東京医大だけが悪いのか 女性医師が語った医療現場の「疲弊」と「本音」

東京医大だけが悪いのか 女性医師が語った医療現場の「疲弊」と「本音」

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 東京医科大学が、男子学生の数を確保する目的で、入試で女子受験生に一律減点措置を講じていた一件は、一大学の不祥事にとどまらず、日本の医学界全体を巻き込む大きな問題に発展している。

 明らかな女性蔑視であって許されることではない、という意見が大半を占める一方、医療という仕事の特殊性や、日本の医療界のおかれた実情を考えるとやむを得ないことなのではないか、とする擁護派の声も少なからずある。

 そこで、実際に臨床の最前線で活躍する医師に、匿名を条件に、今回の問題についての正直な意見を聞いてみた。

■「あなたが男性だったら正規合格でした」

 都内の大学病院の内科系診療科に勤務する女性医師Aさん(40代)は、自身の受験生時代、すでに「東京医大は女子が受かりにくい」と言われていたことから、同大を受けなかったという。

「あまり成績の良くなかった友人(女子)が、『親が東京医大のOBなので、1次さえ通過できれば受かるんだ』と言っていて、実際に受かったんです。他の医学部はすべて不合格だったようですが……」

 そんなAさんは、別の私学の医学部に補欠合格する。その時こう言われたことを覚えている。

「これは人数の問題なんです。あなたが男性だったら補欠ではなく正規合格でした」

 ただ、当時のAさんはその説明に違和感を持つこともなく、「そんなものなのか……」と納得していたという。

■地方の国立大学でも……

「東京医大と同様のことは、私大に限らず国公立でも行われていると思う」と語るのは、首都圏の大規模民間病院の外科系診療科に勤務する女性医師Bさん(30代)。ある地方の国立大学医学部の話をしてくれた。

「1次試験に受かっても、東京から受験している女子受験生は2次試験で落とされる、という話を聞いていました。地元出身者なら卒業後も大学に残ってくれるけれど、東京や大都市出身者だと、卒業と同時に帰ってしまうから。あと、首都圏の別の私立医大では、100人の合格者の中で女子の枠は5人だけ――と言われていました。事実、当時その大学は本当に女子が少ないことで有名でした」

 ちなみにその私立大学は、現在でこそ女性の合格者の割合が3割台まで上昇しているようだが、それでも東京医大のそれと大差ない。

■医学部が女子の入学に制限をかける背景とは

 都内の公立病院で外科系診療科に勤務する女性医師Cさん(40代)も、自分が受験生だった時代は、国立も私立も当たり前のように“女子制限”があったと話す。

「女子に対する不当な配点を感じるだけでなく、面接では『親御さんが地方公務員で、医学部の授業料を払えますか?』と質問されたりしました。さすがに今ではありえないと思いますが……」

 医学部が女子の入学に制限をかける背景には、外科系のハードな診療科に進みたがらない、結婚や出産などによる離職率の高さなどが理由に挙げられる。実際はどうなのか。

「その通りですよ」と答えるのは、関東地方の大学病院の外科系診療科に勤務する女性医師のDさん(30代)。

「妊娠出産で休職すれば、当然残った他の医師がカバーしなければならず、ただでさえ厳しい勤務状況はより苛酷になる。復職後も育児を理由に以前と同様の仕事ができなくなることが多いのは事実です」

■上司から「ここにいる間だけは妊娠しないでくれ」

 首都圏の公立病院で内科系診療科に勤務する女性医師のEさん(50代)も同様の意見だ。「3〜4人の医師で成り立っている診療科で1人抜けたら、残された医師にとっては大変な負担増です。それまでできていた診療ができなくなることだって考えられる。以前、ある関連病院に出向した時には、そこの上司から『ここにいる間だけは妊娠しないでくれ』と頼まれたものです」

 一般社会ならパワハラやセクハラとして糾弾されそうな話だが、Eさん自身も事情を理解しており、「はい、もちろんです」と答えたという。

「今回東京医大が『自分たちの関連病院に医師が足りなくなると困るから』という言い方をしたことでバッシングが強まったようですが、女性医師のウエートが高まり続ければ、社会全体で病院勤務医が足りなくなる危険性は十分考えられる。事実、私の医学部の同級生は60人中18人が女性医師ですが、病院勤務医として継続している女性医師は私の他に1人しかいません」

 残る16人は、パート勤務や開業の道を選んだか、あるいは医師の資格を持ちながら専業主婦になったのか――。これが男性医師であれば、今も病院に勤務している可能性は大きい。膨大な教育費を投じて育てた医師が医療現場を離れていくということは、社会資源の損失でもある。

「感情論ではなく、社会全体の問題として議論すべき問題でしょう」と訴えるEさんの言葉は重い。

 これまでの日本の医療界は、こうした問題を暗黙の了解とし、医師の努力に依存することで成り立ってきた産業なのだ。取材で病院勤務医と話をしていると、よくこれだけの激務の中で、体を壊したりメンタルダウンしたりしないものだ、と感心することが少なくない。男性でさえ厳しい世界で、女性が生き残り、活躍し続けることの苦労は並大抵のものではない。

■女性医師ならではのメリットも少なくない

 一方、医療には、女性医師ならではの優位性もある。

「昨年、ハーバード大学から出たデータによると、内科の病院勤務医において、男性医師よりも女性医師が担当した患者のほうが死亡率が低かった――という結果が出ました。女性医師のほうがガイドラインなどの客観的データを、より忠実に診療に適用しているからではないか、という考察がされています」(前出のCさん)

