ご当地お菓子がずらり “元祖スイーツ男子”が太鼓判を押した一品は?

■見ているだけで至福


 食べものの写真を撮って記録する人は今では珍しくない。また、スイーツ好きを公言する男性も珍しくない。

 しかしながら、これが戦前の日本だとすると、かなり変わり者だったことだろう。「童画家」として名高い、武井武雄(1894〜1983)。「コドモノクニ」「キンダーブック」など児童向けの出版物で知られる彼は、昭和11年7月から昭和33年11月までの20年余りにわたって、日本全国の友人知人から送ってもらったり、自分自身で求めたりした各地の郷土菓子を美しい水彩画で記録し続けた。

 そこには時に辛辣なコメントが綴られ、入手した年月日、送り主の名前も記録され、さらに包み紙やパッケージ、ラベル、商標を貼り込んだページも設けられていたのだ。

 いわば元祖「スイーツ男子」あるいはインスタグラマーのような存在だったと言えるだろう。ただし、この記録『日本郷土菓子図譜』は市販されておらず、基本的に自分のためのものだったようだ。それでもさすがプロだけあって、商業作品としても十分通用する実に鮮やかな色使いのスケッチが収められている。

 そこに記録されたお菓子の中には、いまなお現役のものも少なくない。『日本郷土菓子図譜』を採録した『懐かしいお菓子 武井武雄の「日本郷土菓子図譜」を味わう』の中から、時代の荒波を超えて地元で愛されつづけているお菓子を味わい深いスケッチと共にご紹介してみよう。

■ネーミングの妙


 長く愛されるのには味が良いのはもちろんだが、ネーミングの妙というのも大きな要素ではないだろうか。その土地ゆかりの名産品や物語などから連想される美しい響きの名のお菓子には心惹かれるものがある。

 山梨県甲府市の「月の雫」は、新鮮な甲州ぶどうをひと粒まるごと白い砂糖蜜でくるんだ、その名のとおり可憐なお菓子。噛めばぶどうの甘酸っぱさが口の中いっぱいに広がる。ただし甲州ぶどうのある時期のみの期間限定販売なのでご注意を。

 茶人としても名高い松平不昧公の歌から命名したという島根県松江市の「若草」は、新緑を思わせる鮮やかな色彩が特徴だ。求肥の柔らかな口当たりが印象的な上品なお菓子。武井のスケッチでは、その緑の美しさが実によく再現されている。当時はレースペーパーをつけた紙箱にきっちりと収められていた。その様子はレトロで奥ゆかしい。

 ちょっとユニークなのは、「からすみ」という名の岐阜県東濃地方の伝統菓子。もちろんボラの卵のからすみのことではない。子宝の象徴である、高価で手に入りにくいからすみに似せて、米粉を蒸して作ったものだ。その味と食感は、武井によれば「江戸のすあま 諏訪の紅梅餅と似たり」というもの。さらに「切ると富士山になる」。縁起物らしく断面が富士山型になっているのが楽しい。

■包装に感じる“時代”


 パッケージにも注目してみよう。

 竹の皮に包んだ饅頭や、経木とよばれる杉や檜を削った薄い木にくるまれた羊羹に郷愁を覚える人も多いはずだ。ビニール等の袋で密封できるようになった現在ではなかなか見かけなくなってしまったが、わずかながら今でも変わらずにいるものもある。 

 栃木県日光市の「湯沢屋のまんじゅう」は自家製の糀と天然酵母でつくる本格酒饅頭。創業以来200年以上続く看板商品として、現在も経木で包装して販売している。

 経木と羊羹の相性は、昔も今も抜群のようだ。武井が「甘味良好」と記録した兵庫県明石市・藤江屋分大の「丁稚羊羹」は、まさにそのスケッチのままの商標、包装である。さっくりとした歯あたりで、甘さ控えめの優しい味が特徴。耳の部分が固くて日持ちの良い「古見屋の田舎羊羹」(岡山県真庭市)、佐賀県小城市の村岡総本舗が伝統の製法でつくる「小城羊羹」も、味に加えて経木にくるまれた昔ながらの風情を楽しめる。

■「郷菓中の郷菓」と太鼓判を押したのは?


 全国から郷土菓子を169品も集めた武井が「郷菓中の郷菓」と太鼓判を押したのが、福岡県南部の筑後地方で親しまれている「黒棒」。小麦粉と黒砂糖をこねて焼き上げた生地に黒砂糖蜜をかけて作る、たしかに見た目もきわめて素朴なお菓子だ。味の素朴さもぴかイチで、甘さの加減もほどよく、小腹の減った時のおやつに最適。

 福岡市の「博多名物 二〇加煎餅」も「郷菓中の郷菓」と呼んでいいだろう。郷土芸能の博多仁和加でつける半面を意匠にしたユーモア満点の煎餅。武井は「味特色なし」とつれないが、「箱も中身も面となる」とかなり面白がっていた様子がうかがえる。

 とにかく堅くて歯が立たない。飴のように舐めて食べよ、という「堅ボーロ」も、知る人ぞ知る、滋賀県長浜市の名物焼き菓子だ。生姜がきいたさっぱり味。白くて丸いボーロをころころと配して描いた武井のスケッチには「名の如く 石の如し 駄趣深きものなり」と愛情こもったコメントがつけられている。

『日本郷土菓子図譜』に記録された当時の菓子店は、戦争をはさんで廃業してしまっているところもある。それでも、別の店にそのお菓子が受け継がれていたり、復活されていたりと、愛され続ける名菓もある。長く残るお菓子の多くは、いわゆる添加物とは無縁で、材料に余計なものを使っていない。甘くて、堅くて、シンプルな味を守っている、健康食品と言えそうだ。旅先で和菓子店を見つけたら、ふらりと寄ってみてはいかがだろう。その土地だけの素朴なお菓子に出会えるかもしれない。

デイリー新潮編集部

2020年2月7日 掲載

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