「息子がゲイ」であることを知らされて、厳格だった父は……

「息子がゲイ」であることを知らされて、厳格だった父は……

七崎良輔さん

書籍「 僕が夫に出会うまで 」

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『僕が夫に出会うまで』コミカライズ版 の発売を記念して、原作エッセイの書き下ろしエピソードを一部、公開します。

今回は、悔いが残ってしまった母親へのカミングアウト※の後日談を公開。

さらに、同性カップルにとっての「パートナーシップ契約公正証書」の重要性についても綴っています。

コミカライズ版と併せてお楽しみください。

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※母親へのカミングアウト( #28 〜 #30 )を読むにはこちらから。

 2015年9月30日。僕と亮介君は、カップルから家族になった。僕らは自分たちを夫夫(ふうふ)と呼んでいる。

 江戸川区役所に婚姻届を提出した同日、僕らは『パートナーシップ契約公正証書』というものを公証役場で作成した。

 公正証書とは、公証役場で公証人が作成する公的な書類のことで、僕たちは貞操義務など、男女が婚姻すると発生する義務や権利を、夫夫間で契約している(詳しくは、「Juerias LGBT Wedding」で検索してほしい)。

 そのときはまだ、渋谷区のパートナーシップ条例が施行される前だったこともあるのだが、僕たちは、多くの公証役場から、パートナーシップ契約公正証書の作成を断られてしまった。

 理由としては「男女ではない、同性間の契約は、公序良俗に反する恐れがある」とか、「そんなの聞いたことない」とか、あからさまに嫌な顔をされて、突き返されてしまうのがほとんどだった。心をズタズタにされて帰ってきたことが何度あったことか。

 僕と亮介君は、契約を、公正証書にするのを諦め、二人だけの契約書を作成した。

 それから数日のうちに、たまたま、いいご縁をいただき、僕らのような人間に寛容な公証人を友人の弁護士さんから紹介して頂けることになり、婚姻届を提出した当日に、無事、公正証書を作ることができた。

■「愛があればいいじゃないか」はあまりにも無責任

 そもそも、なぜ公正証書が必要なのかというと、僕らのような同性カップルは、何年一緒に暮らしていようと、どんなに愛し合っていようが、この日本社会では全くの他人なのだ。よく、「愛があればいいじゃないか」とか「男女でも紙キレに縛られない内縁の夫婦もいるしね」とか言われることがあるが、僕はそうは思っていない。

 愛があるなら、なおさら、相手のためにも、自分のためにも「婚姻制度」は必要だし、婚姻届が不受理で返って来てしまうこの時代には、やはり公正証書が必要なんじゃないかと僕は思うのだ。

 この社会がユートピアのような世界であれば、愛だけあれば最高で、愛が全てなのかもしれない。でもこの社会のシステムは全てがそうできていないじゃないか。

 これまで同性カップルの方々が、何十年も連れ添ったパートナーの死に目にも会えず、葬儀にも出席できなかったような例がいくつもある中で、「愛があればいいじゃないか」という言葉はあまりにも無責任なのではないだろうか。

 それに男女であれば、いくつかの簡単な項目を満たせば内縁の関係と認められるが、同性カップルにはそれすら認められていないのが現状だ。実際に、亮介君との戸籍上の関係を事実婚の世帯変更届のように「夫(未届)」としてもらえないか相談をしてみたが、婚姻届を提出し、受理される間柄にしかそれは使えないと言われてしまった。

 そんなことを挙げるとキリがないし、文句ばかり書きたくないからこの辺にしておくが、婚姻制度は必要だし、それが叶わない現状では公正証書で、パートナーとの契約をしっかり結ぶことはかなり重要なことだ。パートナーシップ制度がない自治体に住んでいるのならなおさらだ。

■厳しかった父は、息子がゲイであることを知って……

 その公正証書で、僕と亮介君は、お互いの医療やお金に関することも盛り込んでいる。たとえば、僕が事故や病で意思表示ができなくなった時、手術や延命の判断を亮介君に託すといった内容などだ。

