日本人の「噛む力」の弱まり、深刻な健康被害の恐れ…IQ低下や認知症リスク増大

日本人の「噛む力」の弱まり、深刻な健康被害の恐れ…IQ低下や認知症リスク増大

「Thinkstock」より

 食べ物をひと口食べたタレントが、さもおいしそうに「柔らか〜い!」と発した後、2〜3回だけ噛んで飲み込んでしまう――。グルメ番組でよく観るシーンです。本来「柔らかい」は食感のことで、味覚ではありませんが、“柔らかい=おいしい”はすっかり定着してしました。しかも悪いことに、柔らかい食べ物はよく噛みません。

 食べ物に柔らかさを求めるようになった始まりは、30年ほど前のことです。1980年代に噛めない子供が増えてきたと、幼稚園の現場や専門家からの指摘が相次ぎ、マスメディアでも取り上げられ、一時社会問題になったことがありました。ところが、その解決法は食品の軟食化でした。子供の好むお菓子メーカーをはじめ、食品会社や外食産業も柔らかさに重点を置いた食品開発に力を注ぎました。噛む力を鍛える方法よりも、食べ物を柔らかくして噛まずに済ませるほうへ進んでしまったのです。

 噛む力が弱くなると、さまざまな弊害が生じます。噛む筋肉や顎の骨が十分発達せず、歯並びの乱れや顎関節症の原因になります。弊害は口だけではありません。視力低下もそのひとつで、5歳児を調査したところ、咬合力が1キログラムにも満たない子供が「硬い」と感じた食べ物は、なんと「ほうれん草」でした。この子が中学生になった時の視力は0.2。一方、5歳の時に咬合力が47キログラムだった子供が中学生になった時の視力は1.5だったという調査結果が報告されています。このほかにも、よく噛まない子供はIQの低下につながるという実験結果も報告されています。

 噛む効用は子供だけでなく、よく噛むことによって顎が動き、脳に流れる血量も増え、脳神経が刺激されて脳が活性化するため、ボケや認知症の予防にも通じます。大人でも、よく噛む習慣が大切です。

 食事以外で、噛む回数を増やし、噛む力も身につくのがガムなのですが、そのガムを噛んでいる人を最近見かけなくなったと思っていました。そんな矢先に報じられた「週刊朝日」(朝日新聞出版/10月7日号)記事『“若者の「ガム離れ」 理由は“面倒くさいお菓子”だから?』によると、実際にガムが売れなくなっているようです。

 同記事の中でロッテの担当者は、「聞き間違いかと思いましたが、ガムを『硬い』と感じる若者が少なからずいて衝撃でした。我々が考える以上に、若者や子どもの噛む力が弱っている。噛むことへの意識が変わってきたのではないでしょうか」と嘆いていますが、そのロッテも2009年に柔らかいガム「噛むとやわらかロッテのフィッツ」を発売して自ら軟食化に加担しており、本末転倒です。

 軟食化が始まって30年の時が過ぎ、生まれたときから柔らかい食べ物に囲まれて育った“軟食ネイティブ”の噛めない若者が、ガムは硬くて面倒くさいと敬遠しても仕方ないのです。彼らの好きなのは、噛まずに食べられる「フリスク」や「ミンティア」といったタブレット菓子です。ちなみに、これらの商品の原料は人工甘味料と添加物です。食べ過ぎれば、噛まないだけでなく味覚障害も懸念されます。

 軟食ネイティブもすでに2世代目に入っています。噛まない弊害を避けるためには、親子で意識して噛む習慣をつけなければなりません。では、どのように噛む習慣をつければよいのでしょうか。

●よく噛む習慣を身につける方法

【乳児から幼児期】

・できるだけ長く母乳で育てる。母乳は乳首をよく噛まないと出ないので、自然と顎を鍛えることになる。乳歯が生え揃った時に、よく噛めるための準備期間でもある。ミルクの場合は、噛まないとミルクが出ないように人間の乳首を模したタイプを使うこと。

・離乳食はいらない。歯が生え揃わなければ噛めないのは当たり前。早い離乳食は噛まずに飲み込むことを覚えて、噛まない習慣が身についてしまう。胃腸などの消化器も固形物には対応できない。食物アレルギーの原因になるともいわれている。

・乳歯が生え揃う3歳以降は、柔らかいもの(ご飯など)でもよく噛むように、親が手本を示す。楽しそうにモグモグ噛んで見せれば、子供も真似をする。

・幼稚園以降は、料理の具材を大きくして、自然に噛む回数が増えるようにする。水やジュースで口の中の食べ物を流し込まないようにする。

・「早く食べなさい」とは言わず、食事は良く噛んで食べるものだと覚えさせる。

・親が楽しそうに噛む姿を常に見せる。

【小学生以降〜大人まで】

・1食に1回、ひと口分の食べ物の形がなくなるまで噛んで数を数えてみる。

・できれば「ひと口30回」を実践する。
 
・ガム(ノンシュガーのもの)で1日当たりの噛む総数を増やす。

●よく噛めば、さまざまな好影響がある?

 筆者は以前より、小中学校の昼食後の5時間目の冒頭15分位は、ガムを噛ませることを提案しています。眠気覚ましにもなるし、口腔内の清掃にもなるし、何より学習効果が上がります。一石何鳥もの効果が期待されるのですが、実践されたと聞いたことはありません。もし、これが行われ、10年、20年とその経過を追っていったら、健康度、学力などさまざまな面に好影響が表れるものと確信しています。

 健康を左右するのは食の質と量ですが、軟食化の時代にあっては、よく噛む習慣が能力の発揮やボケ防止などに結びつきます。

 よく噛む習慣は、何歳から始めても遅くはありません。年令に応じたよく噛む方法を実践してみてください。
(文=林晋哉/歯科医師)

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