「マイぬか床を再生する方法」ぬか漬け暮らし(2)――平松洋子の「この味」

「マイぬか床を再生する方法」ぬか漬け暮らし(2)――平松洋子の「この味」

©下田昌克

(「きゅうり一本だって楽しい」ぬか漬け暮らし(1)より続く)

 つんと鼻を刺す強烈なシンナー臭。

 こ、これは!?

 昨日までふくよかなぬかの香りになごんでいたのに、瓶のふたを今朝開けたら、くらくらっときた。揮発性の悪臭に、台所で呆然として立ちすくむ。

 二ヶ月めに入ったマイぬか漬け。目の前が真っ白になったが、なすが漬けてあったことを思い出し、にょろりんと引っ張り出すと、やっぱりヘンだ。ドブからすくい上げたような雑巾色、凶暴なシンナー臭をまき散らしている。いちおう味を確認しなければ気がすまず、裂いてちょびっと齧ったら、ビリビリッと舌に電流が走った。

 やっちまった。

 けど、なぜなんだ。

 複雑な思いがぐるぐる渦巻くのだが、心当たりがない。きのう熱帯夜だったから? 夜かき混ぜるのを忘れたから? でも、たった一回触らなかっただけで激変するほどヤワなぬか床なのか? 急転直下の展開についていけず、がっくし。とりあえず“かき混ぜ不足が乳酸菌の敗北を招いた”と結論し、いちおう納得に持ちこんだ。

 ぬか漬け暮らしには、ワナが潜んでいる。立ち止まったらアウトだ。

 朝に夕にかき混ぜてぬか床に酸素を送りこまなければ、酵母の活動が滞る。シンナー臭の原因は、ぬか床の上部に生息する産膜酵母が増えすぎて、酢酸エチルが生成されたせいらしい。ジゴクへ突き落とされてみると、ぬか床は菌同士の攻防戦の過激な現場なのだとあらためて知る。冷蔵庫で管理し、発酵にブレーキをかけながら漬ける手もあるけれど。

 ともかく、一大事です。マイぬか床を救わなければお天道様に顔向けできない。やましさに襲われ、手当たり次第に調べた結果、ベストアンサーは「ともかく混ぜろ」。

 それからの苦難の道のりは、涙なくしては語れない。強迫観念に取り憑かれ、家にいるときは一時間に一度はぬか床に手を突っ込む始末。出張のときは、プレッシャーとともに、連れ合いにバトンタッチ。

 三日目、こんなメールが届いた。

「いま朝一番のおつとめ終了。でも、健康的な匂いはしません」

 ふと気づいたら、寄ると触るとぬか床会議。ぬか床はわが子同然だと誰かが言っていたけれど、こういうことだったんですねえ。赤子と双璧、とんでもない存在感だ。

 一週間経ってもお家騒動は収束しなかった。以下、やけのやんぱちで実行したこと。

「酸性に傾いたぬか床を中和するために、卵の殻を砕いて入れる」

「あたらしいぬか、塩、防腐剤がわりの唐辛子を入れて調節」

「ぬかを足したら、熟成するまで三日がまん。そのあと野菜を入れ、乳酸菌を増やすあと押し」

 ぬか床には自己再生力がある。手入れさえ怠らなければ、半永久的に生き長らえる超優良サバイバーだ。姿かたちの見えない微生物たちを励まし、生き返ってくれいと意地になりながら二週間が過ぎた。

 ある日。病めるときも健やかなるときも朝一番の習慣になったぬか床へのご機嫌伺いをすると、芳しいぬかの香りがふわり、戻っていた。胸をなで下ろしたときの安堵は、ちょっと筆舌に尽くしがたい。

 やれることは全部やった。気が抜けた。疾走感があった。

 畢生(ひっせい)の出直しである。この先ですか? 過酷な夏が待っていそうだが、こうなったら行くところまではいかねばなるまい。

(平松 洋子)

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