 これは、さすがに、両親にも話しておかなくてはいけないと思った。なぜなら、もし亮介君の判断で僕が手術を受けて、失敗して死んだりしたら、僕の両親は亮介君を恨んだり、訴えたりすることになるかもしれない。

 母にカミングアウトをした時には、「もうその話はしないでくれ」と言われてしまい、以降それを守ってきたが、もうそれも終わりだと思った。

 母に電話で事情を説明すると母は言った。

「そこまでキチンと考えているなら、わかった! お父さんにも私から話すわ。こうなったらこれ以上、お父さんにだけ隠しておく訳にはいかないわね!」

 それから数日、僕も気が気ではなかった。お父さんがお母さんに「お前の育て方が悪いからだ!」とか言っちゃって、喧嘩になっているかもしれない。だが、母からかかってきた電話の声は妙に落ち着いていた。

「お父さんに言ったよ。すごく緊張したわ。カミングアウトってこんな気分なのね」

「で、お父さんはなんて言ってた?」

「それがさ、『あいつ、男が好きなのか! やっぱり変わってるな。ハハハ』って、笑ったの」

「え、?でしょ?」

「ほんと。びっくり」

 父は歳をとって丸くなったのだろうか。

 周りの心配をよそに、父はなんのダメージも受けなかったようだ。息子がゲイであることを、母は受け入れるのに七年以上かかり、父は一瞬で笑い飛ばした。父が母に比べて僕への愛情が少ないわけではないと思う。これは本当に、性格の違いというか、受け入れ方の違いでしかない。

 周りのゲイの人を見ていても、自分がゲイだということを幼い頃にすんなり受け入れることのできた人もいれば、拓馬や弘樹のように受け入れるのに苦労する人もいるのだから、親にも同じことが言えるのだと思う。

 父が意外にも寛容であったことで、早速僕は亮介君と北海道へ行き、両親に亮介君を紹介した。亮介君は終始緊張していたが、両親は逆に亮介君という真面目そうな青年を見て、安心したようだった。

■誰かに石を投げられたりしないか心配だった

 結婚式はそれから1年後の2016年10月10日の体育の日に「築地本願寺」という由緒ある寺院で執り行われた。

 築地本願寺(浄土真宗本願寺派)が、宗派で男性同士の式を認めたのは歴史上初のことだった。ただ、結婚が法律で認められていないことを理由に、表向きは『仏前結婚式』という言葉ではなく『パートナーシップ仏前奉告式』という名目ではあったが、中身は男女の結婚式と変わらなかった。

 僕ら夫夫が男同士で、歴史ある由緒正しい大きなお寺で式を挙げることを、快く思わなかった人も多くいるだろうと思う。どんな組織の中にも「保守派」と「革新派」が混在しているのだから、何かを変えることは容易くはないのだ。時間は要したが、築地本願寺で式を挙げられたことを本当に幸せに思う。

 どうしてもお寺で式を挙げたかった理由は、僕は長男として生まれ、妹しかいないから。七崎家が僕の代で途絶えることになると思うと、少しだけご先祖様に対して、忍びない気持ちがあったからだ。おじいちゃんおばあちゃんにはカミングアウトをできないまま他界してしまった。だから僕にとって仏前式をすることは、おじいちゃんおばあちゃんやご先祖様にカミングアウトをすることであり、亮介君との結婚を奉告する場ともなったのだ。奉告した後は今までにないほど清々しい気持ちになった。

 築地本願寺での挙式は一般の参拝客も近くで挙式を見学することができる。僕は自分たちの式が始まるまで、式中に、誰かに石を投げられたりするのではないかと心配していた。だが実際のところ、石を投げつけられるどころか、一般参拝客や海外からの観光客までもが、僕ら夫夫を祝福してくれたのだった(もちろん僕ら新郎・新夫を見て、目をまん丸くする人も多くいたが、それはそれで面白かった)。

写真=平松市聖/文藝春秋
(この連載を 最初 から読む)

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 両親へのカミングアウトはコミカライズ版にも収録されています。 こちら からお楽しみください。原作、コミカライズ版、ともに好評発売中です。

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(七崎 良輔)

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