50代の熟年離婚。「奥さんが夫に料理を作るのは当たり前」という主張に娘の強烈な一撃が

50代の熟年離婚。「奥さんが夫に料理を作るのは当たり前」という主張に娘の強烈な一撃が

「熟年離婚」する女性のなかには、熟年といわれる年齢になって初めてひとり暮らしをするケースも少なくない。

熟年といわれる年齢になって初めてひとり暮らしをする女性も少なくないのが、「熟年離婚」の特徴だ。

それに怖じ気づいて離婚できないと感じている女性もいる。その一方で……。


■ひとり暮らしが楽しい
「今まで自分のために時間を使うことなんてありませんでした。最初は戸惑ったけど、ひとり暮らしも3年目。今ではすっかり楽しんでいます」

そう言うのはチサコさん(57歳)だ。29歳で結婚するまで実家住まい、それから夫、子どもたちと暮らし、現在は生まれて初めてひとり暮らしをしている。

「48歳で起業したので、生涯、仕事を続けます。以前だったら休日でも早く起きる夫のために食事を作ったりしていましたが、それをしなくなったのが本当に楽。夕飯を気にせず、友だちと出かけられるのもうれしい」

共働きで生活していたが、家事の多くはチサコさんが担っていた。特に食事については夫は何もできなかったという。

チサコさんがどんなに忙しくても具合が悪くても、夫は「ふうん、わかった。で、オレのご飯は?」と言うタイプだった。

そのためにチサコさんは、出張をともなう仕事はずっと断ってきた。思い切って出張に出るようになったのは、子どもたちが中学生になってからだ。

「上の娘が『お母さん、もっと思い切って仕事をして』と言ってくれたのが14歳くらいのとき。『お父さんに遠慮する必要はない』と背中を押してくれたんです。そこから離婚という言葉も頭をよぎるようになりました」

自由に思い切り仕事をしたい。その思いが募って起業したが、夫は相変わらず「オレの食事は?」と言い続けてきた。夫は進化しないとチサコさんは悟った。支えてくれたのは高校生と中学生の娘たちだった。


■拗ねるようになった夫
起業してから夫は、わざわざチサコさんを困らせるようなことをするようになった。

「忙しいときに限って、『気に入ったワイシャツにアイロンがかかってない』とか、靴下が見つからないとか。そんなこと自分でやってよと思うんだけど、私もどこか遠慮があって言い出せない。

若いときから家事ができるよう教育しておけばよかったとつくづく思いました」

夫は「かまって」ほしかったのだろう。起業した妻を羨ましいと思いながら、その成功を素直に喜ぶことができず、拗ねていたのだ。

「成功というほどのことはないんです。ただ、信頼できる仲間と3人で仕事を広げていくのが楽しかった。

仕事のことを話しても、夫はあまり乗ってくれませんでしたね。最後には『きみは立派だね』と言い出して。嫌味にしか聞こえなかった」

時間も心もすれ違っていったのが、彼女が50歳になったころからだ。平日は食事の支度はしないと家族に宣言したとき、娘たちは平然と受け止めたが、夫はたらたらと文句を言った。

「ご飯くらいどうにかなるでしょ、大人なんだからと娘が言ったら、『お母さんはオレの奥さんなんだよ。奥さんが夫に料理を作るのは当たり前だろうが』と夫が怒鳴ったんです。

娘はしらーっとした目で父親を眺めて『意識変えたほうがいいよ』って。私は思わずクスッと笑っちゃったんですが、夫に睨みつけられました」

夫はこの言葉が相当堪えたようだ。家族でいる意味がわからないとつぶやいた。それでもチサコさんはその時点では離婚しようとは思っていなかった。

「ところが夫は、私が“いい妻”を降りたことに腹が立ったんでしょうね。そこから徐々に夫との関係が悪化していったような気がします」

決定的となったのは52歳のとき。夫が突然、家に母親をひきとると言い出したのだ。

「義母は1時間ほどのところに住んでいたんですが、義父が亡くなったのでその1年ほど前から義兄一家が同居するようになったんです。

でも、どうやら兄嫁と折り合いが悪かったみたい。それで夫が『うちで暮らせばいい』と言ってしまった」

相談もなしにそんなことを言われても困るとチサコさんは反発した。そもそも3LDKのマンション暮らしで、義母の部屋を作ることもできない。しかも昼間は誰もいないのだ。

「元気だからきみの会社で事務仕事をしてもらえば、と夫が軽い調子で言ったんです。そのとき、ああ、この人は私の仕事をきちんと認めてないんだなとわかった。それが離婚の決定的な原因かもしれません」

結局、その話は夫の勇み足だったこともわかり、立ち消えとなった。だがチサコさんの中で、離婚するしかない思いは強くなっていった。

「最終的に離婚を切り出したのは私です。夫の第一声は『どうして?』でした。

もういいよ、あなただって私を妻として失格だと思っているだろうし、この先、ふたりで一緒に生きていく気になれないと言うと、『男でもできたのか』と。そういうところだよ、と言いました」

彼女はすぐに家を出ると娘たちに告げた。すでに社会人となっていた長女、大学生の次女も同意し、3人で3LDKの部屋を借りることにした。離婚のやりとりは弁護士に一任したという。

「夫は調停にも出てこない、裁判も知らん顔。そのまま離婚となりました」

最後に夫に会ったとき、チサコさんは「今までありがとう。元気でね」と言った。夫は何も言わなかった。

「好きで結婚したのに、こうなったのは残念です。その後すぐ、長女は転勤で遠方へ行き、次女も就職して独立。ひとり暮らしになったんです。

娘たちと同居しているときもそれぞれ勝手にしていましたが、今は正真正銘、初めてのひとり暮らし。長い時間、私は夫の顔色をうかがってきたんだとよくわかりました」

私の人生、ここからスタートとチサコさんは明るい笑顔を見せた。

▼亀山 早苗プロフィールフリーライター。明治大学文学部卒業。男女の人間模様を中心に20年以上にわたって取材を重ね、女性の生き方についての問題提起を続けている。恋愛や結婚・離婚、性の問題、貧困、ひきこもりなど幅広く執筆。趣味はくまモンの追っかけ、落語、歌舞伎など古典芸能鑑賞。
(文:亀山 早苗(恋愛ガイド))

関連記事(外部サイト)