出会いサイトでネカマになり、男たちとのやりとりを晒し上げていた友達の話

出会いサイトでネカマになり、男たちとのやりとりを晒し上げていた友達の話

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 匿名の投稿が不特定多数に読まれる某巨大匿名掲示板が広く知られるようになるちょっと前、生まれたり消えたりを繰り返しながらも増え続けていた掲示板と言えば、出会いサイトが思い出される。あのころ「出会い系」という言葉はまだなかったような気がする。

■業者が間に入って課金することもなく

 出会いサイトでは、年齢・性別・居住地域に自己紹介を添えた投稿から出会う相手を探す。いまとそう変わりないシステムだ。気に入った人を見つけたら、投稿者自身が指定したメアド(たいていは捨てアド)にメールを送る。いまと違う点は、業者が間に入って課金することもなく、なんとも牧歌的だったことか。

 投稿主と相手はどちらも匿名だが、連絡方法がメールであるがゆえ、二人のやりとりがそのまま出会いサイトの掲示板に晒されることはなかった。ネットで「出会った」あとは、見知らぬ者同士が密室の会話を楽しむのだ。まぁ、たいていの人にとって、ゴールは性的な関係に持ち込めるか否かだったろうけれど。

 当時、私の友達はネカマをやっていた。正確には、異性愛者が集う出会いサイトでネカマをやりながら、そのやりとりを逐一自分のホームページに晒し上げていた。サイトの趣旨は愚弄した男を嗤うこと。サイトの主もそれを見ている方も、悪趣味以外のなにものでもない。

■己の性格の悪さがくっきりと立ち昇るようなサイトだった

 ネットで女に化けた男を必死で口説く男たちのエネルギーはすさまじく、すさまじいからこそ滑稽さも抜群だった。見てはいけないものを見ている後ろめたさはあったが、やはりどうしても笑ってしまう。すさまじく口説かれた経験のなかった私としては、袖にされる男たちの姿に溜飲が下がる思いもあった。彼の作ったネカマサイトは読む者の性根が試されるというか、楽しめば楽しむほど己の性格の悪さがくっきりと立ち昇るようなサイトだった。

 女に化けた男は、どんな属性の女がなにを言えば男を喜ばせるか、なにを言えば男を傷付けるかを実によく知っていた。そして、相手を女と思い込み、これが一対一のやり取りだと信じて疑わない男たちの反応には、うっすらと共通点があった。

■自称妹キャラなんて地雷以外のなにものでもない

 彼の作った女キャラで特に印象に残っているのが二人いる。ひとりは、自称「普通の女子大生」ユカ。インターネット初心者で、趣味はテニスとスノボ(実に90年代的!)。メールを通じて色々な人と知り合うのが目的で、自分で自分のことを「ちょっと妹っぽい」と書く。自称妹キャラなんて地雷以外のなにものでもないのだが、これはネカマの罠だ。

 ユカに宛てられた、誰にでも送っているコピペと思しき文言以外に共通していたのは「どこどこへ車で連れてってあげる」「美味しいものをご馳走してあげる」といった、俺がやってあげる系の言葉だった。ユカは自身の投稿で「どこかへ連れていって欲しい」なんてひとことも書いていなかったのに。ユカが自力で美味しいものを食べられる可能性も、まるで考慮されていなかった。

 ちなみに、ユカに彼女自身のことや「どこへ行きたい?」「なにをしたい?」と尋ねるメールはひとつもなかった。頼まれても尋ねられてもいないのに、自分ができることを自慢気に書き連ねたメールばかり。ユカに好かれたいというより、ユカに言い寄る見えない敵、つまりほかの男たちと競っているようだった。

■「好きなタイプは完ぺきな人」

 もうひとり印象に残っているキャラは、お嬢様女子大生キャラのワカコだ。ユカと同世代だが、実家は田園調布で趣味はゴルフ。ワカコが掲示板に載せたメール募集投稿がふるっていて、「自分に自信がある知的な男性からのメールを待っています」から始まり、「好きなタイプは完ぺきな人。嫌いなタイプは暇人と鈍感なバカ」で締められていた。かなり挑発的で、当然ながらこれも罠だ。

 ワカコにメールを寄越してきた男たちはいきり立っていた。こんなことを書くおまえは性格の悪いデブでブスに違いないと決めつける者、「完璧な人」なんて女性らしからぬ貪欲な考えを起こさず足るを知れと諭す者、生意気な女は大嫌いだからこんな募集は二度とするなと命令する者、おまえは生まれつき金持ちかもしれないが、俺はぜってぇ一旗揚げてやると勝手に宣戦布告する者。ワカコは一言もそんなことは言っていないのに、世の中カネがすべてなのかと詰問する者もいた。とにかくみんな怒っているか、ワカコを貶していた。

 ネカマは届いたメールに硬軟織り交ぜた返事を送り、喜ばせたり慌てさせたりしてまた晒す。悪趣味! あの頃はそれをげらげら笑っていたが、いまはそれほど笑えない。男たちに申し訳ないからだけではない。あのネカマサイトが晒していたのは「どんな女が男たちから好感を持たれやすいか」だと、いまならはっきりわかるからだ。あの頃もちょっとはそれに気付いていて、ジェンダーロールなんて言葉をまだ知らなかった私は、勝手に我がこととしてひっそり傷付いていたのだろう。まだ20代半ばだった私は、「女より社会的に勝っていないと、選ばれない」と思い込まざるを得ない、男特有の強迫観念や社会圧もわかっていなかった。あれから二十数年が経過して、当時の私と同じぐらいの年齢の女たちが同じようなことで気を揉まないといいなと心底願う。歓迎されることでは決してないが、男と女の強迫観念や社会圧は、対になり互いを補完しあっているのだ。

 ネカマサイトはいつの間にか閉鎖されてしまった。あの男たちはいまどこでどうしているだろう? 一夜限りではない、素の自分を晒せる相手は見つかっただろうか。

(ジェーン・スー)

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