リオ五輪、ずさん運営で大混乱…それでもリオ市民は親切&楽しすぎて「最高」だった!

リオ五輪、ずさん運営で大混乱…それでもリオ市民は親切&楽しすぎて「最高」だった!

リオデジャネイロオリンピック開会式(「Wikipedia」より)

 9月18日に閉幕したリオ2016パラリンピック。8月5日より行われたリオ五輪に続き、ブラジル・リオデジャネイロを舞台に行われた競技大会はすべて幕を閉じた。

 国や都市の印象は、結局のところ、その地で出会った人々の印象によるところが大きい。祭典や儀式もしかり。ましてや訪れる機会、催される機会が少ないとなおさらである。そういう意味では、リオ五輪・パラリンピックは成功したといっていいのではないだろうか。

●人材不足となった五輪運営

 財政悪化にあえぐリオデジャネイロ市は五輪開幕前の7月、競技運営費を当初の計画より35%削減すると発表。その影響がもっとも表れたのは、ボランティアだった。

 約24万人の応募の中から選ばれた7万人のスタッフが任務に就くはずだったが、削減に伴い、約5万6000人の人員に縮小されることとなった。さらに、人数が減ったことでボランティア1人当たりの負担が増え、きついスケジュールや、十分な業務サポートが受けられないといったことが原因で、1万5000人が途中で離脱したと伝えられている。

 実際、どの会場でもボランティアの人員が不足していたのは一目瞭然だった。

 もっとも重要な、スタジアム内で座席の案内をする係などはどこもまばら。既存の競技施設ではスタンドの入り口や座席の通路番号などに案内板があるので、それほど困ることはなかったが、仮設のビーチバレーアリーナ、新設されたオリンピックパーク内の競技場では、座席やトイレの場所など、質問したいときに近くにボランティアがいないことが多かった。さらに英語を話せるスタッフが少なく、意思の疎通にも時間がかかった。

 飲食物の販売係の人員も大幅な削減にあったようで、面倒で手間のかかるチケット制での販売(飲食物のチケットを購入し、異なる場所でチケットと商品を交換する)だった。そのため、人員不足が如実に表れ、スタンドはガラガラでもビールを1杯買うのに10分、なかには1時間も並ばなくてはいけない会場もあった。

 そんな人手不足は、会場内だけではなかった。

 既報の通り、大きく4つの地区に分かれていた競技場だが、どの地区への移動にも、地下鉄やBRT(バス高速輸送システム)を複雑に何度も乗り換えないとたどり着けない。そのため乗り換え地点では迷う観客が多く、間違えて乗ってしまう人も少なくなかった。私も2度、間違えた。

 案内ボランティアがいないわけではなかったが、十分に対応できるだけの人員には達していなかった。また、駅から競技場までの道案内のボランティアも少なく、場所によってはまったくいなかったのだ。案内看板や五輪の垂れ幕、旗も削減されたこともあり、目印になるものもなく、不安なまま競技場まで歩くこともあった。

●不足をカバーした国民性

 2012年のロンドン五輪では、約7万人の大会ボランティアに加え、ロンドン市による観光ボランティア「ロンドン・アンバサダー」8000人が市内に配置され、会場内だけではなく、街の中のどこにいても、振り向けばボランティアがいるような状況だった。

 4年前のロンドンを思うとかなり戸惑ったことは間違いないが、このリオの様子にイライラすることもあきれることもなかった。それは、足りない部分は大きいが、その穴を補って余りあるものがあったからだ。

 前述したように、乗り換えを一日に何度も強いられ、地下鉄もBRTも駅も完成して数日というところばかりで、道に迷うことは多かった。しかし、道端でちょっと立ち止まってキョロキョロしていると、出勤途中のスーツ姿の女性が寄ってきて「どこへ行きたいの? それならあっちよ。楽しんで!」と声をかけてくれた。また、便利そうな地下鉄の路線図を持っていた若者に「それはどこでもらえるの?」と聞くと、彼は英語を話せなかったが意味は理解したらしく、その路線図を私の手に押しつけて、笑顔で去っていった。

 英語の話せるスタッフは少なかったが、個人的にはそれも問題とは思えなかった。

 7月に完成したオリンピック・シティー・ミュージアム(オリンピック・スタジアムに隣接)を訪れた際は、閉館しており開館日を聞いてもポルトガル語でしか返ってこなかった。そのうち上品な婦人や、子供を連れた女性らが集まってきて皆で私に説明してくれるのだが、片言の英単語も出てこないのでわからない。十数人が私の周りでどうするかを考えてくれ、英語の話せる警察官をわざわざ呼んでくれた。結局、オリンピックが終わらないとオリンピック・シティ・ミュージアムは開館しないというなんとも不可思議な話だったのだが、皆で肩をすくめ大笑いして帰ってきた。

 開幕前、五輪に対するブラジル人の興味はそれほどでもないと伝えられ、治安問題や経済問題、準備の遅れなどもあり国内外の事前の評判も芳しくはなかったが、無関心ではなかったようだ。「お祭りを楽しむことにかけては世界一」とブラジル人の友人が言うように、自分たちが楽しみたいというのもあっただろうが、世界中から来る人々を楽しませたいという気持ちもあったように感じた。どんな競技でも自国ブラジルに関係のない試合は、必ず負けているチームを応援する判官びいきもそのひとつの表れだと思う。

●運営から見えた五輪の開催意義

 設備的、運営的には近年の五輪のレベルに届いていたとはいえないが、リオ市民をはじめとするブラジル人のもてなしの心でそれをカバーしていた。元来持っている国民性や気質なのかもしれないが、逆にいうとそれがあれば、多少問題があっても五輪を成功させることは可能だということである。

 東京五輪でも大会ボランティア約8万人、東京都の都市ボランティアとして1万人以上の募集を行うことをすでに発表している。当然、公式のボランティアも大切だが、東京都民や市民がどのように国外からの観客を迎え入れるのか。リオを見る限りそちらのほうが重要である。リオで出会った人々は、五輪だから、外国人だから親切にしてくれたわけでは決してない。地下鉄に乗るたびに席を譲り合う光景を目にしたし、お年寄りや女性が大きな荷物を持っていると必ず誰かが運んでいた。

 4年後の東京で果たしてそれができるのか。いや、4年後の夏の約1カ月半だけできれば良いという話でもない。これを機にそのような文化が根付くことになれば、開催意義を見失いつつある東京五輪にひとつの意味を持たすことができるのではないだろうか。
(文=小崎仁久)

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