「最小で最強」のムラ社会、地域医療崩壊の救世主になり得るか?

「最小で最強」のムラ社会、地域医療崩壊の救世主になり得るか?

芸者置屋の掟

この1週間は「ムラ社会」という言葉を想起させるニュースが多かった。

日産・西川社長の役員報酬「不正かさ上げ」問題と辞任劇、かんぽ生命保険・日本郵便の不正販売問題、そして不祥事ではないが第4次安倍晋三「再」改造内閣人事。財界や政界・官界の「村の掟」が複雑に絡み合うような、「ムラ社会色」の濃い報道が相次いだ。

いずれも老犬なりの遠吠えをしたくなるような出来事ではあるが、僕の遠吠えが多少なりとも近く響きそうなのはやはり医学界、医者の世界でのムラ社会の話だろう。

白い巨塔と黒い巨象

医者の世界での「ムラ社会」と聞いて、医師会や学会を連想する人もいるかもしれないが、大学病院を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。若い人には恐らくテレビドラマの方が馴染みのある、山崎豊子の小説「白い巨塔」で描かれた世界だ。

この小説が単行本として出版されたのは僕が8年ぶりに帰国して東大の医局に戻った翌年、1965年のこと。元は続編も含めるとその前後数年間にわたり連載された週刊誌の人気小説だった。

今になって思い返すと当時の医学界の腐敗が実にリアルに描かれた社会派小説だったが、当時の僕はインターン修了直後に東大の医局、第二外科に籍だけ置かせて貰い8年間の「幽霊医局員」状態から復帰したばかり。この小説の存在は知っていたし、目にしたこともあったが僕自身は当時、この小説に特別興味を持たなかった。この小説が追及する問題とはある意味で別次元の、日米の医学界・医療現場の「常識・非常識」などカルチャーギャップの真っ只中で手術に明け暮れる毎日だったためかもしれない。

この小説で重要な舞台になったのが「医局」であり、問題として浮き彫りになったのは時に「黒い巨象」のような存在にもなる医局制度だった。

「医学部と医局」は「薬学部と薬局」の相似形にあらず?

近年の医療ドラマブームのおかげもあり、さすがに医学における「医局」がいわゆる「薬局」のような存在ではないことは一般的に理解されているだろう。とはいえ、仮に薬局を「薬学部で学んだ薬剤師が患者と接点を持つ前線基地」に例えた場合、医局を「医学部で学んだ医師が患者と接点を持つ前線基地」としてもあながち間違いではない。

30〜40代以上なら記憶している人が多いと思うが、1990年代に当時の厚生省が医薬分業を積極的に進めるようになるまで、処方薬は病院内の薬局で処方されるのが一般的だった。このため、総合病院の院内薬局、特に大学病院の場合、薬局と医局は相似形といえる面もある。

だが決定的に違うのは人事面での影響力と影響範囲だ。医局は、大学教授を頂点とする「診療科」という専門分野ごとのピラミッド。その大学内や大学病院内のみならず全国津々浦々の総合病院をはじめとする提携先医療機関の医師の人事権を実質的に握ってきた。正確には、教育機関である大学側は医局ではなく「講座」だが、医学部講座と大学病院診療科が実質的には一体化しているためまとめて医局と呼ばれることが多い。元はといえば、明治時代に輸入されたドイツの「医局講座制」が起源で、彼の地では1970年頃に消滅した制度だが日本では独自のスタイルで存続している。

大学病院内の個々の医局は、提携病院に医師を送り込む人材派遣会社のような機能を持っているだけでなく、その派遣先の人事権まで握る形でその病院を医局という運命共同体に組み込むようなピラミッドの頂点にある。大学医局は、15年前に必修として導入された臨床研修制度の影響により大学によってはかなり弱体化したという話も聞くが、基本的な構図は今も変わらない。それよりも先に弱体化が進んでしまったのは地方・地域の医療体制の方だ。

地域医療の危機

なぜ地方や地域の医療体制の弱体化が進んでしまったのか。

現在の臨床研修が導入されるまでは、研修医の大半が大学の医局に入り、大学病院や各地の関連病院で研修を重ねることで地方に医師が行き渡っていた。だが、臨床研修の必修化とともに導入された、研修医と研修先となる医療機関のマッチングシステムにより、研修医は医局に入ることなく研修先を選ぶことができるようになった。

当然のことながら、一部の地方病院を除くと大都市圏や都市部の病院に研修医が集中するようになり、地方によっては一般病院だけでなく大学病院までもが医師不足に陥るような事態になった。

その後、医師偏在を防ぐため多少のルール変更が行われたようだが、人材不足に悩む多くの地域病院にとっては焼け石に水だとも聞く。また、大学医局に所属せず「外の世界」を早い段階で知る医師が増えたことが時には大学医局の人材不足にもつながり、そのような医局が地方の病院に派遣していた医師を呼び戻すことが地域医療の弱体化に拍車をかけるケースもある。

医局制度にはさまざまな弊害があるが、必要悪という側面も大きかった。その「必要」部分の温存なり代替策が不十分なまま、結果的には「悪」の部分の改善策がバランス悪く進んだことで地域医療の危機的な状況が深刻化したことは否めない。医師という人材の流動化がコントロール不可能な状態で進んでしまった流れを今になって逆行させるのは無理だが、流れる方向を変えて崩壊や決壊を食い止めることはできるはずだ。ただそのためには地方医療や医学教育に限らず、日本の医学・医療をどのように発展させるかという国家レベルのビジョンが必要だ。だが、数十年前から予見可能だった少子高齢化問題の場合と同様、残念ながらそれが見えてこない。

ところで、僕は長年、医局を芸者の置屋に例えてきた。

大学医局は芸者置屋の相似形

大学教授を頂点とした医局制度は、病院間の関係として眺めると今や崩壊しつつある自動車業界の「ケイレツ」に通じるものがある。だが、教授と所属医師である医局員たちとの関係という見方に切り替えると置屋の方が似ている。

芸者を抱える置屋の女将は所属する芸者たちに対して絶大な権力を握っている。女将は三味線や唄などの師匠であるだけでなく日々の生活や人生の師としても芸者を教育・指導し、芸者は女将の指示のもとさまざまな座敷に派遣され芸を披露する。技術を磨き成長した芸者はやがて女将の跡を継ぐか、のれん分けさせてもらい新たな置屋の女将になる。言葉を「教授」や「医局員」に置き換えるとこれこそ相似形だ。

医局は医学界の中のムラ社会としては最小単位ながら最強かもしれない。いや、最強だったかもしれない。その弊害も多かったが、指導者の人格や統率力、「跡取り」の選び方や任期、そして「村の掟」と国・地域など「村の外の掟」との整合性の取り方によっては、地域医療崩壊を食い止める存在としてまだ力を発揮する余地があるのではないだろうか。

[執筆/編集長 塩谷信幸 北里大学名誉教授、DAA(アンチエイジング医師団)代表]

医師・専門家が監修「Aging Style」

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