【第43回】幸運と工夫で愛され続ける“元気なおかあちゃんの店”、三重・四日市「おかめ堂」

【第43回】幸運と工夫で愛され続ける“元気なおかあちゃんの店”、三重・四日市「おかめ堂」

大通りから奥まった場所にある「おかめ堂」。向かいに駐車場が4台分ある

三重県四日市市、住宅街にある黄色い屋根の小さな店舗。この「おかめ堂」は、地元の老若男女から愛される、知る人ぞ知る名店だ。この店で食べられるメニューは、どれをとってもおいしいと評判である。

■ 幸運から始まった「おかめ堂」の歴史

「おかめ堂」の主人は、創業者でもある石川淑子さんだ。26歳で自宅前に店を構え、今年で42年目を数える。旦那さんの実家が甘納豆の老舗であるものの、オープン時の1975(昭和50)年あたりは周囲に洋菓子の店が増えていたそうで、新しい商売を探すことにして、鯛焼きの店を選んだ、というのが店の成り立ちだ。

淑子さんは創業当時を、幸運だったと振り返る。「昭和50年って『およげ!たいやきくん』がブームだったでしょ。だから鯛焼きの店を始めるってチラシを出したら、初日から行列ができちゃって」。それほど繁盛するとは思っていなかったのだろう。創業当時の「おかめ堂」は、甘納豆の倉庫も兼ねていた。淑子さんは倉庫を片付けて店内スペースを作りながら、営業を続けたそうだ。

「甘納豆屋さんだったから、豆を煮るのは昔から得意なのよ」と淑子さんは胸を張る。ブームがきっかけとはいえ、「おかめ堂」の鯛焼きを食べてみたら、中に入っているのは老舗をルーツに持つ絶品のあんである。そうして「おかめ堂」の「タイ焼き」(120円)は特においしいと評判になり、あまりの好評ぶりから、スーパーにも出店し、旦那さんが10年ほど続けたという。あんこは甘すぎず、上品な仕上がり。現在は若い客のニーズにも対応するため、鯛ではなくパンダの形をした「パンダ焼き」(120円)や、クリームチーズとあんこが入った「タイ焼きチーズあん」(150円)、「カスタード入り」(120円)などバリエーションが増えている。

■ 教えてもらった“おいしいラーメン”の作り方

鯛焼きの人気からスタートした「おかめ堂」だが、現在は「ラーメン」(500円)も人気メニューの1つだ。その「ラーメン」が誕生したのもまた幸運だった、と淑子さんは話す。「うちのファンだっていうお客さんが『おばちゃん、おいしいラーメンの作り方教えたるわ』って。自宅の台所を使って1日で教わりました。こうして教われたのもラッキーよね」。その師匠は、当時地元の有名な中華料理店で働いていたそうで、今は四国でラーメン店を開き、成功しているのだという。それが創業から7年経ったころの話。鯛焼きの人気がひと心地ついたタイミングだったのである。

そうして教わったレシピをもとに、淑子さん流のアレンジを加えて「おかめ堂」の「ラーメン」が完成した。こだわっている点は化学調味料を使用しない、いわゆる“無化調”であること。「だから、うちのラーメンは離乳食にもいいって、小さいお子さんが喜んで食べてくれるのよ。でも、スープを飲みすぎると塩分摂りすぎちゃうから気をつけないと」と、淑子さんはやさしい笑顔を見せる。

さわやかに香る色鮮やかな長ネギを中央に、自家製のチャーシューとメンマが浮かぶ。スープはしっかりしたコクがあるものの、尖った印象がまったくなく、無化調ならでは、やさしい味わいである。そして、ちぢれ麺はふんわりとしており、スープとよく絡まって、ことさらスープの魅力を味わえる。「毎朝起きたら火を入れてね、自分で豚骨と鶏ガラでダシもとってるのよ。最近の流行りにのって、背脂たっぷりにしようかしらってお肉屋さんに相談したら、『おかめ堂さんは、そのままがいいです』って止められちゃった(笑)」。

■ 工夫をしながら「まだまだ続けたい」

「おかめ堂」には鯛焼き、ラーメンと並ぶ人気メニューがまだある。「タコ焼き」(450円)、「お好み焼き」(並400円〜)、「焼きそば」(並400円〜)だ。これらは創業当時からあるもので、その道で20年商売をやっていた人が、一緒に働きながら作り方を教えてくれた。いずれも「ラーメン」と同じく化学調味料を使用しない手作り。「関西から引っ越してきた子が『大阪でタコ焼きたくさん食べてきたけど、おばちゃんの店のたこ焼きは絶品ですよ』って、かわいいこと言ってくれたのよ」と、淑子さんは頬を緩ませる。

メニューの工夫にも積極的で、お好み焼きにはチーズをのせた「和風ピザ」(500円)、タコ焼きには錦糸玉子をのせた「モダンタコ焼き」(500円)、唐辛子を使った「ピリ辛タコ焼き」(500円)がある。これらは「おかめ堂」でしか食べられない味として、多くの常連客から愛され続けている。

4人の孫を持つ淑子さんだが、小さいころから通ってくれた地元の子どもは、みんな孫のようなものだと元気な笑顔を見せる。「近所で育って、東京で就職した子が、名古屋に来たときに連絡をくれてね。『まだやってる?』って来てくれて。それが嬉しいから、まだあと10年は店を続けたいと思ってます。同年代の友達からは驚かれるけどね」。【東海ウォーカー】(東海ウォーカー・加藤山往)

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