「一重まぶたは生きづらい!?」 整形YouTuberの時代

「一重まぶたは生きづらい!?」 整形YouTuberの時代

二重瞼

今週は形成外科の基礎学術集会のため仙台に滞在した。夜、ホテルの部屋に戻りテレビをつけると、奇しくも画面に大写しされていたのは「一重まぶたは生きづらい!?」という文字。思わず見入ってしまった。

それはNHKの「?クローズアップ現代+」という番組。これまで美容整形に1千万円を費やしたという「整形YouTuber」なる若い女性が自身の手術歴を語っていた。

「一重まぶた」をめぐり炎上

番組ではそのユーチューバーの女性がネットで公開した手術中や術後経過の写真なども紹介されたが、番組のテーマとしては美容整形の実践的な話ではなく、ちょうどSNS上で炎上中だった「一重まぶた」を巡る事例や議論だった。

その炎上のきっかけとなったのは、「一重まぶたはかわいいと思う」という男性らしきユーザーのツイッター発言。その発言に至るまでの経緯は把握していないが、この発言に続き、「みんなもっと自信を持って」という親切なのか尊大なのか分からない一言を付け加えたことで、一重まぶたに悩む女性と思しきユーザーが猛反発したらしい。

曰く、「なにが一重まぶたはかわいいだ。私はただ二重まぶたになりたいだけなんだよ。お前らが良いと思っても私は嫌なんだよ。二度と口に出すな。」

「お前らが良いと思っても私は嫌なんだよ。」

この感情的な表現の是非はともかくとして、言わんとすることは僕のような美容医療に関わる医師にとっては永遠のテーマともいえる響きと重みがある。そして時には落とし穴にもなる。

話は今から55年前にさかのぼる。1964年の秋のことだ。

ニューヨーク州の大学病院で8年間の武者修行を終えた僕が日本に帰国して、古巣である東大病院で迎えた最初の患者は20歳の女子大生だった。鼻を高くしてほしいという彼女は美人というほどではなかったかもしれないが、日本人女性らしいかわいらしさがあり、その鼻の形や大きさは顔全体とのバランスもとれていた。その彼女に僕はこう尋ねてしまった。

「そのかわいらしい鼻をなぜみっともなくしたいのですか?」

数年後の僕ならもう少しまともな言葉をかけることができたはずだが、当時の僕は8年ぶりに日本の土を踏んだばかり。アメリカでは、事故などにより損傷した場合の再建手術のほか、美容目的で鼻を小さく低くすることはあっても高くすることはめったになかった。

からかわれたと思ったのか、あるいは侮辱されたと思ったのか、彼女は憮然として診察室から出て行ってしまった。

この一件は浦島太郎のような僕にとって、帰国早々に受けた「お前が良いと思っても私は嫌なんだよ。」という洗礼だった。彼女はそんな捨てゼリフこそ吐かなかったが、僕の診察室には戻ることはなかった。

さて、「一重まぶたは生きづらい!?」に話を戻そう。番組では、ネット上のメッセージや街頭インタビューで寄せられた声として、一重まぶたや他の外見上の悩みや差別、それに対する意見などが紹介された。中には日本の将来を憂いたくなるような価値観から出たものもあったが、少し救われる思いがしたのは、意外なことに前述の整形ユーチューバー女性の言葉だった。

「一重まぶたは生きづらい!?」

中学時代から自分の顔にコンプレックスを抱き続けてきた彼女が初めて美容整形を経験したのは18歳の時の重瞼術、まぶたを二重にする手術だったそうだ。その後、二重の幅をさらに広げる手術をしたが、今はいわゆる「奥二重」にまで戻した。

その道のりを経て、自分の思う「美しい」が世間が言う「美しい」とは違っていたことに気づき、一重まぶたの「呪いが解けた」のだという。まぶた以外の部位の呪いは解けていないのかもしれないが、一つの山に登り、その頂上から下界や他の山々を眺めたことで、ある満足感とともに気づきを得たということだろう。

僕が日本に戻ってきた1960年代当時、日本の美容整形の世界は想像を絶するような無法地帯だった。手術ミスや合併症などで表面化や事件化したものもわずかながらあるが、美容医療の場合、命に関わるようなトラブルは稀だ。大半は時間や時代の流れの中に埋もれていった。僕はアメリカで顔面をはじめとする再建・修復のための形成外科手術を多く手掛けていたということもあり、帰国後は美容整形後の不満や問題を抱える患者のため、修復手術を行うことも多かった。「美容整形患者」になるだけのつもりで最初の一歩を踏み出したであろう人が、僕と出会う時には再建手術のための「形成外科患者」になっていたことも少なくない。そして残念ながら、そのような事例は今も多い。

今や厚労省の医療機関に対する広告規制は焼け石に水と言っても良いほど、個人による情報発信の手段は多様化している。裏で企業や医療機関と連携した手法も多いという。見た目のコンプレックスや差別による「生きづらさ」を美容医療で克服した人たちがネットで積極的に情報発信することは必ずしも悪いことではない。ただ、美容医療に限らず医療には必ずリスクが伴うため、それが新たな「生きづらさ」を生む可能性は常にある。また、発信された情報に影響を受けた人が無用なリスクを不用意に抱えてしまう可能性もある。

ネットで影響力のある人たちがこのようなことも念頭に情報発信してくれることを願っている。

[執筆/編集長 塩谷信幸 北里大学名誉教授、DAA(アンチエイジング医師団)代表]

医師・専門家が監修「Aging Style」

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