赤いとろとろ、風味絶佳の“ちぎりトマト”――平松洋子の「この味」

赤いとろとろ、風味絶佳の“ちぎりトマト”――平松洋子の「この味」

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 もう八月もおしまい、二十九日。

 今朝はちょっと出遅れて、あと数分で六時半。あせって善福寺公園の池のほとりをぐいぐい歩く。

 ウォーキングの通過地点で行き合うラジオ体操の会場に混じり、ラジオ体操第一と第二をやっつける。今朝はざっと百五十人、老若男女がばらばらと集まる輪の後方について、いつもの音楽を待っていると……。

 あれ? ラジオ体操が始まらない。その代わり、ニュースを読み上げる声がさっきから続いている。

 なんだなんだ? にわかに不安に駆られ、耳を澄ます。

「早朝、北朝鮮からミサイルが発射され、北海道上空を通過したもよう」

 えっ、事実なら大変だ。動転し、なぜか的外れなことを思った――ラジオ体操が止む朝もあるんだ。

 雨が降ろうがヤリが降ろうが、ラジオ体操は未来永劫続くと信じていた自分はおめでたいなと思っていると、ベテランさんの掛け声だけでラジオ体操第一が始まった。

 家に戻ってテレビをつけると、各局緊急ニュース中。外にいたからJアラートも聞かなかったが、いちおう情報は把握し、とるものもとりあえず今朝の腹ごしらえだ。

 この夏の発明品。

 トマトをちぎるのだ。

 なんのヒネリもない、書いたそのまま。トマトを手でちぎります。

 単純すぎたのか、昨夜八人ほどの集まりのとき「トマトを手でちぎる」と言ったら、ぽかんとされてしまった。とくに質問もなく、スルー。ちょっとさみしかったが、酔狂に聞こえるのも当然かなと、自分で投げたタマを自分で回収した。

 まるごと握り潰すのは武闘家にまかせて、まず包丁でへたをくりぬく。

(1)親指をくぼみに入れ、皮も種も果肉もいっしょに指で大きく、小さく、不揃いにちぎってボウルに。

(2)塩をぱらぱら、オリーブオイルをたら〜り回しかけ、全体を揺する。

(3)十〜十五分そのまま置く。

 おしまい。

 なんてことのない、ただちぎっただけのトマト。でも、衝撃のおいしさ。種も果肉も皮もいったんばらばらに離れたのち、ふたたび集まり合うところが、トマトの丸かじりとはまったく違う。

 このちぎりトマトをすぐさま作った友だちがひとり、いる。

 彼女はメールにこう書いてきた。

「こ、これ、汁がめっちゃごちそうやん!(なぜか大阪弁) 手でちぎると、トマトってあられもない姿になるんですね。ちょっとどぎまぎする食べものですわ。うふふ」

 へへへ。我が意を得たり。

 塩の浸透圧で、トマトの汁気がにじみ出る。その汁気とオリーブオイルが混じると、ソースのような、ジュースのような、めっちゃごちそうやん! の汁が生まれる。

 赤いとろとろ、風味絶佳。

 ただし、トマトはあられもない姿と化しているので、器には気を遣いましょう。ガラスの器やカップにこんもり、スプーンを添える。

 シンプル過ぎますか。物足りなければ、しその葉のせん切りとか、玉ねぎのみじん切りとか。でも、なにしろ寝乱れたトマトなんですから、いきなり化粧しろよとせっつくのも気の毒でいつもこのまま(ちぎっておいて、いまさら何を言う)。

 スプーンでひと匙、ひと匙。飲みこむたび五臓六腑に沁みわたる、赤い酸味の官能性。身体のすみずみがきらきらしてくる。初めて会ったみたいにトマトを見つめる夏のおわりの朝。

(平松 洋子)

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