スルガ銀行、狂った経営が白日の下に…恫喝営業、創業家ファミリー企業に巨額融資

スルガ銀行、狂った経営が白日の下に…恫喝営業、創業家ファミリー企業に巨額融資

スルガ銀行本店(「Wikipedia」より)

 スルガ銀行のシェアハウス向け融資に関連して多数の不正が判明した問題で、同行の第三者委員会(委員長=中村直人弁護士)は9月7日、調査報告書を公表した。

「不正は組織的だと認定している。組織の意思と見るべきだろう」

 第三者委委員長の中村弁護士は、こう語った。

“恫喝営業”の異名を取る営業部隊の麻生治雄・元専務執行役員・Co-COO(業務執行責任者)が関与し、過大な営業ノルマに追われた支店長の一部や多くの行員も、不正に関与したと認定した。しかし、麻生氏は経営陣ではなく、一執行役員にすぎない。創業家など経営層の下で、ひたすら営業を邁進した姿が浮かびあがってくる。麻生氏については、組織的不正の構図をつくった「張本人ではないし、その構図について責任があるとするのは酷であろう」と、報告書は判断した。では、組織的不正の構図をつくったのは誰なのか。

 第三者委は、岡野光喜会長の実弟で副社長兼COO(最高執行責任者)の故岡野喜之助氏が、「不正の構図をつくり上げ、企業風土の著しい劣化を招いた主たる責任者である」と認定した。

 業務執行の最高意思決定権者だった、創業家出身の岡野光喜会長兼CEO(最高経営責任者)については、「故岡野副社長と同等の最も重い経営責任がある」とした。

 営業本部長を兼務していた岡崎吉弘・元専務取締役(3月末に退任)については、「営業本部と経営陣との間の情報の断絶を作出したのは岡崎氏にほかならず、その経営責任は、故岡野副社長に次ぐ重いものである」とした。

 経営陣は、創業家に累が及ばないように、岡崎元専務に責任を押し付けて逃げ切りを図ろうとしたが、第三者委は「トカゲの尻尾切り」を許さなかった。組織的不正の経営責任は、岡野会長、故岡野副社長、岡崎元専務の3人と認定。創業家出身の2人は「もっとも経営責任がある」と断罪された。

“傀儡政権”と酷評されることが多々あった米山明広社長兼COO(最高執行責任者)に関しては「一定の経営責任は免れないが、経営責任が重いというのは酷である」と判断している。

 経営陣の多くは、「善管注意義務(善良な管理者の注意義務)違反がある」とされた。

 岡野会長や米山社長など3人の代表取締役を含む5人の役員が退任し、有國三知男取締役が同日、社長に就任した。

●不動産事業が主力のファミリー企業

 他方、創業者一族の関係会社への巨額融資疑惑が浮上したが、この件について第三者委の調査報告書は触れていない。

 スルガ銀行は1895年、岡野会長の曽祖父にあたる岡野喜太郎氏が創業。100年以上にわたり岡野家出身者がトップを務めてきた。スルガ銀行の子会社とは別に、岡野家の関連企業(ファミリー企業)は20社以上あり、スルガ銀行はこのうち10社と融資・取引関係がある。

 ファミリー企業への融資は、一時は1200億円を超えていた。金融庁の検査で、「取引の適正化」を指摘され、融資残高を減らしてきた。それでも2018年3月末時点で融資残高は500億円弱に上る。スルガ銀行の融資残高(約3.2兆円)の1.56%に当たる。

 ファミリー企業はスルガ銀行の株式を持つ。有価証券報告書によると、18年3月末時点の大株主上位10社のうち4社がファミリー企業で、4社合計で15.46%の株式を保有している。

【スルガ銀行の大株主のファミリー企業】(2018年3月末時点)
※以下、株主名:持ち株数(単位、千株)、持ち株比率(%)

・エス・ジー・インベストメント(株):12,702、5.48
・スルガ総合保険(株):10,999、4.74
・エス・ジー・アセット(株):6,750、2.91
・一般財団法人スルガ奨学財団:5,401、2.33

 ファミリー企業の中核は、筆頭株主のエス・ジー・インベストメントと第7位株主のエス・ジー・アセットだ。両社は東京都中央区日本橋室町に本社を置き、社長はいずれも岡野3兄弟の末弟、岡野喜平太氏。

 長男がスルガ銀行会長だった光喜氏、次男が副社長を務めた故喜之助氏。喜平太氏はスルガ銀行の役員ではないが、ファミリー企業の中核企業を率いる。

 エス・ジー・インベストメントは貸ビルを経営する不動産賃貸会社。一方、エス・ジー・アセットはデベロッパーだ。愛鷹山山麓の静岡県駿東郡長泉町スルガ平で、花、美術館、食をコンセプトにした複合文化施設「クレマチスの丘」をはじめ、スポーツ施設などを運営している。

 光喜氏ら3兄弟の父は、スルガ銀行第3代頭取の喜一郎氏。喜一郎氏は稀代のコレクターとして、美術界に大きな足跡を残した。戦後、彗星のごとく登場したフランスの天才画家ベルナール・ビュフェに魅せられた喜一郎氏は、私財をなげうってビュフェの作品を一点一点買い集めた。1973年、世界初のビュフェ美術館をクレマチスの丘に建設した。スルガ平では大規模な宅地分譲を行っている。

 クレマチスの丘は岡野家の、いわば“聖地”だ。

 第2位株主のスルガ総合保険は沼津市に本社があり、社長は平井克弘氏。8位株主のスルガ奨学財団はスルガ銀本店内にあり、代表は岡野光喜氏。同財団は1963年、スルガ銀行創業者、岡野喜太郎氏の生誕100年を記念し、スルガ銀行からの寄付金を基金として設立された。スルガ銀行からの配当金を原資に返済義務のない奨学金を給付している。この奨学金制度を利用した卒業生は17年3月末で5459人いる。

 岡野光喜氏の引責辞任によって、スルガ銀行の取締役に創業家出身者は1人もいなくなった。それでも、株式の保有(大株主として)や融資を通じてスルガ銀行とファミリー企業は分かちがたく結びついている。不正をもたらした岡野家中心の企業文化を変えるのは、容易なことではない。
(文=編集部)

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