山奥の寺で行われたブラック企業の「最悪な新人研修」――2018上半期BEST5

山奥の寺で行われたブラック企業の「最悪な新人研修」――2018上半期BEST5

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2018年上半期、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。社会部門の第3位は、こちら!(初公開日:2018年5月14日)。

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 新卒で入った会社の新人研修が、「寺修行」でした。

 入社式の次の日、新入社員全員で、1泊2日。電波も入らない、人の気配もほとんどない山奥で。今時そんな研修、まだあったんですね。なんとなく嫌な予感がしていた研修合宿だったのですが、案の定、その予感は大当たりしました。

■1時間の自己紹介で幕開け

 都心から2時間ほど移動して到着した寺は、「寺」というよりも「民家」と言うほうがふさわしい外観でした。ただの民家に、「●●寺」という簡易な看板がかかっているだけ、という印象。「本当に大丈夫なのか?」と思いながらも、ここまで来て「帰ります」ということもできず……。研修の内容は「寺で修行をする」以外に事前に知らされておらず、その場その場で指示に従うような形でした。

 修行僧だという少年に案内されて通された広間には、値段が貼ってあるたくさんの仏像が置いてありました。少年は丸刈り頭に真面目そうな顔立ちをしていて、年の頃は中学生くらいでした。その顔に笑顔はまったくなく、どこか大人びていて、淡々と物事を進めている様子が印象的でした。進行役にも慣れているようで、おそらく長くこのお寺で修行しているであろうことがわかりました。

 広間で座って待つこと5分ほど。私たちの前に現れた住職は、笑みを浮かべながら、これまた慣れた調子で話し始めました。この寺がどれだけ有名であるか、どれだけ有名な会社の研修で使われているか、修行を受けた新入社員がどれだけ素晴らしい人材になるか。そんな話を、10分ほど聞かされるのです。住職は続いて、「一人ずつ、大きな声で自己紹介をするように」という指示を私たちにしました。

 一人目に指名された同僚の男性が立ち上がり、「株式会社●●の●●と申します、よろしくお願いします!」と自己紹介を始めると、突然住職が「声が小さい!!」と怒鳴り声をあげました。

 この時点で「あ〜〜、こういうタイプの研修か〜〜〜」とあからさまにテンションが下がったのを覚えています。住職はそれから5分ほどその男性社員に説教をして、何度も自己紹介をやり直しさせました。新入社員は13名しかいなかったにもかかわらず、全員が自己紹介を終えるまでに1時間もかかりました。

■「やっぱりか〜」な昼食タイム

 ちょうど昼時だったため昼食をとることになった私たちは、食卓へと向かいます。この日の昼食は、「ドロドロに煮込んだ玄米」、「とろろ」、「お漬物」のみ。ここでも「やっぱりか〜〜〜」と思ったのですが、郷に入っては郷に従え。全員で協力して食事の準備を進め、ありがたく昼食をいただきました。

 昼食を素早く済ませ、ゆっくりする時間もないまま午後の修行へ。修行僧の少年の指示に従い、全員でお経のようなものを読みます。ちなみに住職は「外出している」とのことで、この日は再び姿を見せることはありませんでした。

 手渡された紙に書かれたお経をくり返し読めども読めども終わらず、読経が終わったのは開始から4時間が経った頃。足がびりびりと痺れて、立ち上がるのが困難だったことを覚えています。

 解放感の中、お昼と同じメニューの夕食を取り、シャワーを浴び、写経を終えて、ようやくその日のプログラムを終えました。

 ヘロヘロになった私たちは就寝準備を始めたのですが、そのとき事件が起こりました。

■絶望、悲しみ、怒り。恐怖のギバギバ布団

 押入れから布団を取り出そうとした1人の女性社員が、「ぎゃあ」と声を上げました。それを聞いた私たちは、あわてて全員で押入れ付近へ集まると、驚きの光景を目の当たりにしました。

