【第18回】父の作った空間と、母が選んだブレンドの味「純喫茶クラウン」

【第18回】父の作った空間と、母が選んだブレンドの味「純喫茶クラウン」

錦通の1本北側、本重町通に位置する「純喫茶クラウン」。店名の由来はトヨタ車の名前で、もとは別の店名だったが、クルマが登場してから変えた

名古屋の繁華街“錦3”こと錦3丁目。その西側にある錦2丁目は、かつて繊維問屋街として全国有数の規模でにぎわいを見せていた地域だ。往時を知る「純喫茶クラウン」は、にぎわいが過ぎ去った今でも、この地で営業を続けている。

■ 創業当初の店を維持して65年

「純喫茶クラウン」は谷口律子さんが1人で切り盛りしている。店は1952(昭和27)年に建築士だった律子さんの父が建て、夫婦で営む店としてその歴史が始まった。律子さんは18歳から両親の店を手伝うようになり、以来59年に渡って店を守り続けている。

ほんのりとした照明に、暖色でそろえた壁、床、ソファ。店内の雰囲気は、その重ねた年月からかノスタルジックな雰囲気を存分に醸し出しており、同時に高級な印象も感じられる。「当時私は子どもだったからよく知らないけど、創業から最初の10年ぐらいは、昼は純喫茶、夜は高級クラブとして営業していたらしいですよ」と律子さんは教えてくれた。喫茶の評判がよかったため、昼の営業に集中したという経緯らしい。

店で使われている内装や家具は、創業当初から変えていないのだそう。年季の入ったソファは程よく柔らかく、腰をやさしく包み込むような感覚で、快適な座り心地を維持している。高級クラブという側面を持っていた成り立ちから、当時の贅沢な品で店を作り上げたのだろう。良品は、年月を経ても良品のままだ。コーヒーカップなどの食器も、創業当時のものを大切に使い続けている。

「父が東京のいろいろな店に足を運び、目で学んで、この店をデザインしたらしいですよ」と律子さん。昭和中期の東京を知る客から「なんだか懐かしい雰囲気ですね」と声をかけられることも多いそうで、父が東京の店で見学したことを伝えれば、客はなるほどと膝を打つ。律子さんは「私はそっち(東京)を知らないので、なにがいいのか分かりませんけどね」と笑う。

■ “コーヒー飲みの店”を掲げるクラウン

「純喫茶クラウン」のブレンドコーヒー(350円)は、7種類の豆をブレンドした“ブラジル”と名付けられたオリジナルブレンドのみ。これをネルドリップで丁寧にいれている。律子さんは「コーヒーの味も当初から変わってませんでね。母が『この味なら取引します』と問屋さんと決めて、それがずっと続いていますの」。“ブラジル”は、酸味がキリリと強めでありながら口当たりはなめらか。「ほかでは飲めない味のはずですよ」と律子さんは続ける。店の外壁には“コーヒー飲みの店”と書かれている。この味には当初から相応の自信があるのだ。

同店のメニューはシンプルである。コーヒー以外には紅茶(350円)、ミルク(350円)といった定番のドリンクがあり、食事はバタートースト(350円)だけ。「10年ぐらい前まではランチもやっていましたけど、もう止めちゃいました。今はもう、生きていける分だけ稼げればよくてね、欲もないから」。両親の遺してくれた店があるから、できる範囲で続けている、というのが「純喫茶クラウン」の今ある姿というわけだ。

■ アーティスト作品という新しいエッセンス

店内の壁に、木の描かれた一角がある。これは、愛知県で2010(平成22)年から3年に1度開催されている、現代アートの祭典“あいちトリエンナーレ”に店として参加した際、アーティストの淺井裕介氏が店を訪れ、マスキングテープを使って描いた作品だ。「絵なんですけど、近くで見ると浮いているようにも見えますのよ」と律子さんはどこか誇らしげに紹介する。

「純喫茶クラウン」は律子さんの父母が遺した店ではあるが、それをそのまま残すだけでなく、先のアート作品に代表されるような、新しい要素もさりげなく追加されている。また、店の内外には生花が飾られており、名古屋市中区の都会的な地域で、ひときわやさしい印象を感じさせてくれる。これは律子さんの趣味を反映したものだ。

人によっては懐かしく感じるだろうが、多くの人にとっては新鮮に感じられるであろう「純喫茶クラウン」。この個性的な雰囲気で過ごす時間は、ほかでは味わえない貴重な体験になるはずだ。【東海ウォーカー/加藤山往】

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