武田薬品、誰のための「7兆円」買収なのか?失敗の懸念広まる、膨張する巨額有利子負債

武田薬品、誰のための「7兆円」買収なのか?失敗の懸念広まる、膨張する巨額有利子負債

武田薬品東京本社(「Wikipedia」より)

 社長就任から4年。武田薬品工業のクリストフ・ウェバー社長が起死回生策の賭けに出たが、失敗に終わる確率が極めて高いとの指摘も多い。失敗する理由を詳細にみてみよう。

 まず、事実関係を確認しておきたい。

 武田薬品は5月8日、アイルランド製薬大手のシャイアーを総額460億ポンド(約6兆8000億円)で買収することで合意した。シャイアーの抱える有利子負債(1兆5000億円)を加えると、8兆3000億円規模のビッグな買い物になる。

 実現すれば、日本企業による過去最大のM&A(買収・合併)となる。これまでは、ソフトバンクグループの英半導体設計、アーム・ホールディングス(3兆3000億円)だったから、買収額だけで2倍強となる。

 武田薬品は5度目の提案でシャイアー株、1株当たりの買収額を49.01ポンドに引き上げた結果、買収総額は15億ポンド(2000億円)も膨張した。1株当たり21.75ポンドの現金(キャッシュ)と27.26ポンド相当分の武田薬品が新規に発行する株式をシャイアー株主に交付する。

 武田薬品はシャイアーの買収で新たに3兆円規模の借金を抱え、武田薬品の発行済み株式数は現在の2倍強に急増する。したがって、既存株主が手にする1株当たり利益は、計算上では半分以下に目減りすることになる。武田薬品の株主にとって、この巨額買収はメリットがあるのだろうか。

 そもそも、ウェバー社長は誰のために、身の丈を超えた、無謀ともみえるM&Aに踏み切ったのか。

 ウェバー社長は買収に執念をみせ、ようやく合意にたどり着いたが、英国には、さらに有利な条件を出す買い手が出てくれば合意を保留し、再検討しなければならないルールがある。武田薬品は2019年上期(19年9月まで)での買収完了を目指している。しかし、買収成立までには、まだ曲折がありそうだ。

●なぜ買収しなければならないのか

 株式市場は巨額の財務負担を懸念する。かつて無借金経営だった武田薬品は11年、スイスのナイコメッドを1兆1000億円で傘下に収めるなど大型M&Aを繰り返し、17年末時点の有利子負債は1兆1000億円に上る。3兆円を銀行から借り入れれば、有利子負債は4兆円規模に膨らむ。

 増資による株式希薄化への懸念も強い。提案通りに新株を発行すれば、現在の時価総額(3兆8000億円)を上回る4兆円規模の巨額増資となる。1株当たり利益の大幅な希薄化につながり、株価をダイレクトに押し下げる要因になる。

 巨額な借り入れと大型増資の懸念から武田薬品の株価は下がり続けた。4月25日には一時、4398円(前日比453円、9%安)と急落、年初来安値を更新した。1月10日の6693円から35%安となった。交渉が明らかになって以降だけをとっても2割下げた計算だ。

 それでも買収にこだわったのはなぜか。

 英製薬大手グラクソ・スミスクラインの幹部だったウェバー氏を14年6月、当時の長谷川閑史社長(現相談役)がスカウトした。長谷川氏は買収した海外企業の立て直しを含め、ウェバー氏にしがらみにとらわれない大胆な経営改革を期待した。しかし、成果は十分に上がっていない。

 武田薬品が5月14日に発表した18年3月期の連結純利益(国際会計基準)は、1868億円だった。08年同期の最高益(3554億円)の半分強だ。1999年に糖尿病治療薬「アクトス」を発表して以降、自社開発の大型新薬が出ていないことが大きな要因だ。19年3月期の純利益は、18年実績比で26%減り1390億円になる見込み。シャイアーの買収は業績予想に織り込んでいない。

 一方のシャイアーは創業以来、患者が少ない希少病の治療薬に集中したユニークな会社だ。血友病や注意欠陥・多動性障害(ADHD)の治療薬など40種類の薬品を手がけ、100カ国以上で販売。17年12月期の純利益は約43億ドル(4600億円)。武田薬品を上回る高収益会社だ。

 製薬業界の情報サイト「Answers News」の記事、『2017年製薬会社世界ランキング(速報版)』によると、ドル換算の売上高は武田薬品が18位で、シャイアーが19位。買収が実現すれば、日本の製薬企業としては初めて世界のトップ10入り(9位)を果たす。

●買収実現までの高い壁

 だが、買収提案に向けて乗り越えるべき壁は高い。

 武田薬品の取締役13人のうち8人が社外取締役だ。17年にはウェバー社長の後見役だった長谷川氏が退任し、コマツ相談役の坂根正弘氏が取締役会議長に就いている。5月9日のウェバー社長の記者会見に坂根取締役会議長ら社外取締役2人が出席。坂根氏は「経営陣が一枚岩になれば、非常に大きな企業価値を実現できる」と、ウェバー社長の買収戦略を支持する発言をした。企業買収の記者会見に社外取締役が出席した例は極めて珍しい。裏を返せば、武田薬品の経営陣が現時点で一枚岩でない様子をうかがわせる。