「手先が器用な人が多いので、手術手技は安定している。また男性に比べて几帳面な人が多いので、病棟管理などでの手抜きが少ない」(同・Bさん)

「乳腺外科や産婦人科、女性の泌尿器疾患など、デリケートな部分の診療では、女性医師のほうが受診しやすい、というメリットがあります。また、看護師や薬剤師、技師などのスタッフとのコミュニケーションの面でも、女性医師のほうが有利だと感じることが多い」(同・Dさん)

 男性医師だけ、女性医師だけに偏るのではなく、バランスよく、適材適所に配置されるのが理想なのだが……。

■「当直などの面倒な仕事から逃げる人がいるのは事実」

 今回話を聞いた医師全員に、「今回の東京医大の問題についてどう思うか」という同じ質問をした。東京医大の行為を完全に肯定する医師はゼロだったが、「絶対に許されない」という意見を、「好ましいことではないがやむを得ない事情もある」という回答が上回った。

「医師の総数は決まっている中、女性医師が増えることで実働している医師の数は減り、結果として現場にいる医師の負担が増えて、疲弊を招いていく」(Cさん)

「女性であることを振りかざして、当直などの面倒な仕事から逃げる人がいるのは事実」(Aさん)

 女性医師自身の口からこうした意見が出る背景には、「医療崩壊」が目前に迫っていることを肌で感じている病院勤務医の苦悩があるようだ。

■外科部門はすでに人手不足が深刻化している

 この点について、男性医師にも意見を求めた。

 東京都立駒込病院外科部長の本田五郎医師が、「男性医師のほとんどが同じ意見だと思うので」と、あえて実名で語ってくれた。

「心臓外科、肝胆膵外科、食道外科などの仕事がきつい外科部門は、男性医師も含めて若手から敬遠され、すでに人手不足が深刻化している。女性医師が増えることで、このような診療科別医師数の偏在に拍車がかかる可能性がある。実際に体力的な不安を考えてこうした部門を敬遠する女性医師は決して少なくない」

 多くの女性医師も指摘するように、女性が臨床医、特に外科系の診療科に進むと、結婚、妊娠、出産というライフイベントのたびに、周囲にしわ寄せが行くのは事実だ。

「外科という部門は、外科医同士の熾烈な競争があり、それに勝ち抜くための努力をし、高い技術を身に付けた者が勝ち残ることで周囲が納得する世界。そのためには、事の善し悪しは別として、自分の生活を犠牲にして頑張る姿勢が求められる。妊娠や出産がそうした犠牲の対象外として特別扱いされる昨今の風潮の中で、女性医師の休暇や早退によって他の医師たちの負担が大きくなるだけでなく、彼女らの態度によっては熾烈な競争に不公平感が生じているのも事実です」(本田医師)

 自分の生活を犠牲にして働くことを前提にして考えることが正しいと言うつもりはない。

 ただ、これまでの日本の医療が、多くの医師の滅私の精神の上に成り立ってきたことは事実であり、その恩恵を受けているのは私たち国民である――ということも忘れてはならない。

■「“医師も人間である”という意識を持ってもらいたい」

 今回の問題で東京医大が考えを改め、入試改革に取り組むべきであることは確かだ。

 自分が不利な立場であることを知らされることなく、男子と同額の受験料を支払って試験に臨んでいた女子受験生たちは、言ってみれば詐欺に遭ったようなものだ。

 そんな不当な差別を受けることのないよう、公正な判定が行われる仕組みづくりを構築してほしい。

 一方で私たちも、単に大学を責めるだけでなく、疲弊しきっている病院勤務医、崩壊寸前の医療提供体制の現状を「自分のこと」として理解する必要があるだろう。

「女性医師が妊娠出産で離職した場合でも他の医師に過剰な負担が生じないような、余裕のある労働環境を整えることが急務。そのためには患者の側にも、コンビニ受診を控える、時間外に軽症で受診するなら相応の対価を支払うなど、“医師も人間である”という意識を持ってもらいたい」(前出の女性医師Dさん)

■病院勤務医の労働環境を改善する必要があるが……

 話がとっ散らかってしまったので整理する。

 東京医大の「女子制限」の思想の背景には、医師になった後の女性の離職率の高さがある。

 女性医師の離職率が高いのは、病院勤務医の激務が、女性ならではのライフイベントに対応できないという事情がある。

 その問題を解消するには、病院勤務医の労働環境を改善する必要がある(これまではこの部分を「医師の努力」に依存してきた)。

 そのためには、日本の手厚い社会保障制度に甘えてきた医療消費者の側にも意識改革が必要――ということだ。

 それをせずに、医師の努力を求めるだけでは、大学とて女子受験生の受け入れを制限せざるを得なくなり、そこだけを「許さない」と声高に叫んでいたのでは、日本の医療は遠くない将来確実に崩壊する。そもそも医師になろうとする者もいなくなる。

 刻苦勉励の末にようやく医学部に入っても、あるいは国家資格を得て医師になっても、医療現場の疲弊ぶりを見ればやる気をなくすのも無理はない。その結果、目先の利く者、優秀な者ほど手にした資格を生かして美容外科など自由診療の道に走るだろう。結果として日本の医療水準は低下していく――。

 極論と言われるかもしれないが、筆者は意外に真剣に、そんな不安を持っている。

(長田 昭二)

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