行方不明から2日後、雑木林で発見された女子高生の遺体…軍港の町で何が起こったのか

行方不明から2日後、雑木林で発見された女子高生の遺体…軍港の町で何が起こったのか

旧日本海軍の軍港た?った舞鶴港は、現在も海上自衛隊の基地として利用されている ©谷口雅彦

 科学捜査の発達した現代では、警察の事件捜査能力は飛躍的に向上した。警察庁の「犯罪統計資料」の中の殺人事件の件数をみれば、2007年から2016年の10年間の認知件数1万567件に対し、検挙数は1万288件と約97%だ。

 逆にいえば、今日でも尚、3%ほどの事件が「未解決」になっている。殺人など凶悪犯罪の時効が廃止されて早11年。事件の風化を防ぐため、実際の現場を新たに訪れ再検証を行ったロングセラー 「迷宮探訪」 (警視庁元刑事・北芝健監修、「週刊大衆」編集部編、谷口雅彦撮影:双葉社2017年刊)より、一部を抜粋して引用する。

 今回は2008年、京都府舞鶴市で起きた「舞鶴高1女子殺害事件」について――。

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■「舞鶴高1女子殺害事件」事件概要

 2008年5月に京都府舞鶴市で起きた殺人事件。当時、高校1年生だった被害者のKさん(15)は、同年5月6日の22時頃に自宅から外出後に行方が分からなくなり、2日後の8日8時45分頃、同市内を流れる朝来川沿いの雑木林で遺体となって発見された。

 遺体は全裸で、顔や頭などをバールのような道具を使って殴られた跡があり、現場には大量の血痕が残されていた。また、遺体は土や枯れ葉などをかけて隠されていた。

 警察は殺人事件として捜査。その中で、7日未明にKさんらしき女性が自転車を押す男と一緒に歩いている姿が、同市内にある複数の防犯カメラに映っていることが判明した。それを手がかりに、事件から11か月後の2009年4月7日、遺体発見現場付近に住む男が逮捕された。

 しかし、この男が防犯カメラに映っていた男と容姿や当日の服装が酷似していたことや、アリバイに不審な点があったこと、過去に何度も似たような傷害事件を起こした経歴があったことなど、状況証拠は揃っていたものの、この男と事件を結びつける物的証拠は一切、上がってこなかった。

 男は裁判で無罪を主張したが、2011年5月に一審で無期懲役の判決が下った。しかし控訴審では、証拠が不十分だったことから2012年12月に逆転の無罪判決が下され、2014年7月に無罪が確定した。

 その後、真犯人は逮捕されていない。

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■外出した数時間、彼女に何が…

 無実の罪で容疑者が囚われたために、真実が見えなくなってしまう事件がある。この事件も、その一つなのだろうか。

 深夜に外出した女子高生が全裸の遺体となって発見された事件で逮捕された男は、裁判で無罪を主張。一審で無期懲役の判決が下るも、二審で無罪となり、後に最高裁で無罪が確定した。真犯人は今も逮捕されていない。少女はなぜ被害に遭ったのか、また、真犯人は誰なのか――。彼女の足跡をたどりながら、事件を検証したい。

 かつて旧日本海軍の軍港として栄えた港町・京都府舞鶴市。そこで起きたこの事件は、なんとも痛ましく、特異なものだった。

 2008年の5月。外出したきり行方が分からなくなっていた少女が、同市内を流れる朝来川沿いの雑木林で無残な姿となって発見された。被害者は4月に高校へ入学したばかりのKさん。彼女がいなくなったのは同月6日の夜、発見されたのは8日の朝だった。死亡推定時刻は7日の未明。つまり、外出した数時間後に殺害されたものと思われる。その間に、いったい何が起きたのだろうか。

 実は事件当夜、自転車を押す男と一緒に歩いているKさんの姿が目撃され、それは舞鶴市内の3か所の防犯カメラにも映っていた。彼女の自宅から遺体発見現場まで、その目撃情報や防犯カメラの地点を線で結ぶと、経路は約7km。歩いて向かうには相当な距離だ。彼女はなぜ、そこへ向かったのだろうか。その道をたどりながら、事件を振り返ってみたい。

■内気で孤独な少女

 Kさんの母親の話によれば、Kさんは6日22時頃に家を出たと見られている。そして23時55分に、自宅から数百m離れた国道27号線沿いにあるガソリンスタンド付近を一人で歩くKさんの姿が防犯カメラに映っていた。その直後の23時57分、彼女はプロフ(携帯サイトのブログ)に、〈イェイ 発見〉という書き込みと、工事現場の赤色灯のような画像をアップしている。彼女が何を発見したのかは、現在も謎のままだ。

