うまい、安い、はやい。最強の一人ごはん――楠木建の偏愛「それだけ定食」

うまい、安い、はやい。最強の一人ごはん――楠木建の偏愛「それだけ定食」

©iStock.com

■豪勢なライスカレー

 あくまでも個人的な好き嫌いの話として聞いていただきたい。

 お待たせいたしました(誰も待っていなかったかな?)、前回に引き続き「それだけ定食」の話をする。

 とはいっても、誰も覚えていないだろうから、改めて説明しておこう。それだけ定食というのは、家で一人で食事をするという状況での僕の極私的な嗜好であり、(1)スキなものだけを、(2)スキなだけ大量に、(3)がーっと一気に食べてお腹一杯!という食のスタイルを意味している。それだけ定食を構成する要件は「単品性」「量的満腹感」「スピード」の3つ。これを私的専門用語で「それだけ定食三原則」という。

「量より質」というが、僕の場合は「質こそ量」にして「量こそ質」である。質が高ければそれは必然的に量を求める。

 前回はそれだけ定食界のエースで4番、ディフェンディング・チャンピオンのスパゲティの例で、それだけ定食の愉悦を紹介した。スパゲティが大将ならば、中将は言うまでもなくカレーライスである。それだけ定食の文脈でいえば、「ライスカレー」という方が気分に合う。

 市販のルーを使うのすら面倒なので、レトルトカレーを愛用している。このご時勢、レトルトといってもわりと、というか、かなり美味しいのがある。わが家では電気炊飯器を一切使わず、毎回釜でご飯を炊くのだが、それだけ定食のライスカレーのライスであれば、電子レンジで温めるパックの白米で十分。というか、きっちり炊くよりもパックご飯の方がむしろ美味しい(気がする)。

 当然のことながら、1人前では足りない。ご飯は2パック、レトルトカレーも2人前。レトルトカレーの美点は、こういうときに2種類のカレーを味わえるということにある。先日はキーマとバターチキンの2種盛りにした。

 ただし、レトルトカレーは湯煎しない。電子レンジも使わない。中身をお鍋に開けて温める。なぜかというと、カレーに僕の大スキな具材を追加するからである。誰も覚えていないだろうから繰り返しておくが、自宅で食べるそれだけ定食の本領は、スキな材料をスキなだけ大量に入れ放題というところにある。

 前回も話したように、僕の大スキな食材にマッシュルームがある(誰も覚えていないだろうが)。お鍋にあけたカレーに、フレッシュなマッシュルームの薄切りを驚くほど大量に(←ここがポイント)投入して弱火で軽く煮る。

 もうひとつ忘れてはならないのがグリーンピース。これも僕が偏愛する食材である。冷凍のグリーンピースを大量に(←ここがポイント)投下する。グリーンピースそのものはそれほど美味しいものではない。にもかかわらず、なぜか大スキなのである。ライスカレーだけではない。かつ丼の上に2つ3つ4つと青々としたグリーンピースが載っていると、それだけで言いようのない多幸感に包まれる(オレ、ちょっとヘンかな?)。

 味がそれほどでもないのになぜそこまでスキなのか。色合いなのか食感なのか。その理由が自分でも判然としないのだが、強いて言えば子供のころの記憶が関係している。小学生のころに行った修学旅行、僕の地域では日光に行くということになっていた。東照宮の近くの食堂で食べたカツカレーの上にグリーンピースが載っていた。僕の家ではカレーにグリーンピースを入れなかったので、鮮烈な印象があった。それ以来、グリーンピースが大スキになった。

 話を戻す。こうして完成したマッシュルーム&グリーンピース大量投入のキーマ&バターチキンの2種盛りライスカレー。これだけ贅を尽くしても、「CoCo壱番屋」のカレーよりもまだコストが安い。調理(?)時間5分、食事時間5分。お腹一杯でハゲ頭には大量の汗。食後のタバコがひときわ旨い。これもまた、それだけ定食の理想形である。

