サイゼリヤはイタリア人も好き!?【ヤマザキマリ×マキタスポーツ対談】

 イタリアに暮らし始めて35年、胃袋で世界とつながった経験を美味しく綴った『パスタぎらい』(新潮新書)が好評発売中のヤマザキマリさん。大流行した「10分どん兵衛」など、独特の方法で“食”を追求している、自称「食にスケベ」なマキタスポーツさん。いわゆる“グルメ”ではないマンガ家と芸人が、それぞれの経験をもとに、味覚のふしぎな嗜好性や驚くほどの多様性、「食通」への違和感などをたっぷり語ります。


■山梨は日本のイタリア!?


マキタ 『パスタぎらい』面白かったです。僕もよく食べ物について書いたり、話したりしますが、何をどのように語るか、なかなか難しいジャンルですよね。でも、ヤマザキさんのこの本は、読んですぐにこの人とは肌というか舌が合うなと思いました。

ヤマザキ ありがとうございます。長くイタリアに住んだ経験をもとに書くとなると、「イタリア料理がいかにすばらしいか」とか薀蓄を求められがちですが、そんなことを書くつもりは最初から全くなくて。あげく、タイトルは『パスタぎらい』という(笑)

マキタ 「イタ飯」は、今でも日本では特別な料理と思われていますからね。

ヤマザキ 食に限らず、いまだに私は「日本のイタリア」に適応できていない、というか違和感があるんです。イタリア料理の日本人スタッフが「ペルファヴォーレ!」なんて言っているのを聞くと「うん?」と思うし、クルクルとグラスを回してワインの香りをうっとりと嗅ぐなんて、イタリアの、少なくとも私の周りではしている人を見たことがありません。普段は、近所の酒屋にあるワイン樽から自前の瓶に直接注いで持って帰り、コップに注いで、うまい、うまいとガブガブ飲むだけ。産地がどこかもわからない。

マキタ それ山梨と一緒ですよ(笑)。山梨は国産ワインの発祥地で、子供の時によく大人が飲んでいるのを見ていましたが、みんな一升瓶にワインを入れてました。それもグラスじゃなくて、湯呑み茶碗で飲む。

ヤマザキ イタリアもそんな感じです。

マキタ 凄い。イタリアと山梨がつながっちゃった。

■「サイゼリヤ」はイタリア人も満足!?


ヤマザキ そもそもイタリアのレストランは、オシャレして行くようなところは都市の一部にしかなくて、たいていは家族や友人とワイワイしながら行くところ。

マキタ 家族でサイゼリヤに行くようなものですか?

ヤマザキ そうそう。日本に旅行したイタリア人に「何が美味しかった?」と聞くと、多くの人が「イタリア料理」と真顔で答えますからね。サイゼリヤにも、きっと満足するはず。

マキタ それって、もし僕がイタリアに行ったとして、一番美味しかったものは「吉野家」や「てんや」だったと答える、みたいなものですよね?

ヤマザキ 近いですね。富士そばとかね。だから、間違いなく日本人は器用なんですよ。外来の食文化をカスタマイズして、かつ、本場の人間にも好まれる味にしちゃうという意味でも。

マキタ サイゼリヤがイタリア人にも喜ばれるだろうというのは、ありがたいけど少し複雑ですね。僕は「真イカのパプリカソース」が好きだったのですが、最近になってメニューから消えちゃったんです。イカの漁獲高が減ったのがその理由らしいのですが、それが残念で。とはいえ、僕はイカ自体には興味がない。

ヤマザキ えっ?

マキタ パプリカソースに用があるんです。僕は「タレ」全般に目がなくて。イカは家族に食べさせて、残ったパプリカソースを再利用する。

ヤマザキ リサイクル(笑)

マキタ はい。パンにつけて食べたり、他の料理に少しかけてみたり。ソースを全部きれいに片づけないと気が済まない。

ヤマザキ まるでイタリア人ですね。イタリアの血でも流れているんじゃないですか(笑)

マキタ だからでしょうか(笑)。たしかに映画の「ゴッドファーザー」を観ていても、グッと来るのはアメリカではなく、ドン・コルレオーネの故郷であるシチリア島のシーン。生まれ故郷の山梨を想起させるんですよ。僕が育ったのはブドウ棚がいっぱいある地域で、その風景とシチリアの田園風景が脳内でつながっちゃう。

ヤマザキ あの映画であの場面を気に入るということは、やはり前世はイタリア人だったかもしれませんね。


■パスタvs.ほうとう


マキタ そのシチリアの地元の人が食べている、例えばトマトの煮込み料理を見ると、山梨名物のほうとうを思い出します。

ヤマザキ ほうとう、好きですよ。

マキタ でも、山梨の人間にとって、ほうとうは恥ずかしい料理なんです。ヤマザキさんにおけるパスタじゃないけど、山梨の人間にとってほうとうは完全なる家庭料理で、店で千円出して食べるものではない。

ヤマザキ 「うどん」なのか「すいとん」なのか……微妙な料理ではありますよね。

マキタ そうなんです。すいとんを伸ばしてうどん状にしているんだけど、かといって「味噌煮込みうどんみたいなものですよね?」と言われると違う。うどんほど洗練されていない。うどんは粉を落としてから茹でるじゃないですか。でも、ほうとうは小麦粉が付いたまま煮込むので、結果ドロドロになる。