 東京で生まれたKさんは、幼い頃に両親が離婚した際、母親に引き取られて舞鶴に移り住んだ。当時を知る人の話によれば、彼女は内気な少女だったそうだ。実はその頃、彼女は遺体発見現場の近くのマンションに住んでいたのだという。だが、中学に入ると、彼女は引きこもりがちになり、一時は親元を離れ、親戚のいる埼玉の学校に通う時期もあったそうだ。その後、舞鶴に戻って高校に進学したが、4月の入学以降、登校したのは5月2日の1日だけだった。

 Kさんには、父親代わりの男性がいた。だが、その男性が事件の前月に亡くなってしまう。不登校気味だったうえに、生活環境の劇的な変化……心理的に相当不安定になっていたようで、彼女のプロフには、寂しい気持ちが何度も書き込まれていた。

「彼女は精神的にも不安定で孤独な少女だった。そんなときの心理状態って、昔を懐かしむ傾向があると思うんです。憶測ですが、以前住んでいた場所に行こうとしていたのかもしれない。そこへ向かう途中で自転車の男と出会い、“夜道は危ない。自分も同じ方向に行くから送るよ”とでも言われたんじゃないかな。そして、その男に殺害された……あくまで想像ですが」(北芝氏=以下同)

■「散歩していて、今、○○薬局にいる」

 次に所在が確認されたのは、日付が変わって5月7日の0時50分頃。親友に「散歩していて、今、○○薬局にいる」と電話をしている。この薬局は、ガソリンスタンドと同じ国道沿い、そこから西に約1・5kmの地点にある。そして1時20分頃、薬局の先を曲がって少し北上した辺りで、Kさんらしき女性が自転車を押す男と歩いている姿が目撃され、その様子はそこから約1km先にある海上自衛隊施設の脇の防犯カメラや、さらにそこから約2km先の運送会社の防犯カメラにも映っていた。その1・5km先、遺体発見現場から300mの地点でも、その姿が目撃されたといわれている。目撃情報は、いずれも車ですれ違ったというものだった。

 ちなみに、遺体が発見された場所の付近で、若い女性の話し声を聞いたという証言もあったが、その周辺は以前から若者の溜まり場になっていたという情報もあり、その声がKさんのものかどうか、定かではない。

■雑木林への遺棄

 Kさんの遺体は雑木林に遺棄されていた。遺体には土や枯れ葉がかけられていたが、耳と指の一部が露出していたため、発見に至ったのだという。全裸の状態で首に植物のツルが巻かれていた遺体は、本人と識別できないほどに損傷。死因は顔や頭を殴られて大量失血したことによる失血死だった。また、両腕には無数の内出血があったが、胴体と下半身に外傷がなかった。つまり、首から上だけを殴打されて命を落としたということだ。腕の傷は、おそらく頭部への攻撃を避けた際にできた防御創だろう。まさに酸鼻を極める状態。卑劣としか言いようのない犯行だ。

――遺体発見現場は、思いのほか、すぐに見つかった。献花台があり、たくさんの花が供えられていたからだ。我々が訪れたのが事件発生から、ちょうど7年後の5月だったからだろうか。その花を見て、改めて胸が締めつけられる思いになった。

 舞鶴は海沿いの町ではあるが、地形的には面積の大半を山地が占めている。かつて海軍がこの地に拠点を置いたのも、山に囲まれた湖のように波の少ない舞鶴湾が軍港として最適だったからだ。そんな地形の町であるため、発見現場の横を流れる朝来川も、港町の河口付近に流れているような幅の広い川ではなく、山の中を流れる清流だった。

 この川には、Kさんの衣服や所持品が、いくつも散乱していた。落ちていたTシャツに血痕はなく、ジーンズは裏返しになっていなかった。

「服に血がついていないということは、全裸の状態で殴打されたものと推測できますが、もちろん自分で服を脱いだはずはない。おそらく、服を着ているときに、まず顔を殴ったのだと考えられます。人は強烈に顔や頭を殴られると、痛さで声を失って抵抗できなくなるものです。そうなったところで服を脱がせ、そのあとに鈍器で殴って殺害……ズボンが裏返しになっていなかったのは、脱がせた後で整えたからだと思います」

未解決の「舞鶴高1女子殺害事件」…捜査線上に浮かび上がった“ハゲタカ”と呼ばれた男 へ続く

(北芝 健,「週刊大衆」編集部)

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