■進化する「焼鳥だけ定食」

 焼鳥が大スキである。安くて美味しく手軽で低脂肪。こういう素晴らしい食品がある国に生まれたことを心から感謝したい。

 名店で食べる焼鳥はもちろんたまらなく美味しいが、自宅でのそれだけ定食用の焼鳥はスーパーの焼鳥コーナーで売っている1本100円ぐらいのそれに限る。

 家人が出払っている日、夕方に営業車を駆って帰宅しているとき、「今日は焼鳥だけ定食にしようかな……」というアイデアが浮かぶと、もうたまりません。すかさず鷺沼のスーパーにピットイン。買うのはもも肉の焼鳥だけ(たれ8本、塩8本の計16本)。つくねとかねぎまとか手羽先とか皮とかいろいろと種類を取り混ぜるのは、それだけ定食の精神に反する。

 この焼鳥だけ定食は一人自宅ご飯のチャンスがあるたびに繰り返しやっているため、最近ではスーパーの焼鳥コーナーに近寄るだけで、僕が一言も発さないうちに店員のおばちゃまが焼鳥(もも)に手を伸ばすまでになった。

 焼鳥(もも)16本をしっかと抱えて家に帰るやいなや、オーブントースターでちりちりになるまで焼く。で、善光寺の七味を大量に振りかけて一気に食べる。ご飯のおかずということではない。あくまでもそれだけ定食なので、焼鳥以外には何も食べない。これにしても調理時間5分、食事時間5分、後片づけ15秒。安い早い旨すぎる。まことに秀逸なそれだけ定食である。

 で、あるとき考えた。たれ塩8本ずつにすると「それだけ感」が減衰するのではないか。それだけ定食の道を極めるのであれば、たれか塩のどちらか一方だけにするべきではないか。この反省に基づいて、次の機会には「焼鳥たれだけ16本定食」を敢行してみた(スーパーの焼鳥である以上、塩よりもたれのほうが正しい気がする)。

 果たして結果は大失敗だった。ものには限度というものがある。たれだけ16本だとさすがに飽きる。だからといって、安直にたれ塩8本ずつに戻すのも芸がないので、その次の機会にはたれ塩ミックスをファインチューンし、さらに2本増量して、たれ11本、塩7本で実施した。満足度は確実に上がった。このように経験に基づく試行錯誤で進化していくのもそれだけ定食の醍醐味である。

■殿堂入りメニュー一挙公開

 スパゲティ、カレー、焼鳥以外にもいろいろある。僕の脳内で殿堂入りしているそれだけ定食の定番メニューを公開しよう。

 フライドポテトだけ定食:子供のころ、マクドナルドのフライドポテトを食べるたびに、もう少し食べたいな、できたらフライドポテト(だけ)をお腹一杯になるまで食べたい……と祈念することしきりだった。当時は財務的な理由で困難だったが、大人になったらいつの日か、フライドポテト(だけ)をスキなだけ食べられるような人物になりたい、いつか見ていろ俺だって……と心に秘めていたものだ。

 その甲斐あって、僕も25歳ぐらいのころには、フライドポテトだけ定食を実現できるようになった。ひとかどの大人になれた気がして、Lサイズを4個購入して一気に食べた。気持ち悪くて吐きそうになった。それ以来、しっかり学習し、いまではLサイズ3個で安定している。

 いつも焼鳥を買いに行くくだんのスーパーには、ジャンクフード界の世界無差別級王者、マクドナルドも入っている。焼鳥を買って帰る途中、ふとマクドナルドの方を見ると「シェアポテト」がメニューに復活していた。Lサイズよりもさらに大きなサイズのマックフライポテトである。一人で食べるのには量が多すぎるのでつけた名前が「シェアポテト」。無意識のうちに反射的にシェアポテトを2つ買って(Lサイズ4個分ぐらい?)、フライドポテトだけ定食を実施したのは言うまでもない。もちろん誰ともシェアしなかった。当然ですけど。で、吐きそうになった。当たり前ですけど。

 お茶漬けだけ定食:どんぶり飯に永谷園のさけ茶づけ(これが大スキ)を2袋投入し、お湯をかけて一気に食べる(で、しばしば口内を火傷する)。調理も含めて所要時間90秒。手間は最小にして最速でできるそれだけ定食である。

 先日、新潟出身の友人が帰省した折に上等な鮭のほぐし身の瓶詰めをお土産にくださった(コジマさん、ありがとうございます)。これはお茶漬けで食べるとヒジョーに美味しいものだが、こういうときでも僕はあくまでも永谷園のさけ茶づけをベースにする。そこにいただいた鮭のほぐし身をトッピング(ただし大量に)して食べた。それほどに永谷園は偉大である。

