千歳船橋「八兆」の唐揚げそばは「ライスが欲しくなる旨さ」

千歳船橋「八兆」の唐揚げそばは「ライスが欲しくなる旨さ」

(c)坂崎仁紀

 私鉄沿線には立ち食いそば屋が点在している。私鉄が経営する店が駅に常設されていることも多い。京急線なら「えきめんや」、東急線なら昔は「二葉」で今は「しぶそば」、西武線なら「狭山そば」、そして小田急線なら「箱根そば」である。

 なかでも小田急線の「箱根そば」は多くの駅にあり、どこも人気だ。個人的な感想だが、「小田急線」は名前を「小田急箱根そば線」にした方がいいと思うくらい、小田急グループは熱心に経営している。有難いことである。つまり、小田急線を利用されている立ち食いそば愛好家の舌は肥えているといってよいだろう。

 そんな小田急線沿線にあって、箱根そばに勝るとも劣らない、沿線屈指の立ち食いそば屋がある。千歳船橋にある「八兆」である。

■大将は草緑色のセーターを着ていた

「八兆」を初めて訪問したのは2000年の晩秋だった。まだ小田急線が高架になる前である。今の高架の場所には商店が線路沿いに並んでいて、改札を出てその商店街を進んだところに店はあった。

 当時の店は広く、おばちゃんたちが元気に働いていて、大将が草緑色のfishermanのようなセーターを着てにこやかに麺上げをしていた。

 きつねそばを頼んだ。麺は平打ちでやや太めで、戸隠そばのような出来ばえで驚いた。つゆも上質なもので、その味にほくそ笑んだ。

 その後、「八兆」が線路高架の再開発で閉店したと聞き、寂しさを隠せないでいたのだが、2006年に今の場所、小田急線の高架を少しだけ南へ歩いた所で再開したと聞いて喜び再び。折をみて訪問している。

「八兆」の創業は昭和50年代の中頃。「末広がりに商売繁盛」という希望を込めて店名を決めたそうだ。

■代替わりした「八兆」を訪ねてみた

 その「八兆」を5月の晴れた土曜日の昼前、久しぶりに訪ねてみた。

 以前と違う点は、若大将と若女将が二人で切り盛りしていることだ。代替わりして活気がある。木型で作る、さけ、たらこ、おかか、うめぼしのおにぎり(110円)も健在だ。

 ステンレスのバットに、綺麗に揚げられた天ぷらが並んでいる。

 かき揚げ天、春菊天、ちくわ天、いか天、ごぼう天、えび天など。ほんのりとごま油の琥珀色の香気が立つ。

 最近は、唐揚げそば(420円)が人気だという。時代は変わってきたのだなとつくづく思う。

 早速、唐揚げそばを注文した。

 注文後、若大将が生麺を大鍋に放り込む。淀みなく箸でかき混ぜて茹で進める。見ていて楽しい。麺上げして、食べやすいようにカットした唐揚げとわかめをのせ、若女将に渡すと、つゆを注ぐ。どんぶりの連携も手際よい。

■ライスが欲しくなる「唐揚げそば」

 出て来た唐揚げそばのつゆをひと口。出汁の味が香る。「そうそう、この味」。出汁の香りと返しの味が深い。昔と変わらない。立ち食いそば好きの友人が「うめえよ、やられたよ」と唸ったつゆである。

 麺もやや太めでちょうどよいコシ。この麺も移転してからは変わらない。

 唐揚げは返しを使って揚げているので、揚げ色がやや濃いのだが、鶏肉はジューシーに揚がっていて、ライスが欲しくなる。

■「八兆」はこの世界の片隅に残り続けるだろう

 これからの季節は冷したぬき(460円)もイチオシだし、自家栽培のミョウガ、ゴーヤ、シシトウ、なすの天ぷらも登場する。

 気がつくと店は客でいっぱいになっていた。女性客も写真を撮りながらおいしそうに食べている。常連の営業マンだろうか「いつものね」とちくわ天そば(420円)を注文する。学生さんも大勢来店。近所の商店主が挨拶がてら食べに来ている。客の顔がみな明るい。うまいかどうかは、客の顔をみればわかるんだな。

 うまい立ち食いそば屋には、共通する雰囲気や風情、オーラみたいなものがある。
老舗店のような高い敷居もなく、大枚を使うお得意さんもいない。たった数分で立ち去るあらゆる客と対峙している。そんなやり取りの中にうまい味が潜んでいる。何かが違う。三位一体の妙味とでもいうのだろうか。「八兆」には客と店が織りなすそういうオーラが存在している。

「八兆」の若大将はまだ若い。美人の若女将も働きものだ。

 いつか自分が死んでも「八兆」は代を重ね千歳船橋できっと営業を続けていることだろう。一青窈の「ハナミズキ」のように百年続いてほしいと願っている。

INFORMATION

八兆
東京都世田谷区船橋1-9-45

営業時間
月〜金 7:00〜17:30
土 9:00〜15:00
定休日:日・祝

写真=坂崎仁紀

(坂崎 仁紀)

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