんがいかに果物を必要としているかよく分かってきました。果物しか食べないコウモリがいるのをご存知ですか。そのコウモリのことを知ったとき、江國さんみたいでカッコいいなあと思いました。

江國 荒野さんに初めて会った時は、鶏そば。2人でフェミナ賞を受賞したとき、グラビア撮影で会ってはじめてきちんと話をしました。

井上 私も覚えてる。六本木のスタジオでね。

江國 お互い担当編集者もまだついていなくて、ポツンと1人で控え室にいたから、ちょっと心細かった。そうしたら、いきなり荒野さんが私の控え室にやってきて、「ねえ、私たち、お友達だよね?」って言ったの。

角田 可愛いですね。

江國 それで私が「うん」って答えたら、「今ね、カメラマンさんに、江國さんとはお友達なの?」って聞かれて、「うん」って言っちゃったから心配になったと(笑)。

角田 荒野さんらしいです。

江國 それで撮影後に、荒野さんが鶏そばの美味しい店があるって連れて行ってくれた。それが六本木通りにあった「香妃園」でした。

井上 そうでしたね。

江國 美しい友情の始まり。美しい、は自称ですが(笑)。

角田 荒野さんは初対面の人に会うときに「お正月にはどんなお雑煮を食べるの?」と聞くと、エッセイ集『荒野の胃袋』に書いてますね。

井上 そう。それこそ試金石です(笑)。「普通です」と言われると、ものすごくガッカリする。

江國 お雑煮に普通はないよね。

■我が家の食卓―“母の味”は作れない

井上 私の実家は、ヘンな家でね。父は始終、外に恋人を作っていたし、母はそれを咎めず、私と妹は、本人たちがそれでいいならまあいいんだろうと思っていたし。だからお正月は「それでも私たち家族だよね」と確認するための、儀式だったのかもしれませんね。

江國 どんなお雑煮を食べていたの?

井上 うちは両親が九州だったから、初日は母方のルーツ、博多流のブリの入ったお雑煮。これがすごく好きだった。2日目は父が育った佐世保のお雑煮で「なう炊き」といわれるもの。白菜と餅をあご出汁の中で直に煮るんです。だから、全部くたくたになってすごく美味しい。

角田 どちらも美味しそう。江國さんも確か何種類か作るんですよね。

江國 もともと実家で2種類作っていたんです。1日目はしいたけ、昆布、おかかで取ったおすましに、東京の鶏と小松菜と三つ葉とかまぼこが入っているもの。出汁が濁らないように、お餅は焼いてお椀に入れます。2日目は、出汁は一緒で里芋を入れて、白味噌仕立て。溶き芥子を入れて食べる。餅はとろとろにする。

 ある時、初日に具材として使った鶏の酒蒸しの汁がもったいないなと思って、鶏出汁のお雑煮も作るようになりました。それが3日目のお雑煮。角田さんは?

角田 我が家は関東風で、昆布とおかかの出汁で、鶏肉と蒲鉾とほうれん草とシイタケを入れて作っています。餅は角餅で、焼いて入れます。夫は新潟出身なんですが、どうやら同じお雑煮のようです。

 私は自分ではお節料理は作らない。だから、親が亡くなったときに初めて、もうお節が二度と食べられないんだと気づいて寂しくなりました。

井上 同じように作っても、親の作ったものと同じ味にはならない。親が作ったものが食べられなくなる日は絶対に来るんですよね。どこかが最後だったんだけれど、食べているときはそれに気づかない。それはちょっと切ないことだと思います。

江國 分かります。私は蕗が好きで、母の作る蕗の煮付けが大好きだったんだけど、自分でどう作っても違う味になってしまう。また食べたいのに。

井上 ひじきを煮ただけでも、母が作ったものと私が作ったものでは微妙に味が違う。

 我が家は、家族揃って食べるときは、昼でも、ゆうに1時間から1時間半近くかけて食べていたし、夜は2時間、3時間かけていました。母は料理が本当に上手で、作る物は何でも美味しかった。特に好きだったのは皮から作る餃子や、『暮しの手帖』に出ていたフランスうどん。フランスうどんは小麦粉に卵を溶いてこね、うどん状にしたものをバターで炒めた素朴な味なのですが、私はこれが大好きでした。