 えびすめだけ定食:「それだけでご飯三杯はいける」という常套句があるが、本当にそれだけでご飯三杯食べる人は少ない。僕は塩昆布の逸品、「えびすめ」でこれを実行する。ライスカレーの場合は電子レンジのパックご飯が適しているが、えびすめだけ定食は釜炊きの上等なご飯を使いたい。

 運よく頂きもののえびすめがあれば、迷うことなくこれだけでご飯をひたすら食べる。塩昆布の元祖にして頂点、旨味の極致である。三杯どころか四杯はいける。

 えびすめは創業嘉永元年の老舗、「小倉屋山本」の三代目、山本利助という人が独自の工夫を重ねて創始したらしい。どこの誰かはよく知らないが、偉い人だということは間違いない。

 お赤飯だけ定食:おこわはどれも美味しいが、お赤飯が他を圧倒する。ただの小豆が入った赤いご飯なのに、つくづくしみじみと美味しい。おこわは普通のご飯に比べると粘度が高いので、お箸で取って一度に口に入れる量が大きくなる。この辺が美味しさの理由だと思う。

 胡麻塩を振りかけたお赤飯(この胡麻塩というのが天才の発案としかいいようがない)。他には何もいらない。普段はスーパーで買ってくるが、残念なのはプラスチックのケースに入っていること。経木の箱に入っていると、なぜか美味しさが5割り増しになる。

 枝豆だけ定食:こうなるともはやご飯も不要。枝豆だけを大量に茹でて、塩を振りかけて「アチー」とかいいながら無心に食べる。取っては食べ、取っては食べという動きを繰り返していると、だんだんグルーヴ感が出てきて、そのうちにトランス状態になる。これもまたそれだけ定食に固有の愉悦である。

 野菜の場合、美味しさはわりと単純に値段に比例しているように思う。この際、思い切って上等の枝豆を使うことをお勧めする。どんなに上等の枝豆でも、1000円も出せばお腹一杯になる。それだけ定食は美味しさだけでなく、コスト面でも優れている。

 茹でた空豆もたいそう美味しい食べ物ではあるが、空豆だけ定食には食指が動かない。なぜだろう、なぜかしら。

 コーンバターだけ定食:説明は不要だろう。ポイントは、例によって「大量に作る」。冷凍のコーン一袋を一気に使い切ってほしい。バターも多めにお願いします。

■見果てぬ夢

 それだけ定食の話をすると、決まって「体に悪そう……」という反応が返ってくる。当たり前である。体にいいわけがない。

 僕にしても、毎日それだけ定食だけを食べているわけではない。妻と娘が賛同するのは、前回詳述したスパゲティだけ定食がギリギリの線で、それ以外は固辞される。ここで紹介したそれだけ定食は家人が出払っているときだけに許される特別の献立である。僕にとっては「ケ」というよりも「ハレ」の食事。所要時間5分の祝祭といってもよい。

 まだ実行できていないメニューに「桃だけ定食」がある。こうなると定食でも何でもない。単に桃を大量に食べるという話だ。なぜか美味しい果物というのは決まって少ししか出てこない。いつも「もっと食べたい……」という思いを抱えたまま、不完全燃焼のうちに食べ終えてしまう。

 完熟の上等な白桃(だけ)を気持ち悪くなるまでお腹一杯食べたい。少なくとも10個、いや1ダースはいきたい。毎年実行しようと思いつつ、桃だけ定食だけはいまだに果たせないでいる。その理由は、大量の桃の皮を剥くのが厄介なのと、値段が高いことにある。

 桃の旬が近づいてきた。この文章の原稿料でちょうど上等な桃が1ダースぐらい買えそうだ。何が言いたいのかというと、文春オンラインはこの原稿用紙10枚に渡る文章に対して、桃をダース買いすればなくなってしまうぐらいの原稿料しか払ってくれないのである。しかし、文章を書くだけで上等な桃がお腹一杯食べられる、と考えると、ずいぶんとトクをした気もする。

 いずれにせよ、桃だけ定食、この夏はぜひ決行しようと思う。

(楠木 建)

関連記事(外部サイト)