世界の「クマのプーさん」が装い新たに登場! TPP、「著作権切れ」問題の影響は…

世界の「クマのプーさん」が装い新たに登場! TPP、「著作権切れ」問題の影響は…

『クマのプー』(作:A. A. ミルン 訳:森絵都、角川文庫刊)より

 世界的人気のキャラクター、「クマのプーさん」が生まれ変わった! A.A.ミルンの児童文学『クマのプー』が、『カラフル』『ダイブ!!』シリーズなどの小説で知られる直木賞作家・森絵都氏の翻訳と、「コロボックル物語」シリーズで人気の村上勉氏の名挿絵でよみがえった。6月17日に角川文庫から装いも新たに発行され、Amazonや楽天などのネット書店では一時期品切れとなるなど、好評を博している。

『クマのプー』は、クマのぬいぐるみである「プー」と森の仲間たちとの楽しい日常を描き、ディズニー映画の基にもなった、世代を超えて読み継がれている英国児童文学だ。大人になってからも読み返すたびに、「プー」をめぐる人々の温かさや優しさを思い出すという人も多いだろう。

 今回、角川文庫から出版された背景には、原作者A.A.ミルンの死去から60年が経過し、著作権の保護期間が切れたことがあげられる。出版社は常に、著作権が消滅するパブリックドメインを意識して、出版物発行の戦略を立てるもの。世界的なベストセラーで多くの人に愛読されているサン=テグジュペリの『星の王子さま』の著作権保護が切れた2005年にも、各社から新訳本が発刊され、一躍『星の王子さま』ブームとなったことは記憶に新しい。

 そのため、『クマのプー』も今後、各出版社から新発刊される可能性があるという。その中でいち早く発刊にいたったKADOKAWA文芸・ノンフィクション局、角川文庫海外文学の菅原哲也編集長は、各出版社から発行される可能性も示唆しつつも、「いろいろな方が翻訳し、さまざまなプーさんを読めることは楽しいと思います」と語る。

 だが、環太平洋パートナーシップ(TPP)協定が仮に発効・施行されていれば、国内外著作権の保護期間は50年から70年に延長されることになっていた。『クマのプー』の著作権保護期間も、20年間も延長されることもあり得たのだ。

「実は、確たる情報があったわけではありませんが、TPPについてはおそらく6月までには発効、施行されないだろうと予想していました。5月21日に著作権切れになる『クマのプー』も、このままパブリックドメインになるだろうと。見切り発車な一面もありましたが、TPPは遡及して適用されることはありませんから、本音はあまり心配していませんでした」と菅原編集長は予想、その上での発行であった。

 しかも著作権切れ直後となる6月は、夏休み前とあって小中学生の読者感想文の課題図書の需要を見込み、各社・各書店で文庫本フェアなどが行われ、名作文学・児童文学が1年間でもっとも活況となる時期でもある。タイミングのよい刊行となり、多くの小中学生が『クマのプー』を手にする機会となり、また新たな「プー」ファンとなっていくことであろう。


● “森絵都”訳の魅力とは

 角川文庫版『クマのプー』の新訳は、森絵都氏が担当。森氏は直木賞授賞作家でもあり、また多くの児童文学賞も受賞している人気作家だ。特に揺れ動く少年少女の心理描写は実に鮮やかで、多くの中高生からの共感を集める。そんな森氏が、今回は小さな子どもが読んでも楽しめる、ほのぼのとして、かわいらしく、生き生きとしたプーを描いた。原著者のA. A. ミルンが企図したオリジナルの世界を壊すことなく、また、日本で長く親しまれてきた『クマのプーさん』(岩波少年文庫)の石井桃子訳のエッセンスも継承しながら、現代の私たちにぴったりくる自然な訳になるように心がけたという。

