親が望む特性を子に与える「デザイナーベビー」も…ゲノム編集技術を開発した科学者の強い懸念

親が望む特性を子に与える「デザイナーベビー」も…ゲノム編集技術を開発した科学者の強い懸念

©iStock.com

 2018年、中国で、ゲノム編集技術により遺伝子改変したヒト受精卵から双子を誕生させたという衝撃のニュースが流れた。技術が未成熟で国際的な議論が進まない中での暴挙に、世界中から非難の声が上がった。

 生まれた子だけではなく、その子孫にまで影響を及ぼすゲノム編集。科学者が新たな技術の負の側面と向き合い、望ましい研究のあり方を模索するために必要なことは何だろうか。科学ジャーナリスト・須田桃子氏の『 合成生物学の衝撃 』より一部抜粋して紹介する。(全2回の1回目/ #2 を読む)

◆◆◆

■「責任ある科学」

 2018年7月、私はかねて会いたかった人物に日本で会う機会に恵まれた。米カリフォルニア大学バークレー校のジェニファー・ダウドナ教授。第三章で紹介した「究極の遺伝子編集技術」、CRISPR?Cas9(クリスパー・キャスナイン)というゲノム編集技術を開発した一人だ。

 インタビューのテーマに「責任ある科学(Responsible Science)」を選んだ。新たな技術やアイデアを生み出した科学者自身が、研究の初期の段階から、その負の側面にも目を向けて生じうるリスクを開示し、それについて積極的に社会と対話し、望ましい研究のあり方を模索するーーといった意味だ。それに類する「責任あるイノベーション(Responsible Innovation)」という言葉とともに、留学中、さまざまな議論の場で耳にした。

 ダウドナはまさに「責任ある科学」を体現する一人と言えるだろう。CRISPRの開発から二年後には自ら研究者や市民に議論を呼び掛け、著書のなかでは、原子力の研究が核兵器開発につながった歴史を振り返り、ゲノム編集技術の悪用や乱用を懸念している。

 インタビューでダウドナは、ゲノム編集に関する幅広い議論を提案しつつも、自ら参加することに当初はためらいがあったと明かした。「生命倫理の専門家ではなかったし、遺伝子操作の国際的な規制についての知識もあまりなかったからです。科学者ではない人たちからの質問に答えることにも不安を感じていました」。背中を押してくれたのは、相談した大学の同僚だったという。

■ゲノム編集技術により双子を誕生させたという衝撃のニュース

「技術について一般の人々に説明し、その使用についての規制や指針作りに向け市民と協働することは開発に携わった科学者の真の責任である、との私の考えに賛同してくれたのです」

 ダウドナは、「社会の反発を引き起こすような応用」への強い懸念も口にした。その例として、両親が好む外見や能力を持つようにゲノム編集された「デザイナーベビー」の誕生や、患者に害を及ぼすような未熟な臨床研究、自然環境にダメージを与える生物を作り出すこと─などを挙げ、こう語った。

「それらは『ゲノム編集そのものが悪い』として全ての応用を否定するような社会的批判を招く危険性があり、阻止しなければなりません」(2018年9月24日付毎日新聞朝刊より)

 しかし残念ながら、彼女の懸念はその年のうちに現実となってしまった。11月下旬、中国の研究者がCRISPRを使って遺伝子改変したヒト受精卵から双子を誕生させたという衝撃のニュースが流れたのだ。

 その研究者、南方科技大学(広東省深?市)の賀建奎(フー・ジェンクイ)・副教授(当時)は数日後、香港で開かれた国際会議に登壇し、スライドでデータを示しながら「臨床研究の成果」を発表した。エイズウイルス(HIV)への感染予防を目的に、男性がHIV陽性、女性が陰性の不妊治療中の7組のカップルの受精卵計31個にゲノム編集を施し、7割で改変に成功、一組から双子の女児が誕生したという。

 父親がHIV陽性でも、体外受精時や誕生後に子の感染を回避する方法はすでにあり、賀が試みた遺伝子改変に医学的な妥当性はない。そして生まれた双子にとって何より問題なのは、安全性が確立されていないということだ。

■「現時点で越えてはいけない一線だ」

 ゲノム編集の主なリスクとして、目的外の遺伝子を誤って改変してしまう「オフターゲット変異」があり、改変の部位によってはがんなどの予期しない副作用が起こりうる。さらに、受精卵は細胞分裂が盛んなため、狙い通り改変できた細胞とできなかった細胞が一人の中に混在する「モザイク」と呼ばれる状態になることもある。もし一部の細胞しか改変できていなければ、生まれた子には期待した医学的効果がみられない、という結果にもなりうる(実際、賀の発表などによると、生まれた双子いずれもモザイクになっている可能性があるほか、一人のゲノムには少なくとも1カ所のオフターゲット変異が認められ、もう一人は二本の相同染色体のうち片方しか改変できていなかった)。

 では医学的妥当性があり、安全性も担保されていればよいかといえば、もちろんそうではない。受精卵や卵子・精子といった「生殖細胞」の改変は、生まれた子だけではなく、その子孫にまで影響を及ぼす。また、差し迫った医学的な理由がないのに遺伝子を操作することは、親が望む特性を子に与える「デザイナーベビー」を作る試みともみなせる。

 技術が未成熟で国際的な議論が進まない中での暴挙に、世界中から非難の声が上がった。

 伏線はあった。CRISPRを使った実験室レベルでのヒト受精卵の遺伝子改変は、2015年に中国の別の研究チームが世界で初めて実施し、その後も複数の研究チームが報告している。2015年の研究では、子宮に戻しても育たない、異常のある受精卵が使われていたものの、米ホワイトハウスが「現時点で越えてはいけない一線だ」という声明を発表するなど、大きな波紋を呼んだ。

 同年の冬には、米ワシントンDCで米英中の学術団体がヒトのゲノム編集に関する初の国際会議「ヒトゲノム編集国際サミット」を開き、適切な規制の下での基礎研究は容認しつつも、改変した受精卵を妊娠・出産に用いる臨床応用については「無責任だ」とする見解をまとめている。

10年かかると言われる新規感染症のワクチン開発…なぜ「新型コロナワクチン」は「最速」で臨床試験に入ることができたのか へ続く

(須田 桃子/文春文庫)

関連記事(外部サイト)

×