京都は和風イタリアン! 季節の移ろいを表現する、絶賛の3軒

京都は和風イタリアン! 季節の移ろいを表現する、絶賛の3軒

京都は和風イタリアン! 季節の移ろいを表現する、絶賛の3軒の画像

「あまから手帖」といえば関西のグルメ雑誌の老舗で、舌の肥えた読者で知られます。その編集長が教える京都の楽しみ方。しかも今回は和食だけじゃない、京都にあるほんとうに美味しい店をご紹介しましょう。第2回は京都だから成立するイタリア料理のうまい店。

◆ ◆ ◆

■京都発信イタリアンって何だ?

「あまから手帖」編集部に転職した1997年の秋、私は一冊のMOOKを編んだ。タイトルは「関西イタリアンBOOK」。

 当時、関西は空前のイタリアンブームだった。バブル期にイタ飯がブレイクした東京に比べると随分タイムラグがあるな…と思っていたが、80年代後半にはイタリアで修業した帰国組がリストランテを続々オープンさせていたのだから、すぐには流行りに飛びつかない京阪神共通の県民性が関係しているのかもしれない。

 この頃、京都のイタリアンといえば、笹島保弘さんがシェフを務めた『イル・パッパラルド』全盛期。豪快でエネルギッシュな皿はリーズナブルで、太陽のように明るいシェフのキャラクターも手伝って、とにかく勢いがあった。その2年後、「関西料理人 仏・伊の30人」という特集で、私はシェフにインタビューをしている。─これからはもっと破天荒に行くよ─。その予告通り、2002年、笹島シェフは独立。さらなる快進撃が始まった。

『イル ギオットーネ』は“京都発信のイタリアン”をコンセプトに掲げてスタート。昆布だしを底味として利かせたり、木の芽や柚子の香りを纏わせたり。九条ネギ、聖護院蕪といった京野菜も巧みに取り入れた笹島流のコースは、斬新だけど、日本人のDNAに直接響くような説得力があった。

 イタリアは長靴に喩えられるように南北に長い国で、それゆえ郷土色が豊かだ。土地柄を料理に映すことこそイタリアンの特長とするならば、笹島シェフが展開した“京都イタリアン”は大変理に適っている。だからこそ、その後、京都に瞬く間に広がり、根付き、わざわざ京都までイタリアンを食べに行く価値が創出されたのではないだろうか。

 ちょうどその頃、私はフリーの編集者として「あまから手帖」を編んでいた。主人の転勤で松山、名古屋と居を移し、ようやく落ち着いた2010年、編集長となり再び関西に戻ってきた。当時の私は完全に“浦島太郎”状態。こりゃアカンと関西のイタリアンを食べ歩いて、驚いた。手打ちパスタが増え、バールができ、ピッツェリアが人気で……。えらい楽しみが広がっているじゃないの。そこで11月号「イタリアンいまどきのキーワード」という特集を組むことにした。

 その中で「イタリアン成熟までのキーワード」と題して6ページの鼎談を企画し、私もそこに参加した。1980〜90年代を“認知”、1990〜2007年を“浸透”、それ以降を“細分化”の時代として語り合ったのだが、2000年代後半から増えた郷土料理は食べ手として興味深かった。京都ならば、ピエモンテ州で腕を磨いた祇園の『リストランテ デイ カッチャトーリ』、前回の「肉」の回でも触れたトスカーナ州のビステッカの名店『オステリア・イル・カント・デル・マッジョ』、プーリア州の料理が愉しめる聖護院の『オステリア コナチネッタ』がその筆頭で、今なお変わらぬ存在感を放っている。笹島シェフの居た『イル・パッパラルド』も窯焼きのナポリピッツァを看板に、現シェフが活躍中だ。

■“だし”で素材感が際立つパスタ

 さて。2017年現在。私が面白いな、と思うイタリアンに共通するワードは“自然体”だ。無理に余所と差別化せんでもいいやん、自分流で。そんなシェフ達が伸び伸びと作るイタリアンが面白い。

 京都では、笹島シェフが新しいイタリアンを構築し、展開していく姿を見ていた世代が、ここ数年、次々と独立を果たしている。2014年12月、岡崎にオープンしたのは『CENCI(チェンチ)』。坂本健シェフの料理は、多層的だ。一皿の構成要素が多く、食べ進めるとこちらの感情が揺さぶられる。皿の表情が豊かなのだ。

 5月初旬、夜のコースで食べた筍の料理は出色だった。筍は塚原産の白子。穂先まで地中に埋まった状態で掘り出されるため、日光を浴びておらず、真っ白な筍だ。これをなんと2ミリ厚の薄切りにしてグリルしているのだが、上品な持ち味がギュッと凝縮されて、丸かじりにも負けない濃密さがあった。筍の上には、雪の下で熟成させたジャガイモ。さらにオンした雲丹は、途中でソースに化ける。野生のクレソンを噛めば、青さと苦みが雲丹の磯の香りをリセット…と思いきや、若布パウダーが口中に潮の風味を呼び戻す。私は筍狂で、毎年食べた筍料理をすべてスマホに記録しているが、今年のナンバーワンは文句なしで坂本シェフのこの一皿だった。