■食事と結婚―“天ぷら離婚”した友人

角田 お酒も早いうちから飲んでいたとか。

井上 わが家では、お酒を父に奨励されていたから。中学の頃から、お昼にワインを出されて、飲めないからちょっとだけ舐めると、「見どころがあるぞ」って父が喜ぶの。

江國 私の父(随筆家・江國滋)もそうでした。ちょっと練習してみよう、とか言われてね。私も荒野さんと育った環境が似ていて、ご飯はとても大事だった。そういう家庭で育つと、結婚して、旦那さんと食事にかける熱意の温度差があって大変じゃない?

井上 私、すごく困りました。彼はお酒が飲めなくて、結婚する前に私はお酒を飲めない人とは一緒に暮らせないって言っていたんです。だけど、彼が飲めるようになるって約束してくれた。結局、飲めるようにならなかったんだけど(笑)。

 だから結婚して当初、私がビールを飲んで、日本酒を飲み始めた頃に彼が「ごちそうさま」って言うのが許せなかった(笑)。もう慣れましたけれど。

江國 私の友達でね、天ぷらで離婚した子がいるの。彼女は食べることが好きで、家で天ぷらをする時には、揚げたてのものを順番で出したいと思っていた。一方、彼は忙しないのが嫌で、全部一度に揚げてごはんやお味噌汁と一緒に食卓に並べて出して欲しいと。結局そういう考えの違いに耐えられなくなってしまった。

角田 私も、揚げたてでないとだめだと思う。だから、何時に揚げるか逆算して、夫には帰宅7分前とか、10分前とか、揚げ物によって、このくらい前には電話をしてって言っておく。私は電話をもらってから、揚げ作業に入るんです。

 なのに「5分で帰る」と言った後、15分経っても、20分経っても帰ってこないと発狂しそうになる(笑)。私も悲しいし、萎びていく天ぷらが可哀想になってきます。世の中には天ぷら泣かせの人種がいるんです。

井上 こちらは熱々のものを食べてもらいたいと思って、手順も考えて出すのだけど、呼んでいる時になかなか来なかったり、出来たばかりの温かい炒め物があるのにサラダから食べたりされたら……。結婚したばかりの頃は泣いていました(笑)。

江國 私も食べる順番について、彼に何度か怒ってしまったことがあったから、最近「どれから食べればいいの?」って聞かれてしまう。何回も聞かれると、こちらも可哀想になって「好きなものから食べていいんですよ」って言うんですが。

井上 直してくれようとしているのは嬉しいけど、ちょっとズレていたりする。

江國 揚げ物の場合は、家で揚げ物を揚げないお家もあるじゃない?

 結婚して初めてカレーを作った時、彼が「あれ、カツは?」って聞いたの。彼の家では、カレーの上に買ってきたカツを載せていたから、彼の中でカレーとカツはセットだったみたい。私の家にはカツをカレーに載せる習慣がなかったし、揚げ物を買ってくるなんてあり得ない発想だったから、「なんでカツ?」って思って。そんなところに家庭環境の違いが出るんだって驚かされた。

井上 それちょっと面白いね。

■料理で「人間関係」を描く―“七味”で夫婦関係が分かる

江國 荒野さんの作品には、美味しそうな料理のシーンが多いけど、『悪い恋人』では、敢えて不味そうに書いていたのが印象的でした。

井上 あの主人公は、料理に興味のない主婦なの。中学時代の同級生と流されるように肉体関係を持ってしまうような女性でね、そういう人の食卓ってどういうものかと想像しながら書くのは楽しかったです。

角田 家族で食卓を囲んでいるのに、主人公が出した韓国風サラダに、誰も箸をつけず、冷房で干からびてしまう。またある時には、オムライスを作ろうとするけれど、チキンライスを焦がしてしまい、オムレツを作る意欲を失くして、ベチャッとしたチキンライスだけを食卓に出す。

