中学受験における東大「御三家」はもう古い? 大切なのは「偏差値以外」の教育的価値がある学校選び

中学受験における東大「御三家」はもう古い? 大切なのは「偏差値以外」の教育的価値がある学校選び

中学受験における「東大」にあたるような学校といえば、やはり思いつくのは「御三家」。しかし、偏差値だけに捉われていると、御三家以上に特色ある教育を取り入れる学校を見逃してしまいかねません。


■中学受験における東大!?「御三家」とは?
今春大ヒットしたドラマ『ドラゴン桜』(TBS)の主人公、桜木建二先生が、落ちこぼれ高校生たちを鼓舞するために放った名言「バカとブスこそ東大へ行け!」。世の中の「理不尽」を打破するために「東大卒」という“肩書”を手に入れろ、というのが桜木先生の教えだと考えられます。

では、中学受験におけるこの「東大」にあたる学校とは一体どこになるのでしょう。やはり思いつくのは「御三家」と呼ばれる学校群ですね。

「男子御三家」と呼ばれる学校は麻布・開成・武蔵。これとは別に、駒場東邦・海城・巣鴨という「男子新御三家」と呼ばれる学校もあります。「女子御三家」は桜蔭・女子学院・雙葉。「女子新御三家」は豊島岡・?友・吉祥女子です。

また「難関12校」と呼ばれる学校群も存在します。麻布・開成・武蔵・駒場東邦・慶應普通部・早大学院・桜蔭・女子学院・雙葉・フェリス・洗足・早稲田実業がこれに当たります。受験日が2月1日のワンチャンスしかなく、まさに中学受験生のトップ層がしのぎを削る戦いを繰り広げることから、このように呼ばれます。

上に挙げた学校はいずれも「最上位校」として、中学受験を志す子どもを持つ親なら、一度は憧れる学校なのではないでしょうか。


■御三家にあらずんば人にあらず?
中学受験塾の側でもこうした学校は「実績重点校」として掲げているケースが多く、最上位クラスの講師たちはみな「御三家にあらずんば人にあらず」とばかりに受験生(小学生)たちをたきつけ、煽情し、親たちを洗脳します。

有名中学受験塾の窓には「開成中〇〇名、麻布中〇〇名……難関中合格〇〇〇名!」と誇らしげに掲示されていますが、華々しい合格実勢の陰にはたとえば「麻布中志望者のA君は開成中第一志望にならないか、親を説得できないのか」といったことが話し合われているわけです。

親の側も塾に言われるがまま、月に10万円もする志望校対策を受講させたり、深夜1時2時になるまで子どもを勉強させます。下手をすると児童虐待にもなりかねないほど、親たちは「御三家」や「難関中」に傾倒していきます。

しかし、塾の先生たちが子ども達を「御三家にあらずんば人にあらず」と煽動すると、子どもの心を歪めてしまう危険性も出てきてしまいます。

偏差値というのは母集団によって大きく変動するものですし、そもそも“人間性”や“将来性”には何の関係もありません。高偏差値の学校を出た人間の中にも犯罪者になる者もいれば、学歴とは無縁の世界で生きてきた人の中にも立派な人はたくさんいます。

それなのに、その人のほんの一部を表す偏差値という偏った数値で評価を下すことに慣れてしまうと、“本当に有能な人”とただ“単にお勉強ができるだけの人”の区別がつかず、人生において大きな損をしてしまいかねません。

中学受験がもしこうした子どもたちを大量生産しているとするなら、私たち塾講師は自らの仕事について真剣に考えなければならないでしょう。


■偏差値以外の価値基準、特色ある教育を取り入れる学校
では「偏差値が高い」という価値基準以外に、学校選びをする判断基準はないのでしょうか。

現代は、生まれながらにしてデジタル機器に囲まれて生活している「デジタルネイティブ世代」が活動している時代であり、「ICT(情報通信技術)やIoT(モノのインターネット)」といった事柄に関する教育は欠かせません。また海外の大学に進学するには英語は欠かせない言語です。

実は偏差値だけに捉われていると、そうしたICT教育や英語教育において御三家よりも進んでいる特色ある教育を行う学校を見逃してしまうようなことがあります。

例えば、東京西東京市にあります武蔵野大学附属中では、英語と国語を組み合わせた「言語」の授業をスタートさせたり、高校では専門企業とタイアップしてWEBデザイン・ロボット工学・哲学対話などの特別講座を開設したりと、次世代型学習を模索する試みが進んでいます。

また、東京町田市にあります玉川学園中学では、10年以上前から英語教育の重要性を唱えて「国際バカロレアクラス」を設置、国際バカロレア機構(IBO)より2009年にMYPの認定、2010年にDPの認定を受け、国際的に評価の高いIBディプロマの取得も可能な日本で数少ない学校のひとつとなっています。

神奈川県横浜市にあります桐蔭学園中等教育学校では、「15歳のグローバルチャレンジ」という特別授業が行われます。

これは各生徒が割り当てられた日本以外の国の地理的特徴・文化・歴史などについて調査し理解を深め、担当国の「国民」として年度末におこなわれる「模擬国連会議」に参加し、与えられた問題の「全会一致の決議」を目指すというものです。単なる英語教育をグローバル教育と呼ぶ風潮が多い中、ここまで突っ込んだグローバル教育はなかなか例を見ません。

他にも多くの学校で、特色ある教育をおこなっています。偏差値だけにとらわれているとついつい見逃してしまうでしょう。


■偏差値の呪縛から解き放たれることが、明るい未来への一歩
ところでみなさんは「シンギュラリティ(技術的特異点)」という言葉を知っていますか?

2045年にはAI技術がどんどん進歩し、AI自らがより高いスペックのAIを開発していって、その能力が人間を超えると予測されているのです。簡単にいえば映画「ターミネーター」の世界ですね。今年10歳の子が35歳になったときにこの「シンギュラリティ」が起こるわけです。シンギュラリティを迎えた後の人々の生活は、現代とは一変しているでしょう。

そんな時代を生き抜かなければならない現代の子ども達に必要なことは、本当に偏差値教育なのでしょうか。高偏差値の子の方が生き抜けるとは限りません。もしかしたら自分の偏差値など気にしない、図太い精神の持ち主の方が生き抜けるかもしれません。あるいは余計な知識を持たない頭がまっさらな柔軟な発想の持ち主が生き抜けるかもしれません。

大切なことは私たち大人が、どんな未来がやってきても自ら人生を切り拓いていけるよう、子ども達を導いてあげなければならないということです。そのための教育をしてくれる学校であるなら、偏差値が高いとか低いとかもはやどうでもよいことです。

志望校について今一度考え直してみてはいかがでしょう。偏差値の呪縛から解き放たれることが、自由で柔軟で明るい未来への第一歩だと私は信じています。
(文:宮本 毅(学習・受験ガイド))

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