「本気の昆虫採集」おじさん2人旅 共食い編

「本気の昆虫採集」おじさん2人旅 共食い編

山頂で語り合う2人 左から舘野鴻さん、福岡伸一さん ©三宅史郎/文藝春秋

「ツチハンミョウ」が縁で仲良くなった著名な生物学者と生物画画伯。秦野で繰り広げられる大人の昆虫採集の後編です。本気モードです。( 前編 よりつづく)

■先輩から口伝されるとっておきの昆虫捕獲方法とは

福岡 舘野さんは北海道で暮らしていらしたんですよね。

舘野 そう、大学のときに。最初は江別にいたんですが、その後札幌に移って。

福岡 すし酢を使ったトラップでオサムシを採ったというのは、そのころ?

舘野 そうですね。粉状の、酢飯を作る時に混ぜるやつをプラスチックコップに入れて、土に埋めておく。

福岡 虫をおびき寄せるために、いろんなものを作りますよね。なぜか虫好きの先輩とかから「口伝」で伝授される。私も黒糖にお酒を混ぜてトロっとするまで煮詰めたものを樹に塗り、クワガタやカブトムシをおびき寄せていました。

舘野 (生えている草を見て)あ、これはルリタテハの食痕かな?

福岡 なんという草ですか?

舘野 シオデという山草で、「山のアスパラガス」というくらい美味しいんです。

福岡 やっぱりチョウも美味しいものが好きなんだな。お、これはゾウムシ。養老孟司先生が集めている「鼻くそ」みたいなやつ(笑)。

舘野 ゾウムシとはまた、ニッチですね。

■確率1/4000。ツチハンミョウの途方もない生き残り戦略

福岡 養老先生はマレーシアあたりからビンに詰めた虫を送らせていて、その中に新種がいないかと探しているわけです。「福岡くんも、チョウなんてきれいなものを追いかけているうちは、まだまだだよ」と言われちゃう(笑)。

舘野 うーん、砂金採りみたいだな。あ、これはヒメハナバチの巣だ。コハナバチの発生期であればこのあたりはヒメツチハンミョウがいるエリアです。穴がけっこうあるけれど、これはもう空かな?

福岡 ヒメツチハンミョウの1齢幼虫は、地表に空いているコハナバチの巣穴の入り口に集まり、巣から出てくるコハナバチの新成虫の体に群がって取り付きます。そしてコハナバチと一緒に飛び立ち、訪れた花で掻き落とされる。そこでひたすらヒメハナバチが飛んでくるのを待ち続けるんです。それに運よくつかまることができて、ヒメハナバチの作る花粉団子の中に入れた幼虫のみが生き残れる。その確率、4000分の1か2。まさにギャンブルです。

舘野 ツチハンミョウの幼虫と成虫が同時に見られるのは5月から6月初めごろなんですよ。ちょうど装画の依頼をいただいたのがこの時期で、ものすごくタイミングがよかったんです。

■虫好きも普通種で満足しているうちが……

<小1時間歩いて、山頂に到着>

福岡 日が差してきた。チョウは太陽を目印に飛ぶから、そろそろ出てくるかな。こういう開けた場所はチョウたちが行き交う交差点になるので、きれいなチョウが来そうだぞ。

舘野 しかし、虫好きも普通種で満足しているうちが一番ですよね。

福岡 そうそう。まあ、誰でも最初はきれいな色だったり、フォルムに惹かれて虫が好きになるわけだけど、そういうわかりやすいメッセージから、かそけきメッセージに反応するようになっていく。シデムシやガロアムシ、ツチハンミョウみたいに、自分のニッチを見つけて、そこで楽しむようになるんですよね。

舘野 あー、私のことだ(笑)。

 さあ、福岡先生、小1時間ほど、本気モードで虫採りをしましょうか。

■虫採りにおけるオトナの流儀とは

<あっという間に舘野さんの姿は木立の中に消えてしまう>

福岡 あ、クロアゲハ発見。(しばらく網を振り回すが捕獲できず)こういうときは、ひたすらじっと待っていると、降りてきてくれるんだよね。アレが採れたらうれしいな。一番採りたいのはミヤマカラスアゲハ。私の好きな大型美麗種です。(網を持って走る)何か採れたぞ。小さいハチと、この鼻くそみたいな緑色のは、養老さんの好きなゾウムシだ(笑)。

