男性の「精液」が医療検査で注目されている理由

医療検査で「無価値」とされた精液に注目集まる テストステロン値を測るのに有効

記事まとめ

  • 精液はこれまで血液や尿より検体として価値がなかったが、役に立つことがわかってきた
  • テストステロンは男性ホルモンの一種で、男性の体内で非常に重要な役割を担っている
  • これは血液からも測れるが、精液のほうがより正確な数値を導き出すことができるという

男性の「精液」が医療検査で注目されている理由

男性の「精液」が医療検査で注目されている理由

©iStock.com

 物置で埃をかぶっていた壺やら掛け軸やらが、じつは高価なものだった、という話は、よくあることではないが、たまにあるらしい。

 それまで「価値がない」とされていたものに、ある日突然価値が生じる――そんな突然の評価の変化が、人間の身体でも起きることがある。以前はただの排泄物だったものが、“検体”として役立つことがわかってきたというのだ。

 突如チヤホヤされ始めた元排泄物とは、「精液」です。

■血液や尿と比べて明らかに扱いが低かった

 最初に理解してほしいのは、今回のテーマは「精液」であって「精子」ではないということ。女性の体内で卵子と結合し、受精、妊娠を経て赤ちゃんが生まれる。この一連の工程の主人公となるのは精子と卵子。したがって、精子は元々「無価値」ではない。

 しかし、その精子を保護する目的で存在する精液には、これまであまり大きな役割が見出されることはなかった。

 もちろん妊娠を目的とする性交時の射精においては、その精子に栄養を与え、保護するという重要な任務を精液は担っているが、それ以外の場合、早い話が快楽のみを目的とした射精の際には、精液はただの排泄物として処理される存在だった。

 医学的に見ても同様で、精液は同じ体液でも血液や尿と比べて明らかに扱いが低かった。

不妊治療でも数える対象はあくまで精子

 血液は昔から病気の原因を探る上で、重要な検体として用いられてきた。現在も何らかの病気が疑われる際には、「まず採血」がセオリーだ。

 尿も、血液ほどではないものの、「検尿」という言葉があるくらいで、やはり検体として利用される。尿中の血液や膿の混入の有無を見ることで、病気の存在を特定する手掛かりとなる。

 一方の精液はどうだろう。

 医療機関で精液を採取するといえば、不妊治療の際に精子の数を調べる時くらい。それとて精液に用事があるわけではなく、数える対象はあくまで精子だ。

■「きっかけは“ブランド牛”なんです」

 そんな不遇の体液である精液を、検体として役立てられないものだろうか――と考えた医師がいる。『 ヤル気が出る! 最強の男性医療 』(文春新書)の著者で、順天堂大学医学部泌尿器科教授の堀江重郎医師だ。

「きっかけは“ブランド牛”なんです。畜産の世界では、高品質の牛肉を安定供給するため、人工授精に用いる牛の精子の保存環境を重要視します。精液の状態がいいほど精子の活動性が高く、それが肉質の良し悪しを左右することがわかっていた。ならば、同じ哺乳類の人間でも、精液から何らかの健康状態を分析することができるのではないか、と」

 堀江医師が目を付けたのは、“テストステロン”。これは男性ホルモンの一種で、男性の体内で非常に重要な役割を担っているという。

「テストステロンは、骨や筋肉の強度の維持、性欲や性機能の維持、血液を作る働き、動脈硬化やメタボリックシンドロームの予防、さらには認知機能に代表される脳の働きまで任されているのです」

■“勝負”に出たときのトレーダーのテストステロン値

 そう語る堀江医師によると、テストステロンには健康上の働き以外にも、男性が他者と共存し、その中で自分を表現する“社会性”においても、非常に大きな働きを示していることが近年の研究で明らかになってきているという。

「ケンブリッジ大学が行った調査によると、ロンドンの金融街で働くトレーダーのテストステロンの量の変化を検証したところ、大きな取引、つまり“勝負”に出たときのトレーダーのテストステロンの値が高い、という結果が出たのです。この研究は医学だけでなく、金融工学の面からも注目を集めました。また、ドイツのボン大学で行われた研究によると、テストステロンを配合した塗り薬を皮膚に塗ったグループと、薬効のない薬を塗ったグループに分けて、自分がどちらのグループなのかを知らせずに、インチキができる状況で賭け事をさせたとき、テストステロンを塗ったグループはインチキをしていなかった――という結果が出ました。つまり、男性ホルモンが高いほうが“正直”という結果が出たのです」

 堀江医師によると、大きな勝負に出ることは男性の強さの一つの表れであり、正直に行動することは“正義感”という、男としてのプライドを示すものと考えられるという。

「テストステロンが多い男性ほど“男性力”と“社会性”の面で優れていると考えるに値する科学的な相関性はあると思われる。テストステロンの量を調べることで、社会性は別としても、男性の健康やアンチエイジングに役立てることはできるのです」

■変化がそのままの状態で現れやすい

 堀江医師によると、テストステロンは血液からも測れるが、精液のほうがより正確な数値を導き出すことができるという。仕組みはこうだ。

 人間の体内には成人で約4〜5リットルの血液が流れている。対して精液の量は、せいぜい十数ccと圧倒的に少ない。

 人の体は、何か異常や変化が生じたとき、その変化を覆い隠すような平衡化、均衡化を図ることで正常な状態に近づけようとする働きが起きる。これを「ホメオスタシス」と呼ぶが、体内の量が多い血液は、ホメオスタシスの影響を受けやすい。そのため、血液を検体にすると、体内で実際に起きている変化も、ある程度マスキングされた状態で数値化される傾向にある。

 これに対して量の少ない精液は、ホメオスタシスの影響が小さい。体内で何らかの変化が起きている時、その変化がそのままの状態で現れやすい――というのだ。

「テストステロンを測る時、血液よりも精液のほうが精度の高い数値を得ることができます。少なくともテストステロンに関して言えば、血液よりも精液のほうが優れた検体ということができるのです」(堀江医師)

 近年は「性差医療」といって、男性と女性の体の構造的な違いに基づく医療の構築が進んでいる。「男性医療」「女性医療」という言葉が用いられ、それぞれの個別性に立脚した医療の研究開発に注目が集まっている。

 そんな中、男性医療において、精液は一躍存在感を増してきたわけだ。

 こうした動きを背景に、精液検査を専門に行うベンチャー企業も登場している。

 自宅で採取した精液を専用の検査キットで郵送することで、男性医療の面からわかる健康状態を判断するサービスの実用化が進んでいるのだ。

 検体を採取する――という行為を考えたとき、血液や尿が医療機関で簡単に取れるのに対して、精液を取り出すにはひと手間かかる。この問題を「郵送キット」はクリアする。自宅で採取して郵送する――という形をとることで、プライバシーが保たれるのだ。

 精液の医療利用は、現実味を帯びてきている。

■採血は針を刺すという痛みを伴うが・・・・・・

 堀江医師は言う。

「男性の体は何歳になっても精液を作り続け、何歳になっても射精は可能。つまり、精液を利用した検査に年齢制限はないのです」

 採血は針を刺すという痛みを伴うが、射精に伴うのは快感だ。

 男性読者の皆さん、精液の有用性のさらなる解明に期待しようではありませんか!

(長田 昭二)

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