78歳店主が営む“地元の人気店” 中崎町の中華料理屋で「350円のラーメン」を頼んだらホッとした!

78歳店主が営む“地元の人気店” 中崎町の中華料理屋で「350円のラーメン」を頼んだらホッとした!

今回訪れたのは中崎町にある「八番」

「B中華を探す旅・大阪編」の取材を行ったのは2020年10月下旬、すなわち新型コロナ第3波到来直前のことであった。2泊3日で3軒を訪ねたわけで、うち2軒(「 さか市 」、「 桃園 」)はすでにご紹介済みである。

 ところが、そののちボーッとしていたら(というわけでは決してない)時間が矢のように過ぎていき、気がつけば新型コロナも第4波が訪れようとしている。ウェブメディアにあるまじきスローペース。我ながら呆れるばかりだが、今回はいよいよ、残す1軒をご紹介したいと思う。

■梅田からも徒歩圏内のB中華

 訪ねたのは、梅田からも徒歩圏内にあり、地下鉄谷町線・東梅田駅から1駅の中崎町駅。2番出口を出て進むと、濃厚なレトロ感を漂わせるB喫茶が営業していたりして、なかなか雰囲気のある町である。

 だが家賃が安いこともあり、最近では古い建物をリノベーションしたカフェや雑貨屋も増えているらしい。そんな、古いものと新しいものが共存している町を歩くこと約2分。見落としてしまいそうな細い筋を入ると、今回のお目当てである「八番」が現れた。

 やや煤けたオレンジ地の日除けテント看板に、「ラーメン・ギョーザ 中華料理 八番」の文字。暖簾は赤い地で文字は白抜き。「ラーメン」と書かれた赤い提灯はビニールで覆われている。

 キリンビールのマークが入った立て看板の、派手に割れた形跡もいい味わいだ。すなわち、B中華としては理想的な外観だといえる。

■まずはビールを注文!

 しかし、そこまでなら想定内だったのだ。ところが足を踏み入れてみると、内部はなかなかにブルージーである。などと曖昧な表現を使ってしまったが、早い話がとても古く、お世辞にも清潔な感じではない。

 けれども、それがいい。

 右側が厨房になっていて、向き合う形で5脚の丸椅子が並ぶ赤いカウンター。ただし、その半分は小物置き場と化しており、実質的に座ることができるのは手前の3脚だけだ。

 左側にはテーブル席が2つあり、ちょうどいいタイミングで空いた奥のテーブルに座る。狭い店内を見回しながら、まずはビールを注文だ。そしてメニューをチェックして、鶏からあげ、餃子、豚肉玉子イタメを頼む。

 すでに頼みすぎだという気もするが、同行してくれた大阪の友人は食欲旺盛なので安心だ。それに、なんだか、いろいろ頼みたくなっちゃうような雰囲気なのだ。安いし。

■豚肉玉子イタメは“意外な味”だった

 それにしても、厨房で忙しそうに動いているご主人は気難しそうに見え、サポートをする奥様も口数が少なそうではある。果たして、話など聞かせてもらえるのか。

 だが、豚肉玉子イタメが出てきたタイミングで声をかけてみたところ、奥様からは予想外の答えが返ってきたのだった。

「おかあさん、僕、東京から来ました」
「そう? ありがとうございます。東京はどちら?」
「詳しいですか?」
「ええ。東京出身。入谷っていうところ」

 なんと、東京出身者であった。聞けばご主人も赤羽に住んでいたらしい(詳しい話はのちほど)。奥様とも、そのころ出会ったのだという。

 いきなり意外な展開に驚かされたわけだが、料理の味もまた意外ではあった。

 店の雰囲気からして、漠然と濃いめで大雑把な味を想像していたのだが(イメージでものを判断してはいけないぞ)、豚肉玉子イタメは意外なくらいにあっさりと上品な味つけだったのである。続く酢豚もやさしい味だ。

■地元から信頼されているお店

 なお13時半ごろだったので、一般的なランチタイムは過ぎている。にもかかわらず、店内には人が絶えない。ひとり帰ったらまた別のひとりが入ってくるという、リズミカルなペースがキープされているのだ。

 20代の女の子が、母親らしき女性と入ってきたりもしたのでビックリしたが、そんなところからも、地元から信頼されていることがわかる。

 それにしても、続いて登場した餃子や唐揚げに舌鼓を打ちながらビールを空けていたら、あっという間に酔ってしまいそうな気がしてきた。やばい。早く話を聞かないと、へべれけになってしまう。そこで勇気を出して、ちょうど手が空いた様子のご主人に、お話を伺えないかと声をかけてみた。

「いいですよ。俗にいう『文春砲』の一員さんですか?」

 意外やフランクでシャレが効く。外見的には、ラッパーのSEAMOの数十年後という印象。つまり若々しいのだが、「そろそろ限界なんだけども」とおっしゃるのでお聞きしたところ、78歳なのだとか。いやいや、そうは見えないなぁ。

「文春な……。俺、若いころ東京におって、後楽園の裏のほう、地下鉄のそばに岩波書店の倉庫があったの。あそこでちょっと働いとったよ。労働組合というのが、出版労連とかっていうやつな。あの連中はな。きつかったなあ、岩波文庫は(笑)」

■「大阪には、忘れ物を取りに来た」

 岩波書店と文春は無関係だが、出版ということで思い出されたようだ。ともあれそんなわけで、おふたりは東京で知り合ったらしい。ただし、ご主人の斉藤俊紀さんは青森出身だそう。青森〜東京〜大阪とは、ちょっと極端な移動の仕方だが、なぜ大阪に来たのだろう?