 生きることがどうでもよくなっている主人公の性格が、作る料理に滲み出ていて、彼女のその後の行動を予感させる書き方だと思いました。

井上 登場人物を描くとき、料理が得意か不得手か、食べ物なら何が好きか嫌いかを考えていくと、自分にとって、その人がどんな人なのか掴みやすいんです。今回の主人公は、食に関していえば絶対一緒に暮らしたくないタイプ(笑)。

江國 自分と違うだけに、どこか深遠に思える。じゃあこの人は何が嬉しいのだろう、何を食べているのだろうと気になって考えるので、そういう人を小説に書く時は、ちょっと面白い。角田さんはどう?

角田 私は作家になったばかりの頃は、あまり食べ物のことは書きませんでした。書くようになったのは、自分で料理をするようになってから。

 書いてみて分かったのは、直接的な言葉を使わなくても、食べ物を書くことによって、人間の関係性が描けるということ。小説の中の男女が行くお店一つとっても、ビール一杯350円の居酒屋に行くのと、800円のレストランに行くのとは違う。ざる豆腐がある店か、鉄板焼きを出す店かでも、2人の関係の進展具合や、その日の話の内容が推測できるように描ける。

井上 確かに。どういう店に行くかに、相手との関係が投影されます。

 江國さんが最近書いた『ヤモリ、カエル、シジミチョウ』も、浮気している夫が帰ってきて妻が作ったうどんを食べている場面がありますね。

江國 いくら夫婦関係がぎくしゃくしていても、あの妻は夫が帰ってくれば、夕食は作ってあげる人なの。妻はうどんを茹でながらも、心の中では、夫が浮気を止めてくれないことにずっと苛々している。ようやく夫にその話を切り出すのだけれど、夫は出来上がったうどんを前に、「七味あるかな」って言う。

井上 妻が深刻な話をしていても、うどんを出されたら、七味を入れたいって思う夫のおかしさ。妻もそう言われたら、七味は出してしまいますよね。

江國 愛人と別れないと七味をあげないってわけにはいかないからね(笑)。家族になると、嫌なことがあっても食べさせないわけにはいかない。食卓って、シビアな場所です。

井上 ただの喧嘩の場合には「自分で取ってきなさいよ」とか、「七味とか言っている場合じゃないでしょ」となる。こういう会話があるうちは、まだ夫婦の関係は良好だと思うんです。黙って七味を取りに行くと、2人の関係は深刻だと感じますよね。

角田 黙って出されると、2人の関係に終焉感がある(笑)。

井上 角田さんは、書く時に登場人物の好きな食べ物は何か、考えますか?

角田 登場人物が「何が好きか」より、「何を好きぶっているか」を考えます。

井上 好きぶっている、ね(笑)。登場人物が対外的に自分をどう見せたがっているか。そのアイテムの1つとして、料理は使えるよね。

■食べ物は人を映す―ホームパーティに過剰な情熱をかける人は怖い

江國 書く時には、登場人物が1人でいる時に何を食べているかも、すごく大切だと思うんです。

 恋人と素敵なレストランに行くとか、友達と美味しいケーキを食べるとかじゃなく、家で1人の時に、自分だけのために何を食べるか。そういうところに、その人の何かが現れると思うんです。

井上 それは重要。その人の経済状態も出るし、心理状態も出るし、気持ちの余裕も出るよね。

角田 江國さんの『薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木』の中で、夜に1人で焼売をつまみに赤ワインを飲む40前の女性がでてきますね。

 焼売に赤ワインが合うという発見をして、ひとりの夜をたのしめる彼女は、悪い孤独ではなく、堂々と孤独だなあと思います。

井上 焼売と赤ワインって意外な組み合わせ。美味しいのかな(笑)。実際に試してみた?