 もうひとつ、創業家の問題も不安要素だ。創業家の武田國男氏は経営から退いているが、今も健在である。

 14年のウェバー氏が社長就任時には、「外資の乗っ取り」と反発した創業家の一部やOB株主112人が結成した「タケダの将来を憂う会」が7条目の質問書を出し、「創業家の乱」と呼ばれた。

「長谷川社長の時代にM&Aを繰り返し失敗続きだったことを、創業家は苦々しく思ってきた。武田薬品の経営陣と創業家の関係は完全にこじれている。ましてや、今回は7兆円という巨額の買収。もってのほかとの思いだろう」(国内大手製薬会社社長)

 6月末の株主総会が注目される所以だ。さらに武田薬品は18年後半に臨時株主総会を開き、大量の新株発行に関して特別決議を得る必要がある。

 買収される側のシャイアーも事情は同じだ。シャイアー側は株主の75%が身売りに賛成しないと成立しない。

 ウェバー社長は5月9日、共同通信のインタビューで「シャイアーを買収完了後、武田薬品に吸収合併する」考えを示した。「シャイアーを武田薬品の中に入れていく。シャイアーの名前を維持するわけではない」「武田薬品の取締役会にシャイアー側の取締役を最大3人受け入れる」としたが、シャイアーの社名が消えることに、シャイアーの既存株主はどのような反応を示すだろうか。「(ウェバー社長は)踏み込み過ぎ。シャイアーの臨時株主総会前は、あまり刺激しないほうがいい」(武田薬品関係者)との懸念の声も挙がっている。

 シャイアーは米NASDAQに上場している。武田薬品が吸収合併すれば上場は維持できなくなる。M&Aに詳しいアナリストは、次のような疑問点を指摘する。

「1株当たり27.26ポンド分を武田薬品が発行する新株で支払うが、シャイアーの株主が武田薬品株を売買しやすいように、買収完了後に(武田薬品は)NY証券取引所にADR(米国預託証券)を上場することを決めた。これでシャイアーが合併に向けて前向きなったといわれているが、シャイアーの株主にとって武田薬品株は、本当に魅力あるものなのか。

 不安なのは、シャイアーの利益の源泉となっている希少疾病領域の新薬群の一部が、21年頃から特許が切れることだ。16年にシャイアーが買収した米バクスアルタの事業に早くも陰りが見え始めている。バクスアルタが“切り札”としている血友病治療薬にスイスのロシュが新薬で挑戦する(開発したのは日本の中外製薬)。独バイエルも新薬を開発中である」(在米の薬品業界のアナリスト)

 開発競争は激しさを増している。シャイアーの希少疾患治療薬が、これまで通り高い利益を稼ぎ出すという保証はない。シャイアーは武田薬品が買収提案をしている最中に、がん治療事業を仏のセルヴィエに24億ドルで売却すると発表した。シャイアーにとって「がん領域はコア事業ではない」との理由だが、武田薬品にとって、がんはコア(最重要)分野。「武田薬品はシャイアーに足元を見透かされている」との厳しい声もあがる。

●巨額のれん代のリスク

 さらに、もっとも重要な点として、巨額の「のれん代」の負担が大きくのしかかることが挙げられる。武田薬品はシャイアーの株価に6割のプレミアムを付けており、3兆円規模の「のれん代」が加わる。17年末時点の武田薬品の「のれん代」は1兆円ある。「のれん代」が武田薬品の自己資本を超える可能性を指摘する向きもある。

 買収後、シャイアーの収益が悪化すれば、一気に「巨額の減損が発生する」リスクを常に抱えての船出となる。

 今回の巨額買収について、「創業家の株式の希薄化を狙ったもの」という、うがった見方も台頭している。巨額増資によって創業家の持株比率を相対的に低下させる一石二鳥の狙いを秘めているというのだ。もし、そうだとすると、ウェバー社長の決断の背景を、既存の株主はきちんと精査しなければならない。

 シャイアー株の6割をファンドが持っていることにも留意したい。こうしたファンドは運用対象を英国・欧州株に限定しているから、受け取った武田株を市場で売らざるを得ないとみられている。マーケット関係者は、買収のために発行する武田薬品株の“逆流”を「現実の脅威」と感じ始めている。だから、武田薬品株は下がり続けたのだ。

 シャイアーはこれまで何度も買収が取り沙汰されてきた、「M&Aの世界では、言葉は悪いが“棚ざらし”になっている会社」(世界のM&Aに詳しい外資系証券会社のアナリスト)といった冷めた見方もある。買収金額を上積みしたことから「明らかに高値掴み」(別のアナリスト)との警戒感が強い。

 武田薬品がこの巨額買収に失敗すれば、今度は武田薬品が買収される側に回る可能性が高い。
(文=編集部)

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