「打倒・安倍政権」しか叫べない空虚な民進党…代表選も空虚な理念の言い合い

「打倒・安倍政権」しか叫べない空虚な民進党…代表選も空虚な理念の言い合い

「民進党 HP」より

「誰と組むかの前に、何をやるか」――。これは、みんなの党(当時)がよく使っていた決まり文句だ。

“安倍一強”を前にして、野党勢力の結集や新党の設立が叫ばれていた当時、数を集めること、とにかくまとまることが優先される風潮に対して、まずは理念や政策を優先すべきだが、政策が一致するからといってすぐに合流や合併をするのではなく、政策ごとに是々非々で臨み、その延長線上に政党間の連携(「政党ブロック」という言葉が使われた)や新党を想定すべきという考え方だ。

 二大政党制ではなく、多党制下での連立政権というのが世界的に見て圧倒的多数であることを考えれば、至極まっとうな考え方だ。残念ながら、みんなの党は「何をやるか」よりも「誰と組むか」を最優先にしようとして支持や信頼を失い、解党に至ってしまった。

 国民・有権者の関心が低く、冷めた目で見られていることで知られる民進党代表選は、まさに「何をやるか」よりも「誰と組むか」が論戦の中心になっているようだ。

「誰と組むか」とは、すなわち共産党と組むこと(選挙共闘)の是非、地域政党・都民ファーストの会や、政治団体・日本ファーストの会と組むことの是非である。そしてそれに関し、前原誠司氏、枝野幸男氏の両候補とも、理念と政策の一致を大前提として挙げている。

 しかし、まず共産党との協力については、自由党や社民党と共に次期総選挙で「できる限りの協力を行う」としているが、協議はまだまだ継続中だ。しかも「できる限り」であるから、すべての選挙区について一律にという話ではない。そうであれば、民進党新代表としての理念と具体的な政策が示されてしかるべきだが、「組む」ことの是非が前面に出される一方で、理念は曖昧なままだ。たとえば、前原氏は「All for All」を理念としているが、こんなものはキャッチコピーであって理念ではない。商品販売でキャッチコピーをコンセプトだと言い張るのによく似ている。政策は限定的に各論が述べられる程度で、これでは理念と政策の一致が前提以前の話である。

●理念がまったくない民進党

 次に、都民ファーストの会や日本ファーストの会との連携については、そもそも先方が理念や政策をこれからつくっていこうという段階だ。日本ファーストの会が今後どう化けるのか、海のものとも山のものともつかない段階で、連携などという話は出てきようがない。やはり、それよりも民進党新代表としての理念や政策が第一のはずだが、前原氏は日本ファーストの会がこれから立案する理念や政策に迎合しようとしているように見え、枝野氏は端から否定的な態度を取ることで予防線を張っているようにも見える。

 いずれにせよ、「何をやるか」が見事なまでにないがしろにされていることは確かだろう。そして政策不在か、少なくとも政策は二の次、三の次であることが見て取れる。

 無論、理念らしきものや政策の各論は限定的には示されている。

 たとえば、前原氏の“理念になっていない理念”については先に触れたとおりだが、同時に同氏は政権批判の受け皿、政権交替可能な政党を目指すことも掲げている。しかし、この主張はよく考えてみればおかしな話で、自分たち民進党がどうであるか、何をするのかが先にあって政権交替や、批判の受け皿となるべきところだが、それがない、もしくは曖昧なまま、政権交替可能な政党と掲げているのだから、自民党、特に現在の政権与党の存在と継続が前提となっている。

 これは「打倒安倍政権」「アベ政治を許さない」といったスローガンを旗印に、兎にも角にも現政権打倒を掲げて、その後のことへの意識が希薄な“反安倍勢力”と本質的には同じだ。つまるところ、「政権交替可能」の旗は立てつつも、あくまでも批判の受け皿として支持を集め、野党第一党の地位に安住できればいいと内心は思っているように見える。だから政策は二の次、三の次ということであれば、腑に落ちる。

 枝野氏にしても、「認め合い、寄り添い、支え合う」社会を目指すとしているが、この国をどうしていくのか、どのような社会にしていくのか、それを民進党としてどう引っ張っていくのかという基本的な考え方を示すべき理念としては、あまりにも空虚で貧弱であると言わざるを得ない。前原氏の理念よりはマシかもしれないが、“団栗の背比べ”だ。

 政策の各論としては、たとえば憲法改正を挙げてみよう。枝野氏は、その必要性自体について検討を進めるとし、前原氏は「立憲主義に立脚し、冷静かつ現実的に憲法を論議する」としているが、後者の主張は意味不明だ。大まかに前者は憲法改正に慎重、後者は前向きということはわかるものの、改正するにせよしないにせよ、その前提となる日本という国の在り方論にはまったく言及されていない。自民党がまだそこに至っていないところ、それを先んじて示せば、改正の要否にかかわらず議論を先導することができるが、示せないということは民進党にはそもそも国家観が不在であるということなのかもしれない。

 その他各論として、法人税の在り方、消費税率引上げ、国防・安全保障といったものも挙げられているが、それらに関する主張の根拠となる理念が曖昧なままでは、場当たり的かつ付け焼き刃なものにしか聞こえてこない。そうした場当たり的な対応、首尾一貫せず主張をフラフラ変えているように見える行動が、民進党への支持を低迷させ信頼を失ってきたというのに、それに気づかず同じことをやっているのであれば、政策に関しどのような主張をしても、本気としては捉えられず、話半分にしか聞いてもらえないだろう。

 だから、「何をするか」よりも「誰と組むか」を優先しているのだとしたら、民進党代表選は内輪の盛り上がりの、さしずめ“オママゴト”といったところか。
(文=室伏謙一/政策コンサルタント、室伏政策研究室代表)

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