ヤマザキ その曖昧な感じが美味しいんだと感じるんですけどね。

マキタ 他県の人は、山梨に来たらほうとうを食べたいと言うのですが、地元の人間はできれば振る舞いたくないんですよ。他人様に提供するのは恥ずかしいという自覚がある。あくまでこっそりと家で食べるものであって、よそ行きの食べ物じゃない。

ヤマザキ それがまさにイタリアにおける「ランプレドット」(注:ギアラ[牛の第4胃]を塩味で煮込んだ料理)や「トリッパ」(注:ハチノス[牛の第2胃]をトマトで煮込んだ料理)ですよ。あれは主に労働者階級の人たちが好む料理で、決して高級レストランで食べるものじゃない。だからこそ私は大好きなんですが。

マキタ まさに下町の「モツ煮込み」なんですね。

ヤマザキ そうそう。もっと凄いのは、「パッパ・アル・ポモドーロ」。パンを千切ってトマトと煮込むだけのもので、いわば「パン粥」。トマトの煮込みの中に、パンがドロドロになって入っていて。ちょっと「ほうとう感」があるかもしれない。

マキタ それ、僕は絶対好きですね。

ヤマザキ 家にトマトとパンくずしかない、という時に作るもので、通常は他人様に提供するなんてあり得ない。わたしは他人様にも食べさせてましたけどね。

マキタ 山梨の人間の秘かな愉しみは、前日の残りの冷えたほうとうを温かいご飯の上にカレーのようにして掛けて食べること。上品な食べ方じゃないから、みんな外では言わないようにしています。見つかるとまずいんです。うっかり僕は番組で言っちゃったことがあるのですが、「そんな食べ方はしない!」と山梨の人に怒られました。みんな見栄を張って、隠したがる。

ヤマザキ でも、美味しいってそういうことだと思うんですけどね。


■「10分どん兵衛」vs.アルデンテ


マキタ 僕もそう思います。この「2日目のほうとう」が、自分の食べ物における原風景というか郷愁としてある。だから、同じ「うどん界」に属していたとしても、コシの強い派閥である讃岐うどんは、どうもしっくりこないんです。

ヤマザキ 讃岐うどんは、ある時期から一気に全国区になりましたね。

マキタ はい。以来、「うどんはコシの強いものが美味しい」が主流になって、僕みたいなドロドロのほうとうが好きな人間は肩身の狭い思いをしていました。

ヤマザキ わかります、わかります。

マキタ その気持ちが高じて、貧乏していた時代に秘かに開発したのが「10分どん兵衛」なんです。カップうどんにお湯を入れて、5分ではなくてその倍の10分待つ。そうすると、麺が伸び伸びになって、それはそれでうまい。

ヤマザキ わざとふやかして食べるのか。

マキタ はい。ほうとうも「10分どん兵衛」も、自分としては恥ずかしい食べ方で、積極的に喧伝するつもりはなかったのですが、数年前にポロッと言ったら想像以上にバズって、日清食品からも「新しい食べ方をご指南いただきありがとうございます」と感謝されました。

ヤマザキ 面白いですね。別に麺が伸びたって、それはそれで美味しいですからね。パスタも日本だと「アルデンテ信仰」があるじゃないですか。麺の中心に少し白い部分を残して茹でるのが、本場イタリアのやり方、みたいな。でも、イタリアでパスタを茹でて食べる時、アルデンテにすると、みんな「何このパスタ!? 硬えよ!」って怒ります。

マキタ アルデンテに讃岐うどん、ラーメンの「バリ硬」……何なんでしょうね、あの日本の麺文化における「硬め信仰」というのは。やたら「コシ、コシ」って、うるさいでしょ。

ヤマザキ もちろんパスタもブヨブヨのものよりはいいかもしれませんが、だからといって柔らかめの方が好きな人もたくさんいますからね。たしかに日本人の舌は繊細で、触感や喉ごしといったところまで配慮する細かい機微はある。それは認めますし、美点だと思います。でも、調理に失敗しちゃったものや不味いものに対しても、もう少し寛容になれたら、もっともっと凄いことだなと思います。

マキタ その通りですね。それは「10分どん兵衛」がバズった時にも感じました。「硬め信仰」に抑圧されていた人たちが「こんなにいたのか!」と、とにかく驚きました。

〈次回につづく〉

ヤマザキマリ
マンガ家。1967年4月20日生まれ。84年、17歳でイタリアに渡り、フィレンツェの国立アカデミア美術学院に入学。美術史・油絵を専攻。97年にマンガ家としてデビュー。2010年、古代ローマを舞台にした漫画『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞、第14回手塚治虫文化賞短編賞受賞。平成27年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。2017年には、イタリア共和国星勲章コメンダトーレ綬章。マンガ作品に『プリニウス』(とり・みきと共著)『スティーブ・ジョブズ』『オリンピア・キュクロス』など。文筆作品では『男性論』『国境のない生き方』『とらわれない生き方』『ヴィオラ母さん』など。

マキタスポーツ
1970年生まれ。山梨県出身。芸人、ミュージシャン、俳優、文筆家など、他に類型のないエンターテインメントを追求し、芸人の枠を超えた活動を行う。俳優として、映画『苦役列車』で第55回ブルーリボン賞新人賞、第22回東スポ映画大賞新人賞をダブル受賞。著書に『決定版 一億総ツッコミ時代』(講談社文庫)、『すべてのJ-POPはパクリである』(扶桑社文庫)、『越境芸人』(東京ニュース通信社)など。

デイリー新潮編集部

2019年10月5日 掲載

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