「なんていえばいいかなあ。大阪には、忘れ物を取りに来たっていうか(笑)」

 なかなか素敵な表現である。

「高校のときの修学旅行が、関西コースと札幌コースと、ふたつあったの。うちは弘前の郊外の農家だから、関西に行きたかった。高校3年だから昭和33年ぐらいのころかな。でも、そんな(大阪に行くだけの)現金なんかあるわけないから、札幌コースにしたの。札幌は2泊3日なのに、関西行くと1週間だ。本州は時間がかかるからね。だから、そのとき関西コースに乗れなかったもんで、いい加減年取ってから、『どうせなら関西を見て、そこで往生しよう』みたいな(笑)。で、そのまんまね、居ついちゃったという」

 大阪に移住したのは30歳のとき。48年も経っているわけで、もはやすっかり大阪人だ。

「わしらの年代は、そういうのけっこうおりますよ。日本の景気がよくなってね。要は『ディスカバージャパン』というさ、旅行みたいな。いまのGo Toと似たような感じで、旅行ブームがあってね。そのときにみんな動いてね」

 ただ、先ほどの岩波書店時代がそうであるように、大阪に移るまでにはいくつかのプロセスを踏んできた。人生の助走期間があったというべきか。

■30代で“脱サラ”して飲食店修業

「もともと、東京で10年ばかりサラリーマンをしとったんだけども。先が見えたというか(笑)、なにかしてみたくなってな」

 そこで大阪に移り、桃谷の飲食店で修業をした。

「2年ばかり住み込みで修業したというか、中華を教え込まれたという雰囲気ね。ほんとは寿司屋をやりたいというのがあったんだよ。で、寿司屋へ行ったらね、飯炊くまで10年、お茶入れ3年とかね、湯沸かし1年とかね。30になってからそれをやったんじゃ、青春、終わってしまうよ(笑)。で、俺より4つぐらい年上の人が、『じゃあ、俺が3週間で中華を教えてやるからよ』というから、『じゃあ乗った!』っていうようなもんでだな」

 ユルいのである。だが若いころなんて、多かれ少なかれみんなそんなものだ。ちなみに、若いころには「ちょっと棒を持って、走りまくった時分」もあったらしい。

「だって、わしらの年代はな、いわゆる60年安保の年だから。それで、60年安保が18のときだ。70年安保が28だ。その間中、ほとんどもう、あれだな。ヤング諸君はな、一番モテないのはノンポリといわれた連中だ。だから、なにかせないかんのよ、男は。女の子にモテるには。歌声喫茶に行ってもなにをしても、左というか、そっちのほうの歌ばっかりでね。演歌なんか、どうでもええ話でな。セクトがむちゃくちゃあってね。もう3人寄ればセクトだからね」?

 聞いてみなければわからないことは、いろいろあるものだ。ところで、なぜ店名が「八番」なのだろう?

「その理由はね、八という数字はね、永遠というか、永久という意味がね。印象が強かったのは、60年代のアメリカの『ベン・ケーシー』というテレビドラマ。あれに記号がいっぱい出てきて、8を横にしたやつ(∞)、永久、永遠とかいうのもあった(注:オープニングで「男、女、誕生、死亡、そして無限」というナレーションとともに黒板に記号が書かれた)。それを見て、8という数字をなにかのときに使おうと思ったんですよ。なるべくやめないように、長く、永久に続けられるようにとか、自分の足にタガを履かせたといえばいいかね。とにかくね、やめやすい仕事よ、この仕事は。入りやすい仕事でもあるし」

■“締めのラーメン”に頼んだのは……

 まさかの「ベン・ケーシー」由来。おもしろすぎてつい引き込まれてしまったが、最後はやはり“締めのラーメン”だろう。話が途切れたタイミングでお願いすると、ほどなく見た目にも透明感のあるラーメンがテーブルに置かれた。

 鶏ガラのスープはあっさりとしていて、とてもやさしい味だ。麺も硬すぎず、柔らかすぎず、何十年もこのスタイルでやってきたことが、ひとつひとつの味から伝わってくる。

 だから、ホッとする。最後に頼んで本当によかった。

「昭和のラーメンということでね(笑)」

 しかし、こういう味に触れてしまうと、やはり「あのこと」が気になってしまう。後継ぎは、いないのだろうか?

「うん。なし、なし。いまはそういう時代と違います。この中華業界がね。3Kです。それと、いま、中国から人が来ないから、大きいところは大変ですよ。料理人がおらんの。中国の人は少々無理いっても働いてくれるけども。日本人は働かない」

撮影=印南敦史

INFORMATION

 八番
 大阪府大阪市北区中崎西1-6-36
 営業時間 11:30〜23:00
 定休日 日曜日
 
 ラーメン 350円
 鶏からあげ 600円
 酢豚 600円
 餃子 250円
 豚肉玉子イタメ 600円

(印南 敦史)

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