大学教授が明かす奥深い歴史! 戦後日本の食卓を救った“ピーマン”に驚きの声

大学教授が明かす奥深い歴史! 戦後日本の食卓を救った“ピーマン”に驚きの声

苦いのにピーマンが食卓に並ぶワケ

食卓に並ぶ定番の緑色野菜“ピーマン”。独特な苦みで子どもが苦手な野菜として挙げられるものの、さまざまな料理に活用される万能な面を持っています。普段何気なく口にしているピーマンですが、食卓に登場したのはいつ頃なのでしょうか?

■ 大学教授が明かすピーマンの“歴史”

7月20日放送の「チコちゃんに叱られる!」(NHK)では、「なぜ苦いのにピーマンを食べる?」という疑問を追及。街頭インタビューでは「栄養がありそうだから」といった声が聞かれましたが、番組が用意した答えは「戦後の日本を救った偉い野菜だから」というものでした。

お茶の水女子大学教授・森光先生へのインタビューによると、ピーマンは中南米が原産で“ナス科トウガラシ属”の野菜。大航海時代にコロンブスがヨーロッパに持ち帰ったことで広まったそうです。

品種改良が行われたピーマンは明治時代には日本に輸入されていたものの、実は昭和初期でも説明が必要なほど馴染みのなかった野菜。そんなピーマンが注目を浴びたのは第二次世界大戦後で、物価統制により深刻な“モノ不足”に陥ったときのこと。“無名”に近いピーマンは規制に含まれず、不自由することなく流通できたという歴史がありました。

また森光先生はピーマンが戦後に広まった理由について、「多産・多収穫」であることや“青い野菜を食べたい”という「青物信仰」もあるとしています。諸説あるものの意外と知られていないピーマンの歴史に、視聴者からは「確かにピーマンのこと何ひとつ知らなかったから勉強になるなぁ」「ピーマン嫌いの子どもが食い入るように見てたから次の夕飯ピーマン料理にしようかな」「ちょっと苦手な野菜だけど、奥深い歴史を知ると見方が変わってくるね」といった声が続出しています。

■ カレーの風味を効かせた「ピーマンボート」

戦後に広がった野菜として、ピーマンはどのようなメニューで使われているのでしょうか? ここからはピーマン料理のレシピを紹介していきましょう。

まずは「ピーマンボート」の作り方。ピーマンは縦半分に切り、玉ねぎは水にさらして軽くもんで水けを絞ります。きゅうりは縦に十字に切って5mm幅にカット。さらに汁をきったツナ缶とマヨネーズ・カレー粉・塩・こしょうのドレッシングを加え、ピーマン1切れに詰めたら完成です。苦みが苦手な人は、切ったピーマンを電子レンジでラップをかけず1分加熱。粗熱をとり、冷蔵庫で約10分おいてから具をつめてくださいね。

■ カラリと揚げた食感が楽しめる「ピーマンのかき揚げ」

お次は「ピーマンのかき揚げ」。ピーマンは縦半分に切って縦細切りにし、さくらえび、小麦粉とともにボウルに入れてさっと混ぜましょう。別のボウルに小麦粉と冷水を入れて溶いたら、先に合わせていたピーマン・さくらえびを投入。中温(170℃)の揚げ油に食べやすい大きさにすくって入れ、返しながらカラリと揚げたら完成です。

ピーマンは工夫次第でどんな料理にもマッチ。ひと手間加えたレシピなら、ピーマン嫌いの子どもおいしく食べられるかも!?(レタスクラブニュース)

この記事の続きを読む

関連記事(外部サイト)