 ――布団が黄色いのです。

 もともと黄色いデザインの布団だったのであればどんなに良かったことでしょうか。白かった布団が、人間の汗か脂か何なのか、黄ばんでギバギバになっているのです。

 見た目がギバギバなだけでなく、布団はカビ臭さ・ホコリ臭さ・皮脂や汗の臭いが混ざったような、複雑な悪臭を放っていました。

 おそらく長年洗われていない、悪臭を発するギバッギバの黄色い布団。

 今夜の寝床の選択肢は2つ。ギバギバの布団か、4月の山奥の冷え切った空気にさらされた畳での直寝。

 絶望、悲しみ、怒り。

 私たちは様々な感情を飲み込み、「ギバギバの布団の上に、持参したタオルを敷き詰めて寝る」ことを選びました。春先の山奥は思ったより寒いですからね。

 黄ばんだ掛け布団はどうしても使いたくなかったので、タオルを敷いた敷き布団のみで寒さに耐えながらその日は眠りました。

■裸足で走って滝行へ

 2日目は、起きるなり寺周辺の掃除をするよう指示を受けました。寒い夜を乗り越えて冷え切った体はピシピシと痛み、思うように動かすことができませんでした。

 朝食後まもなくして、2日目のプログラムが開始されます。

 コンクリートの上を裸足でひたすら走り、1時間ほど経つと今度は山道を歩き、滝行を行いました。春とはいえまだ気温が低く、冷たい滝に打たれるのは想像以上に厳しく辛いものでした。

 びしょ濡れのまま寺まで引き返し、着替えを済まして、ようやく最後のプログラムである「住職の説法」が行われます。

■「Go●gleさんから、お電話です」

「最近ね、この寺で修行を受けた人が匿名でインターネットで、インチキだとか、悪徳だとか、ありもしない寺の誹謗中傷を書き込んでね、困ってるんですよ」

 座っている私たちの前に立つと、住職は突然そう切り出しました。

「だから、Go●gleさんに依頼して、身元を割り出して、訴えようと準備しているところなんですよねぇ」

 私たちを見る住職の顔に、不気味な笑みが浮かんでいたのが強く印象に残っています。

 するとそのタイミングで部屋に入ってきた修行僧の少年が、電話を片手に、住職にわざとらしく大きな声で話しかけました。

「お電話です。Go●gleさんから、例の件で……」

 いやいやいやいやいやいやいや(笑)。ないないないないないないない(笑)。

 さすがに私たちも笑ってしまったのですが、おそらくこれが、「脅し」の常套手段なのでしょう。このあとに説法の中で話されたのは、要約すると「悪いことが身にふりかからないように、ここで仏像や数珠を買え」という内容でした。この寺は、研修にやってきた新入社員や一般の人に対して、悪徳な商売をやっていたのです。話に信憑性を持たせるためか、「心霊写真」も見せられました。

 そして、「自分が掃除したトイレの便器を舐められますか? 舐められないでしょ? ということは、あなたたちは手抜きをして掃除してるってことなんですよ」みたいな、よく分からない怒り方もされました。

■“変わった新人研修”にはご注意を

 この説法をもって寺修行は終了したのですが、「これで参加費1万円か……」と思うと、やりきれない気持ちのまま帰路につきました。

 そもそも、どうしてこのような新人研修を取り入れる会社がいまだに存在しているのでしょうか。

 会社の上司に聞いてみたところ、「あえて困難な環境に身を置くことで、新入社員同士の団結力を生むためだ」と言われました。もし本当にそれが目的なら、こんな手段を取ることはバカらしい。右も左も分からない新入社員を恐怖にさらして考える力を奪い、逃げ場がないようにしている洗脳の一種だと思いませんか。

「新卒で入った会社がブラック企業だ」と気付いたきっかけが、「変わった新人研修だった」という人は少なくありません。

 実際、この寺修行を新人研修にしていた会社は、超が付くほどのブラック企業でした。

■偶然見ていたテレビに、あの住職が……

 入った会社が「おかしな会社かもしれない」と思う瞬間があったとき、その直感を信じてみることも大事です。「入った会社で定年まで頑張らないといけない」、「3年間は働かないと転職ができない」なんて思わずに、まずは冷静になって、その会社がどんな会社なのか、働き続けることで心身を消耗せずに済むかどうかを、判断してみてください。

 与えられた環境をただ受け入れるだけでは、知らないうちに、思考能力を奪われてしまうかもしれません。

 余談ですが、あれから数年が経ち、新人研修のことも忘れていた頃のこと。何気なくテレビを見ていた私の目に、突然あの住職の顔が飛び込んできました。住職が、寺修行に来ている少年に暴力を振るっていたことを報じるニュースでした。その報道を見たときに「ああ、やっぱりな」と思ったのが率直な気持ちです。暴力を振るわれていたのが、あのときの修行僧の少年だったかはわかりませんが、彼はどこか住職に対して怯えていたようにも見えたからです。

 あの寺で修行した経験は、私にとって何の糧にもなりませんでしたし、今でも最悪なものだったと思っています。

(吉川 ばんび)

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