<チョウを待っているうちに、くぬぎの切り株にいたコクワガタ発見>

福岡 (虫かごに入れながら)舘野さんが戻ってきたら見せよう。私たちはキャッチ&リリースの精神でやっているので、自然を損なってしまうわけじゃない。うつろう自然の姿を一瞬だけ手元に引き留めて見極めたい、そして手放す、というのがオトナの昆虫採集なので、あまり目くじらを立てないでほしいんです。自然って、絶対に毎日異なるわけですよ。そこがスマホゲームと違うところ。といっても、今の子供たちは圧倒的にスマホのほうが好きなんだけどね。昆虫採集なんて、誰も見向きもしない。

舘野 (戻ってきて)何か採れました? おっ、コクワガタだ。僕の方は、ミズイロオナガシジミ! ススキの葉先に何匹か止まっていましたよ。

福岡 あ、ゼフィルス!(通称「ゼフ」)

■死体や共食いのシーンを描く理由

<2人のおじさんが捕虫網を持って休んでいると、山頂の休憩所なのに誰も近寄ってはこない>

福岡 舘野さんの絵本は、どれも自然のシビアな姿が描かれているじゃないですか。ヒメハナバチの花粉団子の中に2匹入り込んだツチハンミョウの幼虫が、まずハチの幼虫を食い殺したあとに、仲間の一方を殺し、1匹だけが生き残るとか。

舘野 あれも期待していたわけじゃなく、観察していた花粉団子の上で、たまたま目撃したことなんです。観察していると、虫はいつも予想を越えてくる。私の絵本の物語は、すべて虫が教えてくれました。

 子供向けの本で死体や共食いのシーンはタブーなのだけれど、『つちはんみょう』で僕は虫の生きざまをそのまま描きたかったし、生き残った一匹が切なくも力強く生きる姿を描きたかった。その前に描いた『しでむし』という絵本は、ヨツボシモンシデムシがネズミの死体を喰いあさって成長するという物語です。そんなグロテスクな内容の絵本なのですが、偕成社は描かせてくれた。当時の担当編集者は「ノンタン」や、先日亡くなったかこさとしさんの担当をされていた方です。私はこの編集者から絵本作りに必要なたくさんのことを教えてもらいました。

■自然は意外と弱肉強食ではない

福岡 自然を見ていると面白いのは、意外と弱肉強食じゃないことですね。ダーウィニズムだと優れた個体が生き残るんだけど、実は4000匹のうちから生き残るたった1匹って、能力じゃなくタイミング。ムシの場合はたくさん卵を産んで、そのうちのどれかが生き残って種をつないでいけばいい。個体の優劣は関係ないかのように見えます。

舘野 なるほど。たしかに、生き残るツチハンミョウは優れているというより、運がいい。

福岡 人間は、その1つ1つの命が大切だと思って「文明」を作ったわけですよね。そこが人権の起源にもなっている。でも、生物学を学ぶ意味って、生物がこうだから人間もそれに従えということではないと思うんです。生物はこういう掟で生きているけど、人間はまたちょっと違う価値を見つけた。そういうことを知るために、生物の生きざまを見るほうがいい。

 また今回舘野さんが描いてくれた装画に戻ってしまうんですが、あのひたすら待ち続けるツチハンミョウの姿に私は、掟に従う生物の孤高の尊さを感じるわけです。待つことができるというのは、未来を信じているということですから。それって、なかなか優れた知性のありかただと思うんですよね。

■脳みそ小指の先、でもコモドオオトカゲのすごい戦略

舘野 そう、生物を見ていると、思いがけない「知」を持っていますからね。

福岡 コモドオオトカゲというのがいるんですが、やつらは脳みそなんて小指の先くらいなのに、巨大な水牛を倒すんです。後ろ足を噛み、そこからばい菌が入って水牛がだんだん衰弱していくのを何カ月も待つ。その知性って、なかなかAIでは到達できないものでしょう? コモドオオトカゲが何百万年も継承してきた「集団の知」なんですよ。

舘野 今観察しているオオセンチコガネも多くの人が調べているとは思うんですけど、未だに生活環の詳細は不明です。これだけ糞を調べているのに、幼虫が出たためしがない。仕方なく現在、オオセンチコガネの生態を解明すべく、土建屋みたいな大掛かりな装置を作って観察調査をしています。もう3年目になるんですけれどね。

■研究も観察も99%はただの待ちぼうけ

<山歩きの集団がやってきたので休憩所を譲るため、移動することに。下山して舘野さんのアトリエに向かう>

福岡 (玄関先で)あ、ウスバカゲロウだ。最初に神社で見たアリジゴクの成虫です。

舘野 この庭の一角が先ほどお話したオオセンチコガネの飼育装置です。一度、卵を見つけてシャーレに移し、祈る思いで孵るのを待っていたんですが、出てきたのは全く違うムシでした。

福岡 今日、私が美しいチョウにめぐり会えなかったように、研究も観察も99%はただの待ちぼうけなんです。あんまり簡単に見つかっちゃうとSTAP細胞になってしまうしね(笑)。

 これが今、描いていらっしゃる絵ですか?