「岩波版(岩波少年文庫刊/訳:石井桃子)と比較してもらえるとわかりますが、プーと少年の会話がフランクになっています。岩波版のプーは1940年刊行という時代性もあってか、主人に対するような敬語を使っていますが、森さんの翻訳ではリズムに乗った文体になっています。実は原文ではどちらにでも解釈可能なのです。

 翻訳も時代背景が異なれば、文体も変わっていくという事例ですね。岩波版の石井桃子さんの翻訳は名訳との誉れが高いものですが、約80年前なので、どうしても時代にあわなくなってくる部分も出てきます。森さんの翻訳も読みやすく、また現代人の感覚にあうように訳されていますので、違和感なくみなさまにお楽しみいただけると信じています」と、角川版『クマのプー』に自信をのぞかせる菅原編集長。

 何よりも大きいのは、「森さんがプーの物語が大好きであるということが、みなさまにも伝わったのだと思います」という。ただし、売れっ子作家である森氏。新作、続刊を待つ編集者・ファンは多く、翻訳を依頼する際には「文芸部門とすりあわせをしました」(菅原編集長)と、苦労もあったようだ。

 そしてイラストは村上勉氏が担当しているが、これには森氏の強い推薦があったという。原作のE.H.シェパードの挿画は、今でも多くの挿画家にとって、教科書となるようなものだけに、新たなプーさんを描くことは、挿画家にとっても大きなチャレンジとなる。依頼されたとして、尻込みしてもおかしくない。しかし、なぜ村上氏は引き受けたのか。

 村上氏は、「コロボックル物語」シリーズ(著:佐藤さとる/有川浩、講談社)ほか、数々の児童文学の挿絵を描いてきた児童書挿絵画家。

「コロボックル物語」シリーズは、作家の故・佐藤氏(17年2月死去)が、日本でも「プーさんのような物語」を描いてみたいと志し、創作したという。その「コロボックル物語」シリーズの挿絵を長年にわたり担当してきた村上氏だからこそ、新たな『クマのプーさん』の挿絵を描くというめぐり合わせに、縁を感じて依頼を引き受けてくれたのでは、と菅原編集長。


●ハリウッドも注目する“著作権切れ”する名作たち

 本が売れないと言われる昨今だが、一方で児童文学や学習漫画は好調で、人気の漫画家たちのイラストが表紙を飾る、角川まんが学習シリーズ『日本の歴史』は累計300万部を突破。また、「小さい頃から本への親しみを持たせよう」と、子どもの教育に力を入れる両親も多く、小学校や図書館では読み聞かせ会などが積極的に開催されており、各出版社とも児童関連は成長分野と位置づけている(KADOKAWAでも少年・少女向けノベルを発行するレーベル「角川つばさ文庫」を09年に新設)。

 現在、アメリカの離脱により、TPPは漂流中だ。したがって、国内外の著作権保護期間の延長も不透明となっているなか、20年に『長いお別れ』のレイモンド・チャンドラー、22年には『老人と海』のヘミングウェイといった、名だたる人気作家の著作権切れが控えている。

『ロミオとジュリエット』(13年)などのウィリアム・シェイクスピア作品が映画化されたが、近年のハリウッドでは脚本代が高騰したことも影響し、パブリックドメインとなった作品を原作として選択するケースが増えているという。クイーン、チャンドラーらの名作が映画でまた新たに登場する可能性は充分にありそう。

 児童文学の活況、そして脚本不足で悩む映画界と、パブリックドメインとなった名著たちの需要は大きそうで、新たなビジネスを創出するきかっけにもなる。『クマのプー』に続き、今後も著作権の保護期間が切れたかつての海外文学も装いも新たにする時が来るかも知れない。

「今は、ちょうど端境期で、次の著作権切れの本を出すことは未定です。ただ、メディアミックス戦略ではタイミングが重要で、いつどこで海外新訳・新刊本を出す機会をうかがっています」(菅原編集長)とのことだが、文学好きならずとも今後の動向に注目すべきだろう。
(文=長井雄一朗/ライター)

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