江國 試してないと思う(笑)。

 彼女は、若い頃には雑誌に出ている美味しいケーキ屋に目がなかったのだけど、飽きてしまって、中年になって好んで食べるのが、コンビニエンスストアのショートケーキ。2個入りを買って1人でぺろりと両方食べてしまう。

井上 動物性ではなくて、安い、植物性のマーガリンの味がするショートケーキ。それもポイントだね。

角田 同じ小説に、ホームパーティが好きな、れいこという女性も出てくるのですが、彼女もある意味で孤独だと思います。

 彼女はホームパーティの時に、コースを細かく組み立てて作るでしょ。最初にビールと熱いふろふき大根、それからカマンベールやグリュイエール、ブルーチーズを入れて揚げた3種のチーズ餃子、それから刺身を入れたサラダ、常夜鍋とうどん。頑張りすぎて、女友だちには冷ややかな目で見られてしまう。

井上 よく覚えているね。

角田 人を招いたときに、実際にそのぜんぶを真似して作ってみたから覚えています。

江國 すごい(笑)。ホームパーティをやることは、とても素敵だけれど、パーティをすることで自分に仲間がいるとか、自分は料理が得意だとアピールせずにいられないとすると淋しい。

井上 確かに、ホームパーティの時に過剰に情熱をかける人は怖い(笑)。自分に課せられた使命のように、パーティを完璧にしようとする人を描く時は、私も何か問題がある人として書くと思います。

江國 ホームパーティの時でも、1人でこっそりカップ麺食べている時でも、食べている間、人は無防備だから、登場人物の心理や本質を一歩踏み込んで伝えられる。食べる物には人が見えるね。

角田 『空中庭園』では、ヒステリックなまでに手料理にこだわる母親を書きました。彼女は子供たちをつき合わせて、焼売を作るのですが、それは母親が「自分は母親としての役割をきちんと果たせている」とか、「我が家は上手く行っている」と思い込みたいことの表れでもあるんです。その微妙な感情を、料理を描くことによって表現できる。必ずしもそれが読み手に伝わらなくても良いのですが、そう思って書きました。

江國 家族で食卓を囲む場面を描く時は、作り手の性格が一番反映されるね。

■「サラダ」より「サラド」―字面で映える料理の魅力

角田 これまで読んできた本の中で、読むと思わず「お腹がすく本」は何ですか。

江國 沢山あります。

 例えば『放浪記』。〈バナナに鰻、豚カツに蜜柑、思いきりこんなものが食べてみたいなア〉とか、〈熱い御飯の上に、昨日の秋刀魚を伏兵線にして、ムシャリと頬ばると、生きていることもまんざらではない〉と書かれているのを見ると、素朴な食材なのに、すごくそそられます。

井上 「ムシャリと」が良い。主人公が貧しいから、食べ物が美味しそうに書かれているね。

江國 あとは森茉莉の『記憶の繪』。彼女の卵への愛には驚かされます。〈私の卵好きはたべることだけではない。まず形がすきで、店先に新鮮な卵の群を見つけると、家に買い置きがあっても又買いたくなる〉。こんな一節にグッときます。

井上 「群れ」に愛を感じるね。

江國 読んでいて、この人は料理が上手だろうなと思うのは、2013年にノーベル文学賞をとった、アリス・マンロー。小説に書かれている料理が全て美味しそうだし、この間読んだ『木星の月』に、クレソンとリンゴのスープというのが出て来たんです。ただ名前が出てくるだけで、味も、作り方も書いていないのに、読んだあと、あまりに美味しそうだったから、自分で想像して作ってみたら、ほんとにおいしかった。

角田 美味しそう。荒野さんは?

井上 私は、まず挙げたいのがジョン・アーヴィングの『あの川のほとりで』。これはイタリア人のシェフが出てくるから、美味しそうなものが沢山出てきます。

江國 その本、私も挙げようと思いました。料理だけでなく、厨房の雰囲気も美味しそうに書いてあるね。

井上 トルーマン・カポーティの『クリスマスの思い出』も素敵。カポーティの自伝的な作品ですが、主人公の「僕」は、60歳を越える親戚と暮らしている。2人は不遇な生活をしているのですが、毎年お金を溜めて、自分の好きな人たちに送るため、クリスマスになるとフルーツケーキを沢山焼くんです。ピーカンナッツと、ウィスキーたっぷりのフルーツケーキ。しかも、ナッツは森に拾いに行くところから始める。

