【記者会見の質問で安倍官邸が東京新聞に抗議】マスコミは的外れな言いがかりになぜ反論しないのか

【記者会見の質問で安倍官邸が東京新聞に抗議】マスコミは的外れな言いがかりになぜ反論しないのか

記者会見で答える菅義偉官房長官(画像は「首相官邸HP」より)

 首相官邸報道室が、菅義偉官房長官の記者会見での東京新聞記者の質問について、同社に抗議する文書を送ってから、すでに10日を過ぎた。インターネット上では、その文書のコピーとみられるものが出回り、賛否双方のコメントが飛び交ったが、この原稿を書いている時点で、当の東京新聞からはなんの反応もないのが気になっている。

●首相官邸報道室による“言いがかり”の狙い

 この文書は、総理大臣官邸報道室長・上村秀紀名義で9月1日付で、東京新聞政治部次長(官邸キャップ)に送られた。問題にしているのは、8月25日午前の官房長記者会見の際、同社社会部望月衣塑子記者が加計学園の獣医学部棟のバイオセキュリティや建設費について問いただすなかで、認可の是非を審査する大学設置・学校法人審議会の答申について、「認可の保留という決定が出ました」と言及したこと。

 これについて、文書は「正式決定・発表前の時点のものであり」、「官房長官記者会見において、未確定な事実や単なる推測に基づく質疑応答がなされ、国民に誤解を生じさせるような事態は、当室としては断じて許容出来ません」と抗議、「再発防止の徹底を強く要請」している。

 しかし、「認可の保留」は「未確定な事実や単なる推測」ではなかった。獣医学部新設について審査している大学設置・学校法人審議会は8月9日に開かれ、NHKはその日のうちに「実習計画などが不十分で課題があるとして、判断を保留する方針が決まり、今月末に予定されていた大臣への答申は延期される見通しとなりました」と報じている。新聞各紙も、翌朝には一斉に「設置審、加計獣医学部の判断保留 文科相答申延期へ」(産経新聞1面)などと報じた。すでに公知の事実といえるだろう。

 公式に発表されたのは、望月記者が菅官房長官に質問した日の午後だが、事前に報道されていた通り、「認可の保留」が改めて知らされた。そのうえで、10月末に改めて結論を出すことが明らかにされた。

 今回の官邸報道室の文書は、単なる言いがかりにすぎない。その本当の趣旨は、最近しばしば記者会見に現れて、しつこく質問を重ねる社会部記者をなんとかしろと、彼女が所属する新聞社に圧力をかけたものだろう。

●見て見ぬふりをするマスメディア

 官邸報道室の彼女に対する苛立ちと不快感は、7月18日付産経新聞電子版の「官房長官の記者会見が荒れている! 東京新聞社会部の記者が繰り出す野党議員のような質問で」という長いタイトルの見出しの記事からもよく伝わってくる。

「菅義偉官房長官の記者会見が東京新聞の社会部記者の参戦によって雰囲気が一変した。この記者が臆測による質問や延々と質問を続けるためだ」

「質問は簡潔にまとめて最小限に抑えることが、各社の長官番の間では、大前提となっている。ところが、望月記者の特徴は、まず一つの質問が長い。さらに、質問に引用元が定かでない内容や私見が多く含まれ、結局、同じことを繰り返し聞いている」

 会見の映像を見ていても、菅官房長官は望月記者を指名する際、すでに顔をそむけており、嫌悪感を隠そうともしない。政治部記者たちの質問が出尽くし、それでも彼女が手を挙げているので、嫌々質問を許している、といった感がありありとしている。答え方も、至極素っ気なく、不親切を絵に描いたようだ。

 もっとも、こうした反応が、一方ではかえって望月記者の評価を高めることにもなっている。政治部記者たちによる、通り一遍の質問で済ませる従来の記者会見に飽き足らない人たちからは、嫌われても負けじと食い下がる彼女にエールを送る人は少なくない。私見を展開しながらの“主張的質問”についても、政府に批判的な人たちは、自分たちの声を代弁して政権の中枢にいる官房長官に直接ぶつけてくれていると感じているようで、望月記者を「権力に切り込む記者の鑑」と絶賛する声も聞こえてくる。

 逆の立場の人たちからは、批判を通り越し、もはや憎悪の対象となっている。「薄っぺらい女」(作家の百田尚樹氏)、「欺瞞と傲慢」「自己陶酔」(評論家の石平太郎氏)など、ほとんど罵倒に近いツイートに支持が集まる。これほど好き嫌いが分かれる新聞記者というのも、珍しいかもしれない。

