「繁忙期には店の外からも注文が…」 蒲田の雑踏を見つめた老舗そば屋“最後の日々”

「繁忙期には店の外からも注文が…」 蒲田の雑踏を見つめた老舗そば屋“最後の日々”

蒲田西口駅前からの現在の様子

 昭和の時代、戦後の復興から高度経済成長の頃は、蒲田駅周辺はいつも喧騒といってもいいほどの活気に溢れていた。若い頃、自分にとって蒲田は、何故か怖い町という印象だった。また同時に、映画「蒲田行進曲」の影響もあってか、映画撮影の街・人情の街と勝手に想像していた。

 それが餃子の街として人気になったバブル景気後半の頃から様子が変わったように思う。若者が大挙して「?好(ニーハオ)」や「金春」の餃子を食べに蒲田にやってきた。自分も餃子をずいぶん食べに行った。そして、蒲田周辺はマンション開発などが一気に進み、明るい空が戻ってきた。景気は長い下降局面に入り、街は落ち着いていった。

 平成時代に入っても蒲田の餃子の人気は続き、さらに立ち飲みのブームも重なって、呑み助の街という印象が強くなった。西口サンロードや京急蒲田商店街あすと辺りの立ち飲み屋を、居酒屋の達人と、何度かはしごした記憶が残っている。

■JR蒲田駅前から消えゆく立ち食いそば屋

 JR蒲田駅にあった立ち食いうどん屋「めん亭」が閉店したのが2007年。閉店時はラジオなどでも話題になった。2010年9月には西口の「南蛮カレー」が静かに閉店した。そして、2012年に京急蒲田駅は全面高架となり、見違えるほどきれいになった。現在、蒲田の街はコロナ禍があるものの、いつもと変わらない営みを続けている。

 そんな蒲田の街を昭和の時代から見守ってきた立ち食いそば屋「みよし庵」が2021年4月30日をもって閉店するという知らせが入ってきた。そこで4月初旬に訪問してみることにした。

「みよし庵」はJR蒲田駅西口のドン・キホーテの前でいつものようにひっそりと営業していた。暖簾が春風に揺れていた。店先にも閉店のお知らせが貼りだされていた。女将さんはいつも通りの笑顔で迎えてくれた。

 縦長で左右に長いカウンターがある店内は、外の喧騒がうそのように静かで緩やかな時間がいつものように流れていた。

 閉店の話を切り出してみると、「そうなんです。まあ、今は一人でやってるから大変で…」という。一緒に経営している弟さんの体調が芳しくなく、現在は女将さんだけで店を切り盛りしているそうだ。

「開店前の朝4時から店に来て仕込みをして5時半に開店し、14時閉店後も16時過ぎまで片付けをしていて、店に12時間以上いるので、体力的に限界だ」とのことである。そして、「今年で創業45年ときりがいいので閉店することにした」としみじみ話してくれた。

■一番人気の「天ぷらそば」は300円、昭和の安さのメニューが並ぶ

「みよし庵」は1976年(昭和51年)の創業である。創業当時は、それはそれは忙しい毎日だったという。

「とにかく店は満員で、家族含め5人位で店を回していたんですけど、それでも足りないくらいだった。朝は近所のサラリーマンや日雇いの人達がやって来た。昼になると日本工学院の学生さん達がたくさん来て、店の外から注文していたほどだった」と女将さんは言う。

 改めて、メニューを眺めてみた。「天ぷらそば」は300円と破格の安さである。「天ぷら」は80円で消費増税時でも値上げをしなかったそうだ。「かけそば」は220円、一番高い「いか天そば」でも390円である。「カレーライス」は380円。「天ぷらそば」の天ぷらは仕入品だそうだが、他のちくわ天やイカ天、いなり、カレーなどは自家製である。

「みよし庵」の値段が安い秘密をきいてみると、もちろん店舗が賃貸でないという理由もあるのだが、人情そば屋という側面があったようで、なかなか面白い。

「創業当時、天ぷらそばは220円、かけそばは140円でした。常連さんとの長い付き合いがあり、昭和の繁忙期から極力値上げをしないで続けてきて、今は、生活ができるくらいのお金になればいいという流れになって、安い値段のまま時間が過ぎてしまった」そうである。ありがたいことである。

 さて、名残惜しい「みよし庵」のメニューを紹介しようと思う。

 まずは、一番人気の「天ぷらそば」。天ぷらは人参やたまねぎなどを細切りにしてコロモをつけて揚げたタイプで、ペラっとしてどんぶり一面に広がる独特のスタイルである。このチープな天ぷらがたまらない。そして、赤味のきれいなつゆをひとくち。まさに昭和の味である。そばは近隣の製麺所の細めの茹で麺である。それぞれのバランスが素晴らしい。横浜駅ジョイナス口前の「鈴一」や東神奈川駅の「日栄軒」、昔の大船駅の「大船軒」などと共通する京浜東北線沿線の味である。

 次は人気の「カレーそば」(370円)。これしか食べない常連のお客さんもいるとか。いわゆる「カレーライス」のカレールーをかけそばにかけるタイプで、少しだけそばつゆが入っている。とろみのあるカレールーがそばと絡んでなかなかうまい。カレーが結構辛い。

「カレーライス」(380円)は外せないという常連も多いようだ。見た目は普通のカレーだが確かに辛い。毎朝、カレーを仕込んでいるそうで、朝は特に辛みが強いそうだ。この昭和の味の「カレーライス」はもっと食べておけばよかった。

 夏になると外せないのが「冷し天ぷらそば」(350円)である。「みよし庵」では常連のファンが多いようで、いつしか年中食べることができるメニューになったという。ガラスの容器に冷たくしめたそばを入れ、冷たいつゆをぶっかけて、あのペラっとした天ぷらを載せ、きれいにわさびを飾って登場する。この美しい姿にいつも感心して食べていた。

 そして、最後に紹介するのが「コロッケそば」(310円)である。創業当初からあったメニューのようで、コロッケを「カレーライス」や「カレーそば」のトッピングにする常連も多いという。「メンチそば」とともに隠れた人気メニューだとか。

■昭和の時代を見つめた老舗そば屋が消えていく

 最後に女将さんから、「みよし庵」をご愛顧してくださったお客さんへメッセージをいただいた。

「長い間、当店をご利用いただき、またご贔屓にしていただきありがとうございます。閉店の4月30日までもう少し頑張ります。営業時間は14時までですが、是非、お越しください。そして、閉店後も蒲田の片隅でみよし庵という小さなお店があったことを少しだけ記憶にとどめていただければ幸いです」

 またひとつ蒲田の昭和の立ち食いそば屋が消えていく。

 立ち食いそば屋は、ワンコインで老舗にないような素材を使い、安くて、うまい味を、早く提供してくれる。老舗や手打ちそば屋とは、異なるベクトルで存在している。街に静かに存在し、良き時も悪しき時も、自分がダメな時も、世の中に潰されそうになった時も、いつもあっけらかんとして、受け入れてくれる。蒲田の「みよし庵」もそんなありがたい存在だった。女将さん、閉店までがんばって。

写真=坂崎 仁紀

INFORMATION

「みよし庵」

住所:東京都大田区西蒲田7-2-6
営業時間:5:30〜14:00
定休日: 日曜日
2021年4月30日閉店予定

(坂崎 仁紀)

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