 ケーキを作る時、ちょっと飲んでしまうウィスキーも格別だと思う。

角田 料理中の味見は特別美味しく感じますよね。

井上 マルグリット・デュラスの短編、『木立ちの中の日々』に出てくる「焼肉のロチ」もすごく美味しそう。

 ロチ、というのはロティのこと。ロティは「焼いた」という意味なので、訳としてはちょっとおかしいんだけれど、その字面が実に魅力的なんです。

江國 石井桃子さんの『幻の朱い実』やエッセイに出てくる「牛肉のバタ焼き」。バターじゃなくて「バタ焼き」という字面が美味しそう。私は牛肉のバター焼きは好きじゃないんだけれど、読むと無性に食べたくなります。森茉莉さんが「チョコレート」を「チョコレヱト」と書いているのも魅力的。

井上 宮沢賢治の『注文の多い料理店』に出てくる「サラド」。ただのサラダなんだけれど、私には「サラド」と書かれたほうが美味しそうに感じるから不思議。

 あと、ヘミングウェイの『老人と海』も挙げたい。サンチャゴ爺さんが、漂流している時に、鮪の肉を削いで生で食べるところ。「ああ、ここに塩かライムがあったらなあ」って嘆息するシーンがすごく好き。

江國 読者の想像を掻き立てる書き方が巧みなんでしょうね。

角田 私が最近読んだものでは、イアン・マキューアンの『甘美なる作戦』。大学教授と不倫した女学生が、別荘に連れて行ってもらい、初めて優雅な御馳走を食べる。家の食事しか知らなかった少女が、優雅な昼食を食べる世界があることを知って、もうもとには戻れなくなる。食べ物が登場人物の関係の伏線になっていて、巧みでした。

 男性作家は、あまり料理のことを書かない印象があったけれど、これは見事でした。

井上 私も読んだけれど、すごく面白かった。年上の男性にこんな素敵な昼食を御馳走されたら、コロッと好きになっちゃうよなあ、と思いました。

角田 子どもの頃に読んだもので、実際に食べてみるとあまり美味しくなかったことってありませんか。

 例えば、『長くつ下のピッピ』に出てきたジンジャークッキー。すごく憧れたんですが、実際に大人になってからジンジャークッキーを食べたら、「想像していたのと違う」ってちょっとがっかりしました。

井上 そういうこと、よくあります(笑)。

■理想の「最後の晩餐」

角田 『死刑囚 最後の晩餐』という本があるのを知ってますか? アメリカの死刑囚が、最後に好きなものを食べられる「最後の晩餐」制度をまとめたもので、すごく面白い。最後の晩餐に何を選ぶかで、その犯罪者の人間性が見える。この流れで聞くのも何ですが、江國さんの理想の「最後の晩餐」は?

江國 思うさま果物を食べたい。

角田 さすが。具体的には何ですか?

江國 10種類は欲しいですね。欠かせないのは、無花果と桃と、西瓜とスモモと梨。梨は出来れば幸水。柑橘類は3種類ぐらい欲しいです。スウィーティは入れたい。スウィーティはグレープフルーツと文旦を掛け合わせたものなのですが、とても好きで。あとは清見オレンジか黄金柑、あるいは文旦ですね。

井上 詳しいなあ。

角田 荒野さんは何ですか。

井上 私は筍か羊。美味しい羊を焼きながら、ビールが飲みたいですね。味付けは塩。角田さんは?

角田 たらこご飯。

江國・井上 豚じゃないの!?

角田 私、子供の頃好き嫌いがすごく多くて、たらこでしかご飯が食べられなかったんです。小学校の卒業文集にも「たらこが食べたい」って書いたくらい。小学生の頃に入院したことがあって、その時に私が病院食を何も食べないから、母がたらこを焼いて持ってきてくれました。最後は原点に戻って、たらこを食べたいって思うんです。

井上 原点、か。そういう話を聞くと私もあらためて何が最適か考え直したくなるなあ(笑)。

出典:文藝春秋2015年4月号

( 「文藝春秋」編集部)

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