とんかつニューウェーブ代表格 高田馬場「成蔵」が“夜”にこだわる理由

とんかつニューウェーブ代表格 高田馬場「成蔵」が“夜”にこだわる理由

(c)かつとんたろう

 いま東京で、いや日本で一番人気のあるとんかつ屋といっても過言でないだろう。「成蔵」は高田馬場駅から南へ向かって少し歩いたところにある。入り口は小さく、地下へ向かう階段なので、営業時間外であれば見逃してしまいそうだ。しかし実際に見落とすことはないだろう。なぜなら、そのあたりでは他に見ないほどの行列が常に入り口から伸びているからだ。

 その行列の絶えることない人気店、そして「とんかつニューウェーブ」の中心にいる成蔵で、店長の三谷成藏さんにお話を伺いながらとんかつをいただいてきた。

■意識したのは「女性客がひとりでも気楽に来れる店」にすること

 ところで店に入ってまず目を引くのが、とてもとんかつ屋とは思えない内装だ。

「このお店を作るときに一番意識したのは、女性のお客さんがひとりでも気楽に来れる店にしよう、ということでした。内装が普通のとんかつ屋らしくない、特徴的だ、とよく言われますが、これも女性へのアプローチを考えてのことです。うちの店は入り口も小さいし地下にあるものですから、普通に考えればちょっと入りづらい。敷居はできるだけ低くしたかったんです」

 バーカウンターのような高いカウンターとスツール、控えめの照明、壁も白を基調とし、とんかつが出てくるお皿はひし形だ。この新しくておしゃれな感じの源は女性客にどうアプローチするか、というところからきていたのだ。しかしまた、どうして女性客に着目したのだろうか。

「以前は飲食とは全く別の業種で働いていたのですが、いつかは店を持ってお客さんに自分の料理を出したいという夢がありました。そこで自分の店を持つ前は、新橋の『燕楽』という有名なとんかつ屋で修業をしていました」と三谷さん。新橋の燕楽というと、池上の燕楽を筆頭に暖簾分けされた店も多い名店だ。新橋という場所柄、昼ごはんどきにはサラリーマンでいつも賑わっている。

「でも、昼間の男性サラリーマンの方だけをメインターゲットにする必要はないですよね。女性だってもっととんかつを食べたいだろうと思っていましたし、そうであれば雰囲気を女性の方に向けてみれば良いんじゃないかと考えていました。それに、燕楽を真似するだけじゃダメですしね」

■とんかつ=昼ごはん、のイメージを崩す試み

 また昼ごはんどきのサラリーマンが主なお客さんであるために、とんかつ屋はかつて昼の営業をメインで考えているお店が多かった。しかし成蔵あるいは「ニューウェーブ」以降にはそれは当てはまらない気もする。実際に成蔵は夜の時間帯でも行列ができているのだ。

「店を構えてから数年間は、夜に串揚げもやっていました。燕楽を見ていたので、夜にもお客さんが来てくれるような工夫も必要だろうと考えていたのです。しかし最初は、ほんとうにお客さんが来なかったですね(笑)。始めてすぐのときはそれこそ昼に2組くらいだけ、というときもありました。ただ3年目くらいからお客さんが来てくださるようになるにつれ、串揚げを仕込む時間がなくなってしまいました。それで今は、夜も定食だけですね」

 ただしとんかつも日々変わり続けており、特に特ロースはどんどん厚くなってきていて今ではなんと250g。ものすごい量だけれど、女性のお客さんもけっこう頼まれるそう。

■110℃で揚げ始めて145℃でフィニッシュ

 成蔵のとんかつは110℃で揚げ始めて145℃でフィニッシュというかなりの低温揚げで、そこから余熱でしばらく火を入れる形だ。また糖分の非常に少ないパン粉を使っていることもあって、この衣の圧倒的な白さと、口の中で溶けるような柔らかさを成立させている。肉自体は脂身の甘みが非常に強く、見た目もうっすら桃色で美しい。口当たり良く肉を邪魔せずにスッと消えてゆく衣に、肉汁を滴らせる甘くピンク色の豚肉の調和。なるほど、味も見た目も女性にやさしいとんかつなのかもしれない。

 しかしだからといって、一般的にイメージされるようなガッツリ系ご飯としてのとんかつを求めているお客さんを見ていないわけではない。ご飯も一杯まではおかわり無料、それにいくらやわらかい口当たりといっても、脂身が強い肉で250gもあればガッツリ系と言っても不足はない。とんかつにご飯、味噌汁、キャベツ、漬物というセットも、昔からのとんかつ屋と同じだ。あくまでとんかつ屋でありつつ、女性にも来てもらいやすいように、という工夫をしているだけなのだ。

■とんかつエポックメイキング期の2010年代の動きをまとめると……

 成蔵ができた2010年前後はとんかつにとってエポックメイキングな時期だ。2008年に武蔵小山「たいよう」がオープンし、翌2009年には大正時代から続く浅草の「喜多八」が閉店。2010年には数ヶ月違いで神楽坂の「あげづき」、そして「成蔵」がオープンするなど、その後のとんかつ屋の流れがここでできあがったと見ていいだろう。

 三谷さんに、それらのお店の方々と親交があるのかと尋ねてみると、食べには行ったことがあるけれど特には、という返事だった。何を示し合わせたわけでもない中で同時に起こってきたこのニューウェーブ。まだ事が起こり始めてから10年と経っていない中、これからもさまざまな進化や変化があるだろう。

 それにしてもその中心にいる三谷さんは、なぜとんかつ屋を選んだのだろうか。

「燕楽で働いていたのは、先代の店主がわたしの父の弟だったからなんですよ。最初の1年間は出前だけで、そこから11年間、だんだんと教えてもらいながら働きました。大変でしたけれど、自分にはとんかつしかないんだ、という思いがありましたから」

 三谷さんがこれしかないと信じたとんかつこそ、いま一番熱い料理なのだ。

写真=かつとんたろう

(かつとんたろう)

関連記事(外部サイト)