長時間化&人格否定横行の「部活」、無法地帯化が社会問題に…日本企業の文化との関係

長時間化&人格否定横行の「部活」、無法地帯化が社会問題に…日本企業の文化との関係

「Thinkstock」より

 ブラック企業やブラックバイトが社会問題となって久しい。しかし、過酷な環境が蔓延しているのは、大人社会だけとは限らない。特に最近、問題視されているのが、体調を崩すほどの長時間練習を強いたり生徒の人格を否定するような暴言を浴びせたりする、中学や高校の「ブラック部活」だ。

 昨年8月1日には、『クローズアップ現代+』(NHK)が「『死ね!バカ!』これが指導?〜広がる“ブラック部活”〜」とブラック部活の実態を取り上げ、今年1月にも朝日新聞社のニュースサイト「withnews」の「『この部活動は長すぎる!』ブラック練習、変えさせた父親の執念」という記事が話題になった。

 日本の中学や高校では、なぜブラック部活が問題となったのだろうか。

●部活は非行生徒を更生させるための手段だった?

「諸外国と比べても、日本の部活はかなり特殊です」。そう語るのは、体育学者で『そろそろ、部活のこれからを話しませんか 未来のための部活講義』(大月書店)の著者である中澤篤史氏だ。

「もちろん、『スポーツが青少年の教育に役立つ』という考え方は諸外国にもあります。しかし、アメリカやヨーロッパでは、部活よりも地域のクラブでスポーツをするほうが一般的で、学校に部活があるのはめずらしい。そして、学校に部活があっても指導者は教師ではなくて、専門的なコーチだったりします。もし、教師が指導する場合は当然、教師にはしっかりと手当がつきます」(中澤氏)

 中澤氏は、日本の部活の特徴として「学校教育と密接に結びつきながら、非常に多くの生徒と教師が部活に取り込まれている」という点を指摘する。

 実際、各種の調査結果を見ると、中学生の9割、高校生の7割がなんらかの部活動に参加していて、運動部活動に限ると、生徒の加入率は中学で7割、高校で5割を越えるという。

 部活がこれほど大規模に行われるようになったのは戦後から。戦前の日本では、部活は決して強制されるものではなく、教師も、部活に打ち込み過ぎる生徒を「勉学が第一」とたしなめる側だったという。

「しかし、1980年代に生徒の非行が問題となり、教育現場でそうした生徒をどう立て直すかが議論になったとき、ひとつの手段として取り上げられたのが部活でした。部活を通して、問題を起こす生徒の手綱を握り、また『授業には出てこなくても、部活では厳しく指導できる』といった学校側の狙いもありました」(同)

 80年代に放送されたスポ根ドラマ『スクール☆ウォーズ』(TBS系)、さらにスポ根マンガの『SLAM DUNK』(集英社)や『ROOKIES』(同)も、不良少年たちが部活に打ち込んで成長する姿を描いた作品だ。

 こうしたコンテンツの影響もあり、部活が子どもの教育に好影響を与えるという認識が世間一般に広がっていき、「教育のために部活に力を入れる学校がより増えていった」と中澤氏は語る。

●東京オリンピックで定着した「スポーツ=根性」

 部活が生徒の教育に有効だとしても、体調を崩すほどの長時間練習を行う必要はないはずだ。しかし、過剰な長時間練習を課したり暴言を浴びせたりする指導者がいるのは、なぜなのか。

 中澤氏は、その理由に、体育会系が好んで使う「根性」というキーワードがあると指摘する。

「スポーツの世界で『根性』という言葉が広く使われるようになったのは、64年の東京オリンピック以降といわれています。当時の日本人選手は、欧米の選手に比べると骨格や筋力の部分で劣っているように見えた。そこで、『外国人に体格や身体能力ではかなわないかもしれないが、気力で補えば勝てるはず』と、根性という言葉がさかんに使われるようになったのです(同)

 この東京五輪では、柔道、レスリング、体操、バレーボール女子、マラソン男子などで日本人選手が活躍し、日本は金メダル16個、銀メダル5個、銅メダル8個と、計29個のメダルを獲得する好成績を収めた。

 とはいえ、この結果が「根性」によるものだったかどうかは証明しようがなく、そもそもスポーツというのは「根性」だけで勝てるほど甘いものではないはずだ。

 ところが、これ以降、日本のスポーツ界で根性などの精神論が大きなウエイトを占めるようになり、同時に部活にも精神論が持ち込まれるようになったのである。

●ブラック部活がブラック企業を生んでいる?

 ブラック部活とブラック企業の問題には、「過酷な長時間練習(労働)」「指導者(経営者)による非科学的な精神論」という類似性がある。このため、日本の教育現場に長く根付いたブラック部活がブラック企業を生んだのではないか、との指摘もある。

 つまり、ブラック部活とブラック企業は地続きの問題という見方だ。

「確かに、外国人に日本の部活を紹介すると、『過酷な練習に耐えてきた部活経験者がそのまま社会に出たことで、働きすぎの日本社会をつくっているのではないか』と指摘されることがあります。ただ、ブラック部活とブラック企業の関係は、学術的にははっきりとわかっていません。

 一般に、部活と就職の関係もよくわかっていない部分が多く、『部活をしていれば就職に有利』という研究結果があれば、『両者は無関係である』という研究結果もあります。逆に、『部活をしているほうが、学業成績も下がり就職に不利になる』という研究結果もあります。

 明確な結論が出ない大きな理由は、『部活をする』と一口に言っても、どんなふうにどんな部活をするのかで、部活の意味や効果がまったく変わってくるからです」(同)

 明確な結論は出ていないようだが、中学生の約9割がなんらかの部活に参加している状況で、ブラック部活が日本の労働環境に影響を及ぼしていない、と言い切れるだろうか。

「もし、ブラック部活がひどい労働環境の温床になっているとすれば、問題ですね。現代の企業社会は、部活に励む生徒たちと指導する教師たちに、どんなことを期待しているのでしょうか。また、その期待は今の部活で果たされていますか? 一昔前の根性と体力勝負の企業戦士を求めるならいざしらず、今の時代のビジネス世界で必須の創造性やコミュニケーション能力が、ブラック部活と呼ばれる悪質な環境で培われるとは思えないのですが」(同)

 確かに、高度経済成長やバブル景気の時代には、部活の長時間練習によって長時間労働に耐え得る「根性」を養うことに疑問を持つ人は少なかったに違いない。しかし、企業側が社員に求める能力も変化していくなかで、非効率な「根性」一辺倒の労働環境は否定的に受け取られるようになった。さらに、社員が長時間労働で過労死してしまえば、電通のような大企業でさえ社会から糾弾されることになる。

 そういう意味では、今後の日本社会をつくっていく子どもたちの教育環境がブラック化していることに批判の声が上がるのは、当然といえるだろう。
(文=喜屋武良子/清談社)

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