舘野 12月に澤口たまみさん原作の、昆虫の擬態をテーマにした本が出ます。『なりすます虫たち』という題名なんですが、その本の折込付録で「似ているね」という絵です。

 ほら、これがオサムシの標本です。仲のいい友だちに、自分は陸上部に入りたいから、代わりに生物部に入ってくれないかと言われたのが、中学1年のとき。結局、生物部に入って甲虫班になったんですよ。それでオサムシを集め始めました。古いものだと標本のラベルが1982年、私が中学生の頃ですね。

福岡 一体、何匹くらいあるの? やっぱり新しいのは退色していないから、きれいだね。

舘野 このあたりが北海道の函館で採ったオシマルリオサムシです。昔、そのあたりで亡くなった隠れキリシタンの数と同じ106匹だった。人の命と虫の命の何が違うのだと断罪されたようでした。それから怖くて虫を安易に殺せなくなった。私の描く絵には「供養」のような意味もあって、これが私が虫の絵を描くようになった直接のきっかけでもあるのです。

■生態系を壊す最大の外来種は人間

福岡 山を歩きながら舘野さんの波乱万丈の人生はだいぶわかってきたんだけど、札幌の大学で学生運動をやっていたというのは1988年ごろ?

舘野 そうなんです、まだ北海道では学生運動の名残りがくすぶっていました。僕、あのタテカン(キャンパスに置かれた学生たちのスローガン入り看板)描くのが大好きで、毎日のようにでかいタテカンを描いていました。そのあと前衛演劇にはまって札幌の大通公園で、自分で作った棺桶を引きずって歩き続けるパフォーマンスをやったりしましたね。合間にムシ採りもして楽しかったですよ。大学を中退してからは、舞台美術や報道カメラマンの助手、生花店や大工さんの見習い、何でもやりました。

福岡 自然の生態調査の仕事を始めたのはいつごろ?

舘野 1994年かな。「アジア航測」という、赤色立体地図というので注目されている会社に、生物調査をするバイトとして潜り込みました。たとえば開発予定地などで自然環境を損なわないよう、その候補地にいる生物や地質を調査、モニタリングする仕事。当時猛禽類の調査では、座って観察しているだけで2万円くらい貰えました。人が入らない山奥ばかりなので、時折とんでもない珍品(昆虫)にも出会いましたよ。

福岡 その会社で奥さまにも出会った(笑)。

舘野 そうなんです。まあ、環境運動家とやりあう機会もあり、守るべき自然って何だろうと思うことも多かったですね。

福岡 これは私の持論なんですが、生態系を壊す最大の外来種は人間ですよ。ヒアリなんかより、ずっと怖い。しかし、舘野さんの人生を聞いていると、ツチハンミョウ並みのギャンブル人生だね。

<アトリエから外に出ると美しいキアゲハが舞っていたが、すでに捕虫網を片付けた後だった>

福岡 ほらね、虫採りってこういうものなんですよ。99%は獲物なし(笑)。

ふくおか・しんいち
生物学者。1959年生まれ。京都大学卒。米国ハーバード大学医学部博士研究員、京都大学助教授などを経て、青山学院大学教授・米国ロックフェラー大学客員教授。ベストセラー『生物と無生物のあいだ』、『動的平衡』など、「生命とは何か」を動的平衡から問い直した著作を数多く発表。近著『福岡伸一、西田哲学を読む』、最新刊『ツチハンミョウのギャンブル』。

たての・ひろし
絵本作家。1968年生まれ。札幌学院大学中退。幼少時より熊田千佳慕に師事。1996年より神奈川県秦野で生物調査のかたわら、生物画の仕事をスタートする。絵本に『しでむし』、『ぎふちょう』、『つちはんみょう』、『宮沢賢治の鳥』(文・国松俊英)など。図鑑も手がける。
2018年7月14日〜9月24日、町田市民文学館で「舘野鴻絵本原画展 ぼくの昆虫記」が開催される。

(福岡 伸一,舘野 鴻)

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