 その取材スタイルについて、人々がさまざまな論評を交わすのは自由だし、記者会見での質問はどうあるべきかについて論争が行われるのもいいと思う。

 ただ、首相官邸という権力機関が的外れな言いがかりをつけて、新聞社に圧力をかけることは、それとは次元が異なる問題だ。

 政権がメディアに圧力をかけることで、嫌いな記者の活動を制約するようなことを許しているならば、仮に政権が変わった時にどうなるか。逆の立場で同じことが繰り返されるだろう。そんなことにならないよう、報道の自由は、立場や好き嫌いの感情を超えて、守らなければならない。

 解せないのは、日頃、与党や政権による報道機関への圧力や介入を紙面で批判的に報じている東京新聞が、なんの反応も示していないことだ。本来なら、いち早くこの文書を公開し、「未確定な事実や単なる推測に基づく」質問などではなかったと、反論すべきところだろう。それが、気味が悪いほど沈黙している。一読者として問い合わせてみたが、「担当部署の判断」というだけで、なんの理由も教えてもらえなかった。

 今回の出来事が明らかになったのは、産経新聞が9月2日付紙面で「官邸報道室、東京新聞を注意『不適切質問で国民に誤解』」という見出しで、これを報じたためだ。同紙の記事は、報道室の文書の内容のみを伝える一方的なものだったが、その後、民進党の衆院議員が入手した文書をネットで公開。この話題はネットで一挙に広まった。

 しかしマスメディアでは、9月9日付朝日新聞が、前日の官房長官記者会見でネットメディアの記者がこの話題を出したことについて、ベタ記事で取り上げただけで、ほとんど無視されている。

●ライバル局・CNNを擁護しトランプ氏を批判したFOXニュース

 私は、特定メディアが権力の標的になった時、他メディアのそっけない態度が、前から気になってしかたがない。当該メディアも、自社のことがニュースのネタになるのは恥だと思うのか、積極的に事実を明らかにして、他メディアや人々の支援を取り付けるべく働き掛けたりしない。

 たとえば、2013年の参議院選挙直前に、自民党がTBSを取材拒否した時。ニュース番組で、いくつかの重要法案を残して国会が閉幕したことへの批判的な意見が紹介されていたことで、自民党は「廃案の責任が全て与党側にあると視聴者が誤解する」と抗議した。実際には、与党批判以上の時間をかけて安倍首相など与党関係者の発言が紹介され、キャスターも首相問責決議案を出した野党に批判的なコメントもしていた。

 ところが、自民党の対応を批判的に報じたメディアは、私が見る限り、新聞一紙だけだった。多くのメディアは、自分たちに火の粉がかからないよう、首をすくめて様子を眺めているだけのように見えた。当のTBSも、選挙取材ができなくなると困るという焦りからか、自民党の主張に強く反論することもなく、結局詫び状めいた書面を届け、取材拒否が解かれて手打ちとなった。自民党はTBSの対応を謝罪と受け止める一方で、TBS側は、「番組内容については訂正・謝罪はしていない」と説明するなど、実に釈然としない、不透明な結果となった。

 この点で、アメリカのメディア状況は、いささかまぶしく見える。トランプ現政権は、安倍政権とは比べものにならないほど、メディアに対して強硬な態度をとっているが、不当な対応については、声を大にして抗議し、さらにターゲットにならなかったメディアも批判の声を挙げている。

 今年2月、批判的メディアを敵視している米トランプ政権で、ホワイトハウスの報道官が、定例記者会見を中止し、政権側が指名した報道機関だけが参加できる記者懇談に切り替えて、CNNやニューヨーク・タイムズなどを排除したことがあった。この時には、出席を許されたメディアのいくつかが、抗議のために出席を拒否。さらに記者会としても抗議をしている。

 トランプ大統領が就任直前に開いた記者会見で、自身に批判的なCNNなどのメディアについて、「嘘ニュース」などと激しく非難し、同社記者の質問には一切応えなかった際にも、CNNのライバル局であり保守的なFOXニュースのキャスターが番組内でCNNを擁護し、「どんなジャーナリストも、米国の次期大統領による誹謗中傷に屈してはなりません」と言い切った。

 政権による不当な圧力には、きちんと声を挙げて抗議をする。ターゲットになったのが、自分とは政治的立場や論調が違うメディアやジャーナリストであっても、それを応援する。日本でも、とりわけ報道機関にはそうあってほしい。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)

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