『CENCI』では、昆布にアサリ、魚系、椎茸の軸なども加えた鶏節と、常に4種程度のだしを用意している。「魚料理に鶏だしを少し加えると、逆に魚の持ち味の輪郭がはっきりするんです」とシェフは言っていた。京都で手に入る、馴染みのある旬の素材を、食べ合わせの妙で驚きのある皿に仕上げる、というのが彼の身上。その料理に深みを出すのが“だし”というワケだ。5月のランチで食べた「のらぼう菜とホタルイカのスパゲッティ」は、魚のアラと昆布のだし、日本酒を使ったトマトソースの旨みが鮮烈で、のらぼう菜のほろ苦さが一層際立っていた。

■子羊に木の芽、パスタに生コノコ?

 坂本シェフと同門、『イル ギオットーネ』出身の早川大樹シェフが、ソムリエの池本洋司さんとタッグを組んだ御所南の『ヴェーナ』は、昨年末オープンしたばかり。陽気な池本さんのサービスは実にリズミカルで心地よく、早川シェフの料理をベストマッチのワインと共に盛り上げている。

 その早川シェフの料理が、奔放だ。初夏のある夜のコースなら……。一皿目、新玉ネギのグラタンがグリッシーニの粉の上に載って登場。無口なシェフにその心はと問えば「土の上にあった方が玉ネギっぽいかと思って……」とな。香ばしさと塩気が利いていて、食感も愉しい。焼きフォアグラとサクランボのタルトには、「アイスが付いていた方が熱々と冷や冷やでいいかと…」と、トリュフオイルで香りづけしたミルクジェラートを添えて。

 メインは、ほんのりと木の芽の香りを纏った子羊。その前にリゾット、後にパスタという構成も自由だ。そのパスタが良かった。北寄貝とジュンサイという異色の組合せに、レモンの皮と生のコノコ(ナマコの卵巣)。もはや想像の域を超えていて、一口食べてムフフと笑ってしまった。磯の香り、押し寄せることホヤの如し。日本酒!と叫びたくなるところをレモンの皮が白ワインに連れて行く。池本さんが是非にと薦める一杯は、キリッと鋭角的なシャルドネ。柑橘のニュアンスが、幸せな余韻となって口中に残った。

 私はワイン好きだが詳しくないので、その凄さは理解の外だが、知る人ぞ知るヴィンテージが揃っていると聞いた。イタリアワイン党ならば、池本さんの待つカウンター席へ是非。知識もあるがオチもある、関西人のトーク力に心地よく酔えるはずだ。

■“二十四節気”を映すのが今の京都イタリアン

 京都の人は、季節を味わうことに長けている。春ならば山菜や筍、夏なら鮎や鱧、秋は松茸や栗、冬になれば蕪やネギなどの京野菜が出揃う。『CENCI』の坂本シェフが言っていた。「京都の人がその時季何度も口にする旬のものを使って、僕らしさを表現したい」。その方が、この食材がこうなるんだ!と驚いてもらえるでしょ、と。

 90年代は“本場さながら”が喜ばれ、2000年代に“京都ならでは”が発信され、2010年代も後半に入った今、シェフたちは実にナチュラルに京都の旬を皿の上に映している。先日訪れた“菜園”を名乗る『ORTO(オルト)』では、品書きに「穀雨―立夏―小満」とあった。二十四節気で季節を捉えるという意思表示だ。

 50種もの野菜やハーブが味わえるスペシャリテの「菜園」も素晴らしかったが、その夜は「檸檬」という名のリゾットが印象的だった。桜エビのフリットにたっぷりの木の芽。様々な味わいが舌の上で出合い、喉の奥へ消え行くと、「ん?トムヤムクン?」。意想外のエスニックな余韻が痛快だった。

 四季ではなく、二十四節気。それくらいの細やかさで季節の移ろいを表現するのが、今の京都のイタリアンだ。さて、梅雨が明ければ、季節は祭りの夏。今年は京都でどんな鱧のイタリアンに出合えるのだろう、楽しみだ。

中本由美子
「あまから手帖」4代目編集長。1970年生まれ、名古屋育ち。青山学院大学経済学部を卒業後、「旭屋出版」にて飲食店専門誌を編集。1997年、(株)クリエテ関西に転職。「あまから手帖」編集部に在籍する。2001年フリーランスに。「小宿あそび」「なにわ野菜割烹指南」などのMOOK・書籍を担当後、2010年、「あまから手帖」編集長となる。

あまから手帖
1984年創刊。関西の“大人の愉しい食マガジン”として、飲食店情報を軸に、食の雑学、クッキングなど関西の“旨いもん”を広く紹介する月刊誌。最新号は「神戸ハイライト」。開港150周年を迎える神戸の食シーンのハイライトをご紹介。魚の街・明石の新しい動きにも注目を。

(中本 由美子)

関連記事(外部サイト)