新潟駅「小鯛寿司」(1050円)〜駅弁屋さんの厨房ですよ!(vol.19「新潟三新軒」編(2))

【ライター望月の駅弁膝栗毛】

E653系電車・特急「いなほ」、羽越本線・今川〜桑川間

日本海に浮かぶ周囲23Kmの島「粟島(あわしま)」。
新潟県岩船郡粟島浦村には、およそ370人の方が暮らしています。
漁業で生計を立てている方が多く、初夏には鯛がよく獲れると言います。
この粟島を横目に、景勝地・笹川流れを進むのは、E653系電車の特急「いなほ」号。
今回は、こんな景色を思い浮かべていただきたい駅弁のエピソードを伺います。

新潟三新軒・遠藤長繁社長

「駅弁屋さんの厨房ですよ!」のシリーズ19弾は、JR新潟駅を拠点に駅弁を手掛けている「株式会社新潟三新軒」に注目していきます。
現在、その舵取りを担っているのは、遠藤長繁(えんどう・たけしげ)社長。
昭和51(1976)年の早生まれで、ライター望月とは同じ学年。
駅弁屋さんの社長さんだけで、プロ野球選手のような「昭和50年会」ができそうなくらい、偶然にも、同世代の社長さんが多いんですよね。

<株式会社新潟三新軒 遠藤長繁(えんどう・たけしげ)社長・プロフィール>
昭和51(1976)年1月14日生まれ、43歳。
遠藤家は、初代・長吾(ちょうご)、二代・長彦(たけひこ)、三代・長繁(たけしげ)と、「長」の字を通字として受け継いでいる。
東京都内での会社員勤めを経て、平成14(2002)年、新潟三新軒入社。
「村上牛しぐれ」を発売した平成20(2008)年、お父様が亡くなり、3代目社長に就任する。

新潟駅(万代口)

●新潟駅と共に63年!

―「新潟三新軒」のルーツを教えて下さい。

新津(現・新潟市秋葉区)にある「三新軒」が、元々のお店です。
三新軒は、昭和3(1928)年創業で、新津のほか新潟、新発田(しばた)に営業所を持っていたので、3つの「新」で、三新軒になったと云われています。
この新潟営業所から、昭和31(1956)年に祖父が独立して「新潟三新軒」となりました。
遠藤家とその親族で“のれん分け”をし、その後はそれぞれの道を歩んでいます。

―当時は、どんなものを販売していたんですか?

昔は、幕の内などの駅弁の他、雑貨・パンなどの販売も行っていたと聞いています。
一般家庭にいまのような冷蔵庫もなかった時代ですので、「氷」も販売していたそうです。
三新軒の各営業所には、それぞれの名物駅弁と呼べるものがあったと言います。
「新潟三新軒」には、いまも三新軒・新潟営業所時代からの駅弁があります。
それが、昭和26(1951)年発売の「小鯛寿司」(1050円)です。

小鯛寿司

●冷蔵技術が未熟な時代に工夫を重ねて作った、画期的なにぎり寿司駅弁!

―昭和20年代で「にぎり寿司」って、かなりのチャレンジではありませんか?

祖母から聞いた話では、当時は普通、にぎり寿司を駅弁にはできなかったと言います。
保存性を高めるべく、鯛を甘酢に漬け、酢飯との程よいバランスを目指して開発しました。
いまの緑色のパッケージになってずいぶん経ちますが、昔の折に入っていた時代も、笹のようなフィルムが見受けられますので、新潟らしく笹でくるんだお寿司ということで、あのデザインになっているのではないかと思います。

―ちょっぴりレトロな雰囲気がいいですよね?

「小鯛寿司」の作り方は、いまも(冷蔵技術が未熟だった)当時のものを踏襲しています。
最近のお客さまからは、「酸っぱい、酸っぱすぎる」というお声を頂戴することもあります。
もちろん、時代、世代によって、味覚の好みも変化するという点は承知していますが、「この味が好き!」とおっしゃって下さるお客さまも多くいらっしゃいます。
(創業以来の伝統の味を残していくという点からも)、この味を守っていこうと思っています。

小鯛寿司

●国産の「春子(カスコ)」にこだわり、伝統の味を継承!

―「鯛」へのこだわりもありますか?

国産の鯛にこだわって作っています。
使っているのは、「春子(カスコ)」と呼ばれる真鯛系の鯛の稚魚です。
いまの市場は落ち着いていますが、年々(魚介類の)仕入れが厳しくなっているのは確かです。
安定して仕入れることができず、私が社長になってから、一時期お休みしたこともあります。
「にぎりずし」のため保存期間が短く、輸送できませんので、いまは「新潟駅限定」の駅弁です。

(株式会社新潟三新軒・遠藤長繁社長インタビュー、つづく)

小鯛寿司

八角の折に、鯛のにぎり寿司が7カン、奈良漬の海苔巻きが4つというシンプルな構成。
緑の包装とふたを開ければ、少し強めの酢の香りが感じられ、歴史ある駅弁であることと、この70年の冷蔵技術の進歩を教えてくれます。
駅弁ながら、フワッとしたシャリの食感が楽しめるのも珍しいもの。
一杯やったり、ガリでアクセントを付けながらいただいていくのがよさそうです。

E653系電車・特急「いなほ」、羽越本線・勝木〜府屋間

「当時、このような新名物を開発できたことも、三新軒の各営業所が独立してやっていけるという流れになったのではないか」と分析している遠藤社長。
そんな新潟の駅弁文化史的にも意義深い駅弁がいまも毎日、一定数作られて、新潟駅売店に並んでいることが、とても嬉しいものです。
「駅弁屋さんの厨房ですよ!」第19弾・新潟三新軒編、次回に続きます。

駅弁 望月崇史 ライター望月 駅弁膝栗毛

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