白ワインと相性抜群“水なす”の季節――平松洋子の「この味」

白ワインと相性抜群“水なす”の季節――平松洋子の「この味」

©下田昌克

 梅雨の時期になると食べたいのが水なす。

 生のまま囓ると、頼りないくらいさくさく柔らかく、しかし、じゅわっと水気が迸(ほとばし)る独特の風味がくせになる。大阪泉州特産で、最初は「これ珍しいですよ、いっぺん食べてみて」と誰かに数個分けていただいたのがきっかけだったと思う。

 とりあえず何でもそのまま囓ってみたいクチだが、水なす以外のなすを生で食べようという気にはなかなかならない。皮の硬さやあくの強さは置いておくとして、なすはやっぱり相手を得ておいしくなる。油とか味噌とか醤油とか塩とか、煮るとか焼くとか揚げるとか。性格のいいアニキみたいにホイホイ何でも引き受けちゃあ、いっぱしの味に仕上げるところがなすのすごさだ。

 いっぽう、水なすは楚々とした淡味が身上だ。そのまま食べると梨っぽい水気に驚くのだが、果物ほど甘みはない。炊くとぐずぐずにへたるので、やっぱり生食向き。かつて農作業の合間、水分補給のためにもいで囓っていたと知ると、おおいに納得する。喉が渇いたときの、水がわりの野菜。役立ち方がかなりシブい。

 水なすは、よそで栽培しようとしても問屋が卸さないらしい。そもそも江戸時代から栽培され、現在の岸和田市、貝塚市、和泉市、泉佐野市あたり、つまり河川に近く溜め池の多い泉州地域でしか育たなかったのだから、まさに土地から生まれた味。

 毎年たいていこの時期、ぬか漬けの水なすを五、六個まとめて買う。ソフトボール大の丸くて大きいのを一個ずつぬかに埋め込んだもの。一個めは、ほとんど漬かっていないのをあえて。浅漬けから始めて、しんねりむっつりとした古漬け状態まで、刻々と変化してゆくのを一個ずつ楽しむ。余ったぬかはケチケチと瓶に移し、きゅうり、にんじん、だいこんなど埋め、いろんなぬか漬けに応用するという転んでもただでは起きぬ戦法だ。

 戦法といえば、水なすを食べるときは、かならず指で裂く。

 包丁で切ると金気が気になるという話もあるが、それ以上に、包丁で切る素っ気ない断面がいかにも惜しい。さくさくふわっと軽快な身が水なすの興趣だから。醤油はめったにかけないが、オリーブオイルをかけるとおつな味。そして、水なすは白ワインと絶好の相性です。ひょっとしたら日本酒よりも。

 先日、あるところで漫画家の松田奈緒子さんにお会いした。最近ではTVドラマ化された『重版出来!』でも話題をさらった人気漫画家である。あれこれ話していると、不意におっしゃった。

「水なすに白ワインが合うとどこかで書いてらっしゃいましたね」

 はい、以前にどこかで。でもずいぶん前だったかと。

「で、わたし、以降ずっと水なすを食べるたび白ワインだと思うわけです。水なすはね白ワインなのよと言ってもみたい。だけど毎年、試すのを逃してしまう。ああまた今年も、とくやしい思いをしてきました」

 この夏こそ、きゅっと冷えた白ワインでいっちゃってください。

 最後にどうしても書きたい。松田さんにお会いする数時間前、担当編集者Iさんより、『サンドウィッチは銀座で』(画・谷口ジロー 文春文庫)の重版の報、到来。TVドラマ「重版出来!」を初めて観た翌朝、同様の報せがあったこともあります。本気で、松田奈緒子先生は重版の神様だと思いました。